第9話 アイドル達との面会(1)



 珠美が家にやって来たお屋敷はとても賑やかだった。

 疲れを知らない4歳児は、お屋敷を走り回っていた。


 聡美姉は大学のレポートがあると言って、自分の部屋に閉じこもっている。

 毎日、プラプラしてるイメージだったので大学生だった事実に驚いてる。


 雫姉は、キッチンで食事の支度をしている。

 何か手伝おうか、と声をかけたが『心配無用でござる』とわけのわからない語尾で返された。


 結局、俺が4歳児の相手をすることになり、屋敷の探検が鬼ごっこへと変わっていた。


「ほら、カズお兄ちゃん、こっち、こっち」


 一緒に遊んだせいか、俺への人見知りはなくなり、良い遊び相手を見つけた幼い女豹は完全に俺を下僕扱いにして楽しんでいた。


「そこ、段差があるから気をつけろ」


「そんなのへっちゃらだよ〜〜ひょいっと」


 見てる俺の方がハラハラする。

 俺も4才の時はこんな感じだったのだろうかと思いながら俺はタマちゃんの後を追いかけていた。


「あっ!」


 珠美は段差のところでなく、何もないところでコケた。

 そう、4歳児は4歳児の矜恃がある。

 何もないところでコケるなんて、自分が許せなかったのだろう。


「……シク、シク……うえ〜〜ん」


 とうとう泣き出してしまったのだ。


「大丈夫か?怪我はないか?」


「グスン……だ、だじょうぶ……」


 そういえば沙希もよく泣いていたっけ。

 こう言う場合はどうしてたんだっけ。


 俺は頭ではそう考えていたが、手は自然と珠美の頭を撫でていた。

 俺は自分の動作にギョッとした。


 俺が捕らえられていたテロ組織には多くの子供達がいた。

 それも国籍はみんなバラバラだ。

 泣いているばかりも者は役立たずとして殺された。


 会話をする事もままならない状態で、みんな膝を抱えて蹲りながら日々を過ごした。

 弱い者は次々と死んでいく。

 俺は死にたくなかった。

 だから必死で頑張ったんだ。

 目の前で処刑される同じ年齢の子供を見ながら……

 同情は命取りだった。


 同じ拉致されてきた子供もライバルだ。

 だから仲間意識などほとんどなかった。

 勿論、名前など知らない。

 俺達は番号で呼ばれていたからだ。

 俺の番号は『94』

 それが俺の名前だった。


 でも、俺には賢ちゃんがいたから、あの地獄も耐えられた。

 もし、賢ちゃんがいなければ、俺はとうの昔に死んでいただろう。


 そんな環境で育った俺が、目の前で泣いている4才時に無意識に頭を撫でてあげてた事が信じられないのだ。


「グスン……お兄ちゃんどうしたの?」


「えっ!?」


「お兄ちゃんも痛かったんの、いい子いい子」


 俺は、さっきまで泣いていたタマちゃんにおでこを撫でられている。


「お、俺は大丈夫だから。それよりタマちゃん、怪我してないか?」


「平気、タマミよりもお兄ちゃんが痛そうだよ」


 そう言われて愕然とした。

 俺が痛そうだって?

 バカな‥‥俺はあの組織では1、2を争う暗殺者だぞ……

 その俺が……


 今朝、沙希に会った時のような胸の痛みを感じる。

 俺にはそれが何だかよくわからない。


 俺は銃撃を右頭部をかすめて右頭部に傷の痕がある。

 割と目立つその傷を隠すように前髪を長くしていた。

 その傷の痕をタマミは撫でてくれていたのだ。


「俺は大丈夫だから……」


「タマミのママがね。言ってたの。痛い時は泣いた方がいいんだって」


「そうなんだ」


「だから、タマミは泣くんだよ。それでこの事はもう終わりにするの。泣いてた自分にバイバイするんだよ。そうすると元気になるんだって」


「そうだな。きっとそれが正しいのかもしれない」


「だからお兄ちゃんもたくさん泣いてバイバイした方がいいよ。元気になるから」


「わかった。今度からはそうしてみるよ」


 4歳児にそう言われて、俺の心は動揺している。

 

「うん」


 元気になった珠美がそう言った。


 すると、雫姉が俺達の方にやってきて


「お食事の用意ができましたよ。手を洗って食堂に来てくださいね」


 廊下で座って話をしていた俺と珠美は、その言葉を合図に立ち上がり食堂に向かうのだった。





 何故か聡美姉だけがうずらの卵づくしの夕飯を食べてた翌日、今日は警護の仕事の為、朝からアカサカにあるビルを訪れていた。


 係員に案内されて通された応接室でソファーに腰掛けいると、眼鏡をかけてていかにも出来そうなOLという風体の女性が入って来た。


「貴方が紫藤さんの推薦の東藤和輝さんですか?」


「東藤和輝です」


「私は『FG5』のマネージャーをしております蓼科美晴たてしなみはると申します」


 自己紹介が済むと『身元確認をさせて下さい』と言われ、俺は学生証を提示すると蓼科さんはそれをコピーしに出て行った。


 するとドアの前で誰かが騒いでいる。

 耳を澄ませて聞き耳を立てていると……


〜〜〜〜〜


「美晴さん、女性の警護の方を要望したはずですけど、来たのは男の人じゃないですか?どういう事なんですか?」


「ある方の推薦でとても優秀な方だと聞いています。男性ですが今回の件は女性より男性の方が安全です」


「それは女性差別ですよ。女性でも優秀な方はいます。美晴さんみたいに」


「褒めてもらって嬉しいですが、今回は何があるかわかりません。たとえ男性でも優秀な方ならその方がいいに決まってます」


「だって、マネージャー業務もするのでしょう。無理です。私……」


「私は今度売り出す『FG5』の姉妹アイドル『苺パフェ8』のマネージャーを兼務します。彼女達は、まだこの業界に慣れない小学生高学年を中心としたグループです。手厚いマネージメントが必要なんです。その点『FG5』のみんなは大衆に受け入れられ今ではトップアイドルの仲間入りです。勿論、細かいスケジュール調整やプロデューサーとの打ち合わせは今まで通り私が致します。でも、今までのように付きっきりになる事ができないんです。一度は納得してくれたのですから今から変更は無理です」


「わかったわよ。でも、役立たずな奴だったらクビにしてもいいわよね」


「ええ、勿論です」


「言質はとったからね」


「わかりました。では応接室でお待ちになっておりますので挨拶して下さい」


「ふん、わかったわよ」


〜〜〜〜〜


 そんな大きな声で部屋の外で話されても……


 会話が終わるとガチャっとドアが開いた。


 入って来たのはマネージャーの蓼科美晴たてしなみはると高校生だと思われる綺麗な女子だった。


「東藤さん、お待たせしました。こちらが警護対象の倉元くらもとリリカです」


「リリカです」


 リリカと名乗った女性は品定めするようにジロジロと俺を睨みながら見ている。

 まあ、さっきの会話からして大体の事情は分かったけど……


「東藤和輝です。よろしくお願いします」


「ねえ、あんた。年はいくつ?」


「17歳ですけど」


 そう俺が答えるとリリカは『ふん』と言って横にいる蓼科美晴に声をかけた。


「美晴さん、こいつの学生証をコピーしたんでしょう?見せてくれる」


「え〜〜と……」


 蓼科さんは俺が目の前にいるのでリリカに学生証を見せるか迷っているようだ。


「見てもらっても構いませんよ。何も隠す事などないですから」


「そうですか」


 蓼科さんは安堵したような顔になり、リリカに俺の学生証を見せた。


「へ〜〜緑扇館高校なんだ。意外と頭いいんだね」


 あの学校は頭がいいのか?

 来日したばかりで高校の学力水準などわからないけど。


「何でそんな髪型してるの?眼鏡も野暮ったいし」


 髪が長くしてるのは額の傷を隠す為、野暮ったいっと言われたこの黒縁眼鏡はユリアからのプレゼントだ。

 何気にレンズに赤外線が組み込まれている高性能な眼鏡何だが……

 フレームの先のボタンを押せば服は透けて見える優れものだ。

 服の内側に隠してある武器などが丸見えになる。


「個性だ」


 正直に話せないので俺はそう答えた。


「ファッションセンスが皆無な個性ね。正直、ダサいわ」


「そうかもしれないな」


 俺にファッションセンスを求められても困る。


「あら、怒らないのね。何で?」


「自覚があるからだ。それじゃあダメか?」


「ふ〜〜ん、そうなんだ。自覚があるんだ。あっ、美晴さん、大変、窓の外が……」


 リリカは、俺と蓼科さんが窓に視線がいってる間に、持っていた俺の学生証をカードを飛ばすように回転させながら俺の顔に向けて投げつけた。


『パシッ』


 俺は目の前に迫ってくる学生証をキャッチして、何事もなかったように財布にしまった。


「リリカ、窓の外って何があったの?」


 蓼科さんは、リリカがした行為がわからなかったようだ。


「ふ〜〜ん、なかなかやるわね」


 リリカの言葉は俺に向けた言葉だったが、蓼科さんはそれにも気付いていない。


「窓の外で何かをやってたの?」


「ああ、美晴さん、それリリカの勘違いでした。気にしないで下さい」


「へ〜〜そうなの」


 何だか理解できない様子な蓼科さんだったが、リリカの眼は俺をずっと見つめたままだ。


「美晴さん、いいわ。この人で。でも仮だからね。(仮)なんだからね」


「はい、はい。そうですか。東藤さん、すみません。少し我儘な子でして……」


「そうですか?とても可愛らしい方ですよ。無邪気な女の子だと俺は思います」


 俺にとってそんな行動は幼児を相手するのと一緒だ。


「へ〜〜私が無邪気な女の子なんだ?」


「ああ、まるで生まれたばかりの赤子のようだ」


 リリカは、4歳児の珠美よりも幼く感じる。


「楽しみね。これから」


「そうだね」


 敵意剥き出しのリリカの眼は細く微笑んでいた。

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