第15話 討論会



『FG5』のメンバーがラジオ局の収録を終えたのが午後7時半。

 そこでも、サブマネージャーが高校二年生の男子であるという話で突っ込まれたそうだ。


 メンバーが上手く誤魔化したようで、それ以上の情報漏洩は無かった。

 俺は、今回の件で急遽、マネージャーの蓼科さんと変わり、今はリリカのストーカーと対談予定のホテルに来ている。


「ここはスウィートルームか?」

「はい、対談内容が漏れないようにこの部屋をとりました」


 雫姉が注文した紅茶とフルーツの盛り合わせのリンゴを齧りながら穏やかに雫姉と話をしていた。


 リリカはマネージャーの蓼科さんが連れてくる予定だったが、他のメンバーも来る事になってしまい聡美姉が迎えに行っている。


「他のメンバーはホテルで食事したいだけみたいだね」

「ええ、この件は知りませんから」


 まったりした時間を過ごしているとホテルの受付から、ストーカーの山本総司やまもとそうじが来たと連絡があった。


「予定通り、この部屋の隣の1102号室に通します」

「じゃあ、俺も行ってるよ。リリカが来たら通してくれる?」

「はい、かしこまりました」


 俺は1101号室を出て隣の1102号室に入る。

 山本総司やまもとそうじは、まだ来ていない。

 俺は、この広い室内をあらかた見回して聡美姉が仕掛けた監視カメラのポイントに背を向けて腰を下ろした。


 ドアホーンが鳴り、来客が来た事を告げる。

 俺は、ドアを開けてストーカーの山本総司を中に招き入れた。

 背の高い眼鏡をかけたイケメンの男性だが、どこか野暮ったい感じがする。


 席に座るように促して、俺は飲み物を用意する。

 ティーパックのお茶だが、無いよりマシだ。


「あんたは誰だ?リリカはどこにいる」


 少し興奮気味の山本総司に俺は穏やかに話しかけた。


「今、収録が終わってこちらに向かっている。それで俺はサブマネージャーの東藤和輝だ」


「お前があのサブマネージャーか!!」


「ああ、でもご安心しろ。今回の件でクビになるだろうからな」


「当たり前だ!『FG5』のマネージャーが男だなんて俺が許さない。貴様がどんなコネを使ったか知らないが、金や親のコネではファンや大衆は納得なんかするはずがない。俺達は純粋に『FG5』を応援しているんだ」


 結構ハマっているファンみたいだな……


「あ、それからここは電波が入らない。防音も完璧だ。予め言っておこう」


 このままライブ配信でもされたら面倒だからな……


「何を言いたいのかわかるが、俺はそんな卑怯な真似はしない」


「リリカに手紙や嫌がらせのメールを送っているのにですか?」


「そ、それは……愛だ、愛しているんだ。愛している相手に愛を囁くのは間違いではない!それに気安くリリカと呼び捨てにするな。リリカ様と言え!」


 監視カメラの向こうでリリカが見ていたら『そうだ、そうだ』と首を縦に振ってるに違いない。


「先程、山本さんはリリカの事を愛してると言っていたが、それは嘘だな。そう言っておけば本当の気持ちを悟られる事は無いと思っているようだが、そうはいかない。山本美柑さんのお兄さん」


「うっ……貴様、それをどこで……」


「蓼科マネージャーから聞いた。同じ職場なのだからバレないはずがないだろう?」


「それとこれとは別だ。リリカ様の事は本当に愛している。これは本当だ」


「俺には人の心がよくわからないが、俺はこう思う。山本さんが愛してたのはリリカではなく妹の美柑さんですよね」


「貴様、許さん、絶対に許さん!」


 突然、席を立って襲いかかる山本総司。

 だが、所詮素人だ。

 俺は目の前に迫る拳を片手で受け止めてクルッと捻って相手を転倒させた。

 そして、両手を背後で拘束する。


「正当防衛だ。ここの映像は録画してある。裁判でも負ける要素はないぞ」


 少し脅してそのまま椅子に縛り付けた。

 まだ、解決には至っていない。


「今日は討論会だ。話の途中で座を冒涜するような真似はするな。少しは落ち着いたらどうだ」


「離せ!この野郎」


「これではここにリリカを呼べないな。いくら拘束してあるとはいえ野獣のいる檻の中に可愛い妖精は似合わないからな」


「これは監禁だぞ。わかってるのか、小僧」


「仕方がない。話が通じそうもないので一方的に話をしよう。山本美柑みかん、昨年の9月に駅のホームから身を投げて亡くなっている。遺書のようなものはなく警察は自殺と断定した。だが、彼女は『FG5』の元メンバーとして、順調に過ごしてきた。自殺する理由が見つからない」


「やめろ!美柑みかんの事をお前が口にするな。美柑が汚れるだろう!」


「山本総司、高校生の時の友人に聞いたところ、貴様はかなりのシスコンだったようだな。高校時代に彼女を作るも2週間で別れている。その彼女からも聞いたのだが、シスコンを隠すための当て馬にされたと怒っていたよ。でだ、彼女の死について少し美柑の身体の事を話さないといけない」


