第2章

第16話 始まりの花火




お屋敷を出て歩いて駅まで向かう。

何時もは雫姉や聡美姉が駅まで送ると言って聞かないのだが、今日は歩きたい気分だったので丁重に断った。


昨夜は散々な日だった。

結局、リリカは屋敷に泊まることになった。

リリカの部屋の女子大生が亡くなった部屋の上に住むのは怖いらしい。


犯人の山本総司は、その女子大生の部屋に置き去りにされた。

そして、警察に連絡して殺人事件の犯人として逮捕されたようだ。

置き去りにした時に、精神に障害が残るような薬を打ち込んだみたいで、意味不明な話を繰り返す事しかできなかったそうだ。


念の為に聡美姉が藤宮本家に連絡を入れて俺達やリリカ達に影響が及ばないように警察やマスコミに手配してもらったようだ。


ホテルから屋敷に帰ると珠美はもう寝ていた。

一緒に留守番してたはずの樫藤穂乃果という女性は、一度も姿を見せなかった。

ただ、屋敷には気配があったので、居たことは事実なのだが……


それと『FG5』の件だが、事件が解決したので用済みのはずだったが、反響が大きくて逆にチャンスと思ったらしく事務所の社長が謎のサブマネージャーとして手伝って欲しいと、蓼科さんから言われた。


他の人に頼めばいいのに、と思ったが聡美姉が勝手に引き受けてしまった。

でも、いつもというわけではなく、忙しくて手が回らない時だけ、という条件を取り付けたようだが。


そんな昨日を過ごして、みんな疲れていたようなので、気を利かして駅まで歩いているのだ。


駅がもう直ぐというところで背後から声をかけられた。


「カズキ、待ってよ〜〜」


「リリカ、お前何してんだ?タクシーで行くと言ってただろう?」


リリカも学校の制服を着ている。

大きな眼鏡をかけてマスクをし、それと髪の毛は三つ編みにしている。


「タクシーで来たわよ。カズキが見えたから降りたの。何か問題ある?」


「問題あるだろう?見つかったらどうするつもりなんだ?」


「だって、この格好でバレた事無いもの。カズキも私だとわからないでしょう?」


昨夜の一件以来、リリカは俺の事をカズキと呼び捨てにするようになり、俺に対する当たりも柔らかくなった。

というか、少し距離が近い。


「そうだな」


確かに一眼見ただけではリリカとわからない。

でも、それが俺と一緒にいる理由にはならない。


「今日の放課後から夏の武道館ライブの本格的なレッスンが始まるんだ。カズキも学校終わったら来るでしょう?」


「今日は行かない。俺がいたらみんなの稽古の邪魔になるだろうしな」


「え〜〜っ、サブのくせに良いわけ?」


「昨日の今日では不味いだろう?リリカの会社の前でもきっとマスコミが張ってるぞ。サブマネージャーの正体は誰か、ってな」


「私は平気よ。他のメンバーも気にしてないわ」


「俺が気にするんだよ。それに今日は会社のレッスン室でレッスンだけだろう?俺がいても邪魔にしかならないよ」


「カズキって変わってるよね。普通ならあのストーカーお兄さんほどではないけど、私達と一緒にいる方を選ぶと思うけど」


「選ばないよ。そんなリスクのある選択なんか」


「だからカズキは変わってるのよ。私はその方が良いけど……」


「何か言ったか?」


「べ、別に何でもないわよ!ふん」


俺達は歩きながらそんな話をして改札を抜ける。

この前より早い時間なので沙希に会う事はないだろう。


ホームに降りて電車に乗り込むと、ターミナル駅に到着した。


リリカは人混みの中で立ち止まり、俺に話しかけてきた。


「私はこっちだから。それと、美柑の事なんだけど……メンバー全員で美柑のお墓参りに行くことにしたの。夏の武道館が終わるまで行けないけど、みんなで話し合ったんだ……だからね、その‥‥ありがとう」


「そうか、みんなに話せたのか。良かったな、リリカ」


「う、うん、じゃあね」


「ああ」


リリカは別の路線の電車に乗って行った。


良い笑顔、するじゃないか……


顔は隠れているけど、リリカの笑顔は俺にもわかった。

そうか、墓参りに行くのか……


俺は俺を庇って亡くなったお祖父さんとお祖母さん、そして賢ちゃんの事を思い出していた。





俺も何時もの電車に乗り込もうとしたら、背後に視線を感じた。


付けられてる?


