第8話 ウィステリア探偵事務所 所長代理



「お嬢様、こんなところにまで監視カメラを設置していたのですか?」


 聡美と雫は、和輝が生活していたボロアパートに来ていた。

 目的は和輝の私物と設置した監視カメラの回収だ。


「だって男の子がどうやっておトイレするのか見たかったんだもん」


「見たかったんだもんではありません!これではカズキ様は落ち着いて生活できなかったはずです」


「だって、カズ君、とっくに監視カメラの存在を気付いていたけどそのまま放置してたんだもん。って事は見てもいいって事でしょう?」


「はあ〜〜お嬢様‥‥あなたって人はどこでそんなに残念女子になってしまったのでしょうか?シズクはお嬢様の将来が心配です」


「でも『玉は熱いうちに打て』って言うでしょう?若いうちに鍛えておく方がいいってお祖父さんが言ってたよ」


「『玉』ではありません。『鉄』です。『鉄は熱いうちに打て』です。鍛えるにしても、トイレの監視カメラで何を鍛えるんですか!」


「それは『玉』?」


「はああ、お嬢様の夕御飯のメニューが今決まりました。うずらの卵オンリーです。白米もお味噌汁もおかずもうずらの卵だけです。食後のデザートもうずらの卵、お召し上がるお茶もうずらの卵です」


「何でうずらの卵?」


「それは言えません。ですがこれは決定事項です」


「そんな〜〜ご無体な〜〜。せめてウィンナーだけでも付けてよ」


「却下です。お嬢様がお召し上がりになるはずだったA級神戸牛のステーキはカズキ様にお召し上がりになって頂きます」


 1時間程度で私物と監視カメラの回収は終わった。

 和輝の私物は殆どなく、数枚の着替えと毛布一枚だけだった。

 小さめな冷蔵庫の中には未開封のモヤシがたくさん入っていたが、それも速やかに回収した。


「カズ君、お金たくさん持ってるはずなのに何も無かったね」


「回収に時間がかからなかったのは幸いですが、これは少し考えものですね」


 二人は、車に荷物を載せてお屋敷へと帰って行った。





 沙希と偶然の再会を果たしてしまった俺は、あの時の自分が理解できなくて今日の授業は耳に入らなかった。


 放課後、校舎を出ると校門のところに青いマクラーレン 720Sスパイダーが止まっていた。


「お〜〜い、カズ君」


 大きな声で俺を呼ぶのは聡美姉だ。


「誰だよ。あの美人」

「すげーー可愛んだけど」

「あの胸って本物か?」

「すげー車乗ってるけどどこかの金持ちのお嬢さんか」


 帰宅中の男子生徒達は、聡美姉に注目していた。

 注目していたのは男子だけではなく女子も同じだった。


「綺麗な人」

「モデルさんかな」


 みんなに注目される中、また聡美姉は大きな声で俺を呼ぶ。


「カズ君、迎えに来たよ〜〜、早く乗りなよ〜〜」


 俺は仕方なく車に近づく。

 聡美姉は嬉しそうな顔をしてる。


「さあ、さあ、早く、早く」

「急な仕事?」

「違うよ。ただカズ君を迎えに来ただけだよ」


 俺は仕方なくドアを開けて席に着く。

 大きな排気音とともに車は発車した。


「どう、この車?」


「マクラーレン 720Sスパイダー。コンバーチブルモデル。4LV型8気筒エンジンを搭載し、0-100km/hは2,9秒、0-200km/hは7.9秒、最高速度は341km/hに達する。最上級の走りを堪能できる車として人気の車種だ」


