第5話 反省会はお風呂で
ここは、某都内の高級料亭の一室。
離れであるこの部屋の周りには、黒いスーツを着た男が数人囲んでいた。
そこに、少しくたびれたジャケットを着込んだ男が訪れた。
「
そう話しかけたのは、入り口を警護する女性の警護官だ。
年齢は20代半ばだろうか、警護服に身を包んだその女性はキッチリ髪を縛っており両手には指が出ているタイプの皮の手袋をはめている。
「失礼ですが改めさせて頂きます」
そう言うとハンドタイプの金属探知機の様なもので紫藤の身体を調べている。
「毎回、大変だな。
「仕事ですから‥‥そう言えば妹の聡美は元気でやってますか?」
「ああ、元気が有り余って困ってるよ」
「そうですか。ではどうぞお入り下さい」
「はいよ」
女性の警護官 藤宮久留美に言われるまま部屋の中に入る。
その部屋は一見質素に見えるが細部までこだわった装飾の品が置かれている趣のある和室だった。
その和室の中央に位置する円卓に床の間に背を向けたひとりの老人が、ひとり盃を口に運んで座していた。
「
「ああ、お前も飲むか?」
「今は遠慮しておきます」
重苦しい雰囲気の中、紫藤幸村が頭を下げている相手は、苦虫を噛み潰したような顔をしており、紫藤の所作を見つめていた。
その男性は和服に身を包んだ80歳前後老人だ。
「報告書には目を通した。なあ、紫藤よ。お主は6世紀のローマの聖職者テオフィリスの事は知っておるか?」
「はい、最初に悪魔と契約した人物として伝え聞いております」
「聖書にはこの様な悪魔との契約を具体的には記載されておらん。だが、イザヤ書第28章15節に『我々は死と契約を結び、陰府と協定している』と書かれておる。その契約こそが悪魔との契約だと言われているが、実際はそういう概念を作り自分に都合の良い解釈をする事によってその人物の地位や権力を守ろうとしたのかも知れん」
「イザヤ書の件はわかりませんが、聖職者であったテオフィスは実際に悪魔と契約したと言われています」
「確かにそう伝わっておるな。テオフィスは悪魔と契約するまでは謙虚で慎ましい人物だったと言われている。だが彼はその謙虚さから司教の座を奪われ己の謙虚さに悔いたのだ。そして当時、名の知れた魔法使いのところを訪れ、十字路で悪魔サタンと契約を果たしたという。テオフィスはその契約でイエスとマリアを放棄して自らの魂を代償に司教の地位を求めたという」
「自分の魂の代償が司教の地位とは釣り合いが取れないと思いますが」
「彼にとっては司教という地位が目的だったのではないかも知れない。自分を貶めた人物への復讐だと解釈すれば納得もできる」
「復讐ですか」
「だが、そこからがテオフィスの面