背後を注意深く確認するも視線の主は見つからない。


プロか……しかも相当な腕の持ち主だ。


学校最寄りの駅に到着しても、その視線は消えていない。

駅から歩いて並木道を歩いてる時もふと気がつくと視線を感じる。


俺はおよその見当が付いてたので、この件はそのまま放置した。

学校に到着しても視線が消えなかったので、予想は確信に変わった。


珠美と留守番してくれてた樫藤穂乃果だと……


しかし、凄い腕だ。

プロでも気付くのはそんなにいないのではないか、というくらい隠密に長けている。


俺は、結局姿を視認する事ができず、その視線の持ち主が2年A組にいる事だけは確認できた。


早い時間に登校した為、来てる学生は数人だ。

俺はいつものように席について本を読み出した。


徐々に増えていくクラスメイト達。

そんなクラスメイトが話す事は『FG5』のサブマネージャーの事だ。

ネットでは、何人かが写真付きで特定されている。

勿論、俺では無い。


「この男子が有力だよな。スポンサーの息子で長嶋優也。あの長嶋製薬の社長の息子だもんな。イケメンだしメンバーも既に喰われているかもな〜〜」


朝からそんな下衆な話をするとは……


「衣装の着替えとか、好き放題見れるんじゃねえ?いいなあ、せめてミミカ様が食べる時に使った割り箸とか、もらえねぇかなぁ」


はあ、そんなものもらって何に使うんだ?

それに着替え中に覗きはできない。

着替え中は部屋から追い出されてジュースの買い出ししてるんだよ。


周囲の話が俺に直結してるので、本の内容は頭に入ってこない。


「東藤君、おはよう」

「ああ、おはよう」


挨拶してきたのは鴨志田結衣。

俺と同じ美化委員だ。


「東藤君、今日は委員会がある日だよ。覚えてる?」

「そうだった。放課後集合すればいいんだろう?」

「そう、集合場所は何時ものところだからね」


今日は美化委員の清掃活動がある日だった。

すっかり、頭から抜けていた。


校舎周囲のゴミ拾いという地味な活動だが、短時間で結構なゴミの量になる。

綺麗に見えて意外とゴミは落ちてるものだ。


改めて考えると、このクラスで俺に話しかけてくるのはこの子だけだな。

殺そうとして、聡美姉に笑われたっけ……


俺は再び本を読み始めた。

周りが煩くなってきたが集中してると、スマホのバイブが鳴っている。

俺はスマホを取り出して内容を確認する。

聡美姉からだ。


〜〜〜〜〜


「放課後悪いんだけどタマちゃんの幼稚園にお迎えに行ってくれる?私も雫姉も都合がつかなくてさ。お願い」


「いいよ。でも美化委員の活動があるから少し遅れるかも、放課後だいたい1時間ぐらいで終わる」


「わかった。少し遅くなるって連絡しとくね。場所はここだよ」


〜〜〜〜〜


メッセージにURLが貼り付けてあった。

クリックすると珠美の通ってる幼稚園のホームページが出てきた。

アクセスを確認してスマホをしまう。


「おはよーー」


大きな声で挨拶をして教室に入って来たのは鈴谷羅維華。

その後に続くように立花光希も教室に入って来た。


「光希、鈴谷さんと一緒に登校か?お熱いなぁ」


そう話しかけたのは新井真吾。


「登校が一緒の時間になっただけだ。羅維華とはそんな関係じゃない」


そんな光希の声が聞こえた。

この2人はクラスの中心的な存在なのだろう。

教室が一際騒がしくなる。


俺と同じように1人で席に座っているのは6人程。

2人は女子で後は男子だ。

みんなスマホを操作している。


こんな風に教室を確認するのは編入して来た時以来だ。

俺はふと窓の外を見る。

視線を感じたからだ。

だけど、樫藤穂乃果の感じじゃない。

もっと、ドロドロした感じの……俺がテロ組織にいた時のような……


その時、校舎から見えるグランド脇にある用具を入れてある小屋が爆発した。


突風が窓ガラスを揺らす。

小屋があった場所から黒煙が立ち上る。


「キャーーッツ」


「何だ?何が起きたんだ?」


「おい、グランドの用具置き場が吹き飛んでるぞ」


みんなが窓際に集まり、外の様子を見始める。

俺は、みんなとは逆に廊下に出た。


もし、俺が狙いなら直接ここにくるだろうから……


生徒はスマホを片手に窓際に集まっている。

廊下に出ているのは俺だけだ。


階段を上がって2年生のフロアーにやってくる者がいる。

その者は、廊下で俺の視界に入った。


俺とそいつは学校の廊下で対峙してしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る