「さっすが男の子だね〜〜、よく知ってるわ」


「暗殺対象者が乗っている可能性もあるし、この車に乗っている敵に襲われることもある。この程度の知識は想定範囲内だ」


「もう、硬いなあカズ君は。で、学校でなんかあった?」


 いきなりそんな事を言われて俺はドキッとした。


「何でそんな事を聞くんだ?」


「だって、顔に『何かあったよ』って書いてあるんだもん」


 書いてあるのは冗談だろうけど、聡美姉に悟られるほど思い詰めた顔を俺はしてたのか……


「…………」


「あれ〜〜だんまりなの?まあ、言いたくなったら言ってね。これでもカズ君より長く生きてますから。人生経験豊富なんですから」


「長く生きてるのは認める。僅か3年だけどな」


「3年を馬鹿にしちゃダメだよ。だって三年ってクリスマスも3回、お正月も3回多いんだよ。これは凄い事だよ。月でジルバを踊れるレベルの事だよ」


「意味がわからないんだが……、今日はただ迎えに来ただけなのか?」


「事務所にちょっとよるけど基本そうだよ。あっ、紫藤さんが出張なんだって。今朝飛行機でどこかに行っちゃったんだよ。その間の臨時所長の顔合わせがあるんでした」


「ちゃんと予定があるんじゃないか」


「へへへ、お姉ちゃん、うっかりだね〜〜。時間ないから飛ばして行くよ〜〜しっかり捕まっててね」


『ブオオオオオオオオオ』


 豪快な排気音とともに青いスポーツカーは並木道を通り過ぎて行った。





 新宿の雑居ビルの一室。

 ウィステリア探偵事務所のソファーに俺は腰掛けている。

 雫姉が入れてくれたコーヒーを飲みながら、俺は臨時所長の様子を見ていた。


『ギーー、ギーー』


 椅子座ってくるくると椅子を回す臨時所長。


「珠ちゃん、危ないぞ〜〜」


 聡美姉は、そんな臨時所長をたしなめていた。


「カズ君は初めてだよね。紹介するね。紫藤さんが出張の間、このウィステリア探偵事務所の所長代理 紫藤珠美しどうたまみちゃんです。ほら、珠ちゃん。挨拶、挨拶」


「は、はじめまして。紫藤珠美しどうたまみ4才です。よろしくお願いします」


「は〜〜い、よくできました」


 名前からして紫藤さんの娘さんだと思うが、良いのか?こんな子が裏の世界に入って……


「ほら、呆けてないでカズ君も挨拶」


東藤和輝とうどうかずきです。よろしくお願いします」


「は〜〜い、カズ君もよくできました」


 聡美姉のテンションについていけないのだが……


「カズキ様、紫藤所長からビデオメッセージが届いております。ご覧になりますか?」


「……はい」


 雫姉はそう言ってノートパソコンを持ってきた。

 テーブルの上に置いてセットしている。


〜〜〜〜〜

『俺が所長だ!』


 画面に映っているのは紛れもなく紫藤さんだが……


『仕事でちょっくら留守にすることになった。珠美がその間、所長代理だ。みんな珠美の言う事をちゃんと聞くんだぞ!!それと、カズキ、俺のいない間にとても可愛くてプリティーな珠美に変なことしたら後でバッキンバッキンにするから覚悟しとけ!いいな!』


 なんだろう?

 留守にするから娘の事よろしくと言いたいのだろうか?


『こんにちは〜〜珠美のママの静香しずかです。稼ぎが少なく出来の悪い旦那の仕事に付いて行くことになりましたあ。留守の間、珠美をよろしくね〜〜。それと、カズキ君とは『初めまして』だよね〜〜、聡美ちゃんからカズキ君のことは聞いてるから安心して無能な旦那の仕事に付いていけるわ。あっ、そうだ。珠美はまだ髪の毛が一人で洗えないからカズキ君、悪いんだけど洗ってあげてね。それじゃあね〜〜バイバイ』


〜〜〜〜〜〜


「と言うことで紫藤さんの留守の間、珠ちゃんを預かることになったからよろしくね〜〜」


 聡美姉はそう言うけど、なんだろう?このぬるい感じは……

 こんなんで俺はいいのだろうか。


「聡美姉、危険じゃないですか。その〜〜珠美ちゃんをこっちの世界に引きずり込むのは……」


「ここは名目上は探偵事務所だからね〜〜。表の仕事もボチボチあるのよ。カズ君が土曜日に行くお仕事も表の仕事でしょう?それに、珠ちゃんはこう見えても強いんだから。ねえ珠ちゃん」


「うん、タマミ強いでしゅ。悪い人が来たらこのスーパーエレクトリック縦笛でやっつけちゃいましゅ‥‥ます」


 ちょっと噛んだのかな?


「そう言うことでお家に帰りましょう」


「ケーキを買って帰りましょう。おやつの時間は過ぎてしまいましたから、夕食後のデザートにしますね」


「わ〜〜い、ケーキ、ケーキ♪」


 うん、女性達の意見には従ってた方がいい。

 世渡りの基本だよね。


「あっ、お嬢様のデザートはうずらの卵ですから」


「えっーー!!」


 聡美姉の絶叫が事務所に響いた。


 何で、うずらの卵?



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