「何を言ってるんだ。美柑がどうした」


「これはリリカやマネージャーの蓼科さんから聞いた話だ。彼女は起立性調節障害の疑いがあった。立ちくらみやめまい、頭痛などの諸症状が出る。美柑は、その事について悩んでいた。普通の日常生活ならどうにか過ごしていけただろうが、ことアイドルとなるとそうもいかない。仕事中に倒れてしまっては他のメンバーに迷惑がかかる。特に『FG5』にとっては大事な時期だった。一流アーティストになれるかどうかの時期に自分の病がこの先グループの障害になるのではないかとね」


「嘘だ、俺はそんな話は知らない。お前が勝手に作った話だ」


 すると、この部屋のドアが開いてリリカが入って来た。

 その手にはスマホを持っている。


「美柑のお兄さん、これが事実です」


 リリカは山本総司の前でリリカとミカンのやり取りをしたメッセージを見せた。

 そこには、今の自分がこのグループにいたらみんなに迷惑がかかる、そのようなやり取りの内容だ。


「嘘だ……美柑は一言も俺にそんな話をしていない」


「美柑は悩んでいたのよ。私は必死に美柑に残るように言ったの。でも、美柑の気持ちを変えることができなくて‥‥それで、それであんな事に……」


 リリカは大粒の涙を流しながら訴えた。


「リリカ、問題はそれだけでは無いと思う。わかっているんだぞ、貴様が美柑にした事をな!」


 これはハッタリだ。そんな事実があったとしても知ってる人は当事者だけだ。


「お前が美柑に身体の関係を迫った事はもう知ってるんだよ」


「えっ!?う、うそ……」


 リリカは相当驚いたらしい。

 普通は言えないだろう。

 こんな身内の恥になるような事は……


「み、美柑が悪いんだ‥‥俺を拒むから、だから俺は……」


 無理やり犯したのか……


「美柑の自殺の決め手は、貴方ですね」


「俺じゃない。俺は悪くない」


「そうやっていつも逃げてきたんだよ。妹の美柑に依存してな。だが、その依存相手である美柑が居なくなってしまって貴様は恐怖した。だから、すり替えたんだ。依存相手を‥‥それがリリカだ。美柑にとってはリリカは憧れだった。歌もダンスも、そして心の強さもね。そんな美柑の憧れの存在を貴様は依存相手に選んだ。だから、普通のストーカーと違い何時も側にいる事を選んだ。貴様はリリカの階下に住んでいる女子大生を殺している。冷蔵庫にバラバラになった死体が発見された。今頃は警察が捜査しているはずだ」


「ああ、嘘だ、お前は嘘をついてるんだあ!!」


「貴様は、クローゼットの天板を外してコンクリートマイクで何時もリリカの様子を伺っていた。指紋もバッチリ残っているだろうな」


「うおおおおおおお」


「まさか、人まで殺しているとは思わなかったよ。聡美姉の報告を聞いて久しぶりに驚いたよ。こんな理由で人を殺すなんてな」


「えっ、それ本当なの?」


「ああ、リリカ、もう戻っていいぞ」


「ううん、いやだ。ここにいる。じゃないと私後悔するから。もう、美柑の時みたいに後悔したくない」


「わかった、気の済むまでここにいろ」


「うん、でも何で美柑のお兄さんが人を殺してるの?、何で……」


 リリカは身体が震えているが必死になって話している。


「それだけ強い依存だったんだよ。妹の美柑にね。心理学では共依存というらしい。俺もそこまで詳しくはないが」


「美柑……美柑……」


 山本総司は虚な眼をしながらそう呟いている。


「そんな理由で人を殺すなんて、それに美柑に酷いことして、許さない、絶対許さない!」


 リリカは怒って大きな声を上げた。


「う、煩い!!この代用品が!!お前がもっと早く俺のものになってたらこんな事にはならなかったんだあああ」


「酷い……」


 これ以上は無理だな……


「さて、説得は無理そうだ。警察に捕まっても精神病院送りかもしれないな」


 俺は立ち上がって、騒いでいる山本総司の首に手刀を叩き込む。

 山本総司は力が抜けたように手をぶらぶらさせていた。


「あんた、何やってるの?殺しちゃったの?」


「まさか、気絶させただけだ。さて、どうするかな」


 そんな時、ドアが開いて聡美姉が入ってきた。


「カズ君、ご苦労様、討論会、一方的だったね」


「これを討論会というなら、本物の討論会に失礼だよ」


「あとはお姉ちゃんに任せて。こういう事はカズ君苦手でしょう?」


「確かに殺すのなら得意だが、その後の処置はあまり得意ではない」


 そんな話を俺と聡美姉がしているとリリカは目を丸くしてこちらを見ていた。


「あ、あんた達、何者なの?殺すとか処置するとか……」


「あれ、言って無かった?ウィステリア探偵事務所、その社員だよ。カズ君も同じね。だけど、それは表の世界のこと、裏の世界では……それは秘密です」


 それから聡美姉は誰かに連絡していた。

 1時間ほどで数人の男達がやって来て山本総司を大きめなキャリーバッグに入れて何処かに運んで行った。


 リリカはマネージャーの蓼科さんと他のメンバーと一緒にホテルのレストランで食事をしているはずだ。


 リリカはショックで食べれるかわからないけど……





 俺は先程、手際よく山本を連れて行った人達の事を聡美姉に尋ねた。


「聡美姉、さっきの男達は?」


「藤宮の支流、紫藤家の者達だよ。藤宮は表の世界、紫藤家は裏の世界を担当しているからね」


「紫藤さんと今の人達は親戚なのですか?」


「え〜〜と、紫藤家の現当主はあの紫藤さん。で、さっきの人達はお弟子さん達かな」


「そうなんだ……」


 そういう人達がいるんだったら、この前の腹上死の奴もお願いすれば良かったのに……


「この間はカズ君にそういう仕事を経験させるためだからね。まあ、決めたのは紫藤さんだけど」


 聡美姉はエスパーか?何故これの心の声が聞こえる。


 どこの世界にもいろいろあるものだ。

 さて、俺達の仕事はこれでおしまいだ。

 やっと面倒な女から解放される。


 俺と聡美姉と雫姉は、スウィートルームでくつろいでいた。


「そう言えば珠美は?」


「知り合いに頼んで一緒に留守番してもらってるよ」


樫藤かしふじ穂乃果ほのか様は、武芸にも優れた方です。カズキ様と同じ学校の高校二年生ですよ」


「もしかして、俺は学校でその子に監視されていたのか?それなら気付いてもおかしくはないのだが」


「いいえ、そのような事はしてませんよ。困ってたらサポートして欲しいとお願いしてただけです。ご存知ないですか?」


「いいや、学校では一度も会って無いと思う。それに名前も初めて聞いたし」


樫藤かしふじ様は忍びの一族ですからとても恥ずかしがり屋さんなのです」


 そうなのか?


「聡美姉、後始末はあれで良かったのか?」


「う〜〜ん、それしか方法が無いんだよ。リリカちゃん達のスキャンダルになるわけにはいかないし……」


 山本総司は、ここを連れ出して強い薬を打ち廃人にして階下の女子大生の家に置いて行く予定らしい。


「亡くなった女子大生の方のご親族の方の件も考えますと殺して捨てておくわけにはいきませんしねぇ」


 雫姉もそんな事を言っている。


「よく今までバレなかったものだな」


「二人はお付き合いしてたようですよ。山本総司が目的のために言いよったのでしょうけど、数日前までは生きていた痕跡がありました。ゴミ出ししている姿を過去の監視カメラの映像が残っていました。丁度この依頼のあった日でしたけど」


「という事は遅かれ早かれ連絡の付かなかった身内や友人がおかしいと思って犯行がバレてたわけか」


「そうなると、リリカさん達は、無関係とは言えなくなりますね。元メンバーの兄が犯行を起こしたのですから、いろいろと面白おかしく書かれてたかも知れません」


 雫姉の言う通り、確かに事を知らなければ、リリカ達にも悪い影響が残りそうだ。


 当初、俺もそう思っていたし……


「それにしても何でこんな依頼がウィステリア探偵事務所にきたんだ?警察とか警備会社に普通は頼むのだろう?」


「それはね、芸能事務所はそれぞれ裏の世界にケツ持ちがいるんだよ。大きな企業だって同じなんだよ。裏の世界の、つまりヤクザ屋さんとか総会屋さんとかね。だから、社長さんがそのケツ持ちさんに連絡したんだよ。金堂組の組長さんにね。ほらっ、カズ君が遺体処理したあのオバさんの組だよ。芸能関係は表の世界だからうちの探偵事務所に連絡があったんだ。それで、うちが引き受ける事になったと言うわけ」


「確かに聡美姉の言う事はわかったけど、金堂組の若い衆でも良かったんじゃないか?」


「それはダメだよ。売り出し中のアイドルの側にヤクザ屋さんとかあり得ないでしょう?些細なスキャンダルで潰される業界だしね。安全性を考慮したわけ。だからカズ君が最適だったんだよ。一般市民に見えるし、強いしね」


「そうだったのか、わかった。それと2人は気付いているんだろう?」


「美柑ちゃんの件?」


 察しの良い聡美姉は俺の言いたい事がわかったようだ。


「そうだ。自殺じゃなくって、電車が偶然来た時に並んで待っていた美柑が起立性調節障害のせいで倒れたのではないかと……」


「駅の監視カメラでは、倒れ込むように写ってだけど自殺なのか、めまいを起こして倒れたのかはわからなかったよ」


「カズキ様、真実はひとつではありません。人の心の数だけ真実はあります。そして、亡くなられてしまった以上、その人の心にある真実は誰にもわかりません」


「そうだな……」


 俺は少し冷めたコーヒーを胃の中に流し込んだ。




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