第4話 お屋敷サンバ



「お初にお目にかかります。私は聡美お嬢様の身の回りのお世話をさせて頂いて居ります斎藤雫さいとうしずくと申します。以後、お見知り置きを」


運転しながらそんな挨拶をする斎藤雫と名乗ったメイド姿の女性は、聡美姉よりは大人っぽく見えるが、年齢的にはそう大差があるわけではないと感じた。


東藤和輝とうどうかずきと言います」


「はい、存じております」


車は大通りを右折して商店街を走っている。

時間的にまだ人通りも多く、車のスピードは緩やかだ。


「雫ちゃんもカズ君も堅いよ。これから一緒に住むんだからもっとフレンドリーに会話しなくっちゃダメだよ。それに雫ちゃんそんなんだからモテないんだよ」


「お嬢様、私は普段からこのような話し方ですので。それよりお嬢様、良かったですね。カズキ様がお屋敷に住む事になって」


「ま、まさか……雫ちゃん!?」


「これでシズクもお嬢様のぐだぐだした生産性のない話に付き合わなくてすみます。例えば『カズ君と仲良くなりたい』とか『カズ君に嫌われたらどうしよう』とか『カズ君が弟になってくれないかなぁ』とか……」


『わーー!!ダメーー!!それ以上言っちゃダメーー!』


慌てて後部座席から身を乗り出して運転席に近づく聡美姉は、俺から見るとお尻を突き出す格好になっており、ピンク色のパンツがチラチラと見えた。


そんな二人のやりとりを横目で見ながら俺は、今車が走っている商店街が気になっていた。


この場所は……

見覚えがある。

あの肉屋で母さんとコロッケを買って食べたはずだ。

確か、あの時妹の沙希も一緒に……


「見覚えある?」


そんな時、聡美姉がそう囁いた。


「ああ、この場所は知ってる……」


「そうだよね。カズ君が5歳まで住んでた場所の近くだもんね」


「何で聡美姉がそんな事を知ってるんだ?」


俺は思わず大きな声で問いただしてしまった。

冷静に考えれば、俺の命の恩人であるユリアからの資料を目に通していれば誰でもわかる事だからだ。


「カズ君の事は何でも知ってるよ。詳しい話は家に帰ってから話そうか」


「そう言えばそうだったな。すまない。少し興奮したようだ」


「いいの、いいの。もうすぐ着くからね〜〜」


聡美姉の口調はいつのも軽いテンションではなく、どこか悲しそうだった。





「さあ、着いたわよ」


さっきから長い壁沿いの道を走っていたが、目の前には頑丈そうな鉄で出来た大きな門がある。


「今、開けますので……」


雫さんはスマホを入力してキーの解除を行なっている。

すると、鉄でできた門が内側に開いた。


ベントレーが門を潜るとスロープが奥に続いている。

車で30秒程走るとその屋敷は見えて来た。


車を正面玄関につけて、俺たちは車を降りる。

雫さんはそのまま車庫に向かったようだ。


「大きな屋敷だな」


「うん、ここはお祖父さんの別宅だったんだ。お祖父さんが亡くなって私が譲り受けたの」


「そうか……」


「さあ、中に入って。部屋はたくさん余ってるからどこ使っても良いわよ」


広い屋敷の中は少し冷たい感じがした。

俺達の他に人がいない、そんな感じだ。


「もしかして、聡美姉。このお屋敷には聡美姉と雫さんしか住んでいないのか?」


「すっご〜〜い。カズ君何でわかったの?」


「細かな理由はいくつも思いつくが、この屋敷に入った時の違和感だよ」


「流石、カズ君」


広々としたエントランス。その先には二階に続く大きな階段。

左側はおそらくキッチンとダイニング。

右側には来客用の応接室。


どこも丁寧に清掃されているが、絨毯の減り具合や取手の状態からこの屋敷に人が行き来した様子はあまりないと感じる。


「広い屋敷で女性二人暮らしなんて物騒じゃないのか?」


「それは大丈夫。お祖父さんが設置したセキュリティシステムがあるから。年間5組ぐらいは不審者が来るけど全部自動で撃退しちゃうし。それに襲われそうになっても私達強いから普通に撃退できちゃうし」


確かにあちこち監視カメラがある。

対侵入者撃退システムがあるのなら、若い女性の二人だけでも問題ないと思うが……


でも、俺ならそのシステムを掻い潜りこの屋敷に住む人を殺せるだろう。

おそらく、今までは大したことのないコソ泥が捕まっただけだ。

訓練された暗殺者なら、とっくに命を奪われてたはずだ。


「それは、運が良かっただけだ」


「えっ、どういう事?」


「俺ならこの屋敷に侵入して誰にも気付かれずに聡美姉を殺せる、という事だ」


「そうか〜〜カズ君なら出来るんだね。でも、良かった。カズ君が弟になってくれて。これで私もあきも安心、安心」


聡美姉は誤解してる。

裏の人間は例え肉親でも任務の為なら殺せるって事を……


「そうだ。先にお風呂に入ってきて。場所はそこのドアを開けて少し行くとわかるから。私は別の用意があるから」


そういえば学校が終わってそのままだ。

汗もかいている。


「洗面所にバスタオルとかバスローブがあるから着替えてね。じゃあ、私は用意してくるから〜〜」


俺は階段を上がる聡美姉のお尻を見ながら、指定されたドアを開けた。

奥に続く内廊下を少し進むと坪庭があり、敷き詰められた白い砂利の上に苔の生えた蹲がある。


洗面室はその隣にあった。


「暖簾がかかっているから確かにわかりやすい……」


暖簾を潜るとその先は壁際にローカーのある広い脱衣所になっていた。

どこかの温泉旅館にでも行った気分になる。


俺は無造作に着ていた服をロッカーに据え付けられた籠の中に入れて裸になる。

浴室の手前の棚にはタオルがたくさん置かれていた。


俺はタオルを一枚取って浴室のドアを開ける。


「はあ……広過ぎだろう」


ここは温泉旅館だ。

俺はそう思う事にした。





俺はバスローブに身を包み、目の前の状況を必死に理解しようとしていた。

思えば、俺がお風呂に入っている時から様子がおかしかったのだ。

脱衣所や内廊下で、こちらの様子を伺うような人の気配。

さらに、お風呂から出てみれば脱衣所には俺の脱いだ服は無かった。


廊下に出てみれば、壁に貼ったばかりの白い紙に赤い矢印が描いてある。

俺を指定の場所まで誘導するのが目的だろう。


「油断したな……」


脱いだ服には武器が仕込まれている。

最初に風呂に誘ったのは、その武器を取り上げるのが目的だろう。


聡美姉と雫さんは、幼い頃から武芸を仕込まれている事は分かっていた。

強さでいうなら雫さんの方が上だろう。


俺を殺すのが目的なら、こんな面倒な事をしなくとも料理に毒を仕込ませれば済むはずだ。

そのチャンスはいくらでもあった。


聡美姉達の目的がわからない。


壁の矢印は、一階のエントランスからキッチン方向ドアを指している。

この屋敷の広さからすれば、そのドアの先はダンスホール並みの広さがあるに違いない。


俺はドアの取手に手をかける。

中には人の気配がする。


どんな攻撃も対処できるように、俺は静かのドアを開けた。

そう、開けてしまったのだ。



『♪ サンバ!』


『♪ ドンドコドンドコドンドコドンドコ……』



「はい!?」


ドアを開くと同時に軽快な打楽器の音楽がかかった。

掛け声は、聡美姉が叫んだようだ。

俺は一瞬で迎撃態勢に入った。

だが、周囲を見渡して、その警戒を緩めた。

部屋に飾られている手作り感満載の装飾。

『歓迎 東藤和輝君、ようこそ我が家へ』と書かれた大きな紙が壁にかけられていたからだ。


そして、目の前にはサンバのダンス衣装に身を包んで踊る二人の美少女。

小刻みに揺らす胸やお尻が艶かしい。


「どう?カズ君」


どうと言われても、何と答えれば良いのだろうか?


聡美姉の身体は見事なプロポーションだ。

豊かな胸。

くびれたウエスト。

張りのあるヒップ。


それに、雫さんは、胸は聡美姉程はないがそれでも大き方だと思う。

そのあどけない表情と引き締まった腹筋がアンバランスで妙な色気を感じる。


『ドンドコドンドコドンドコドンドコ……♪』


いつの間に二人は踊りながら俺の周りをグルグルと回り出した。


「イエ〜〜イ」


時々、聡美姉の掛け声が聞こえる。


「お、お嬢様、やはりこの歓迎の仕方は間違ってたのではありませんか?」


「そんな事はないよ。歓迎のダンスは、サンバみたいに明るくなくっちゃネ」


踊りながら会話をする二人。

俺は呆気にとられて思考が停止していた。


「カズキ様、そんなに見つめられると、は、恥ずかしいです……」


雫さんを見ていたのは事実だ。

だって、目の前で胸を揺らして踊っているのだから……


これがハニートラップなら俺は死んでたかもしれない。

それぐらい二人の行動は予想斜め上をいっていた。


「カズ君、私もちゃんと見てよ〜〜ねえ、踊り上手でしょう。雫と何度も練習したんだよ」


何度も練習したのかよ。

こんな立派なお屋敷で何やってんだ!


はあ〜〜このサンバはいつまで続くのだろうか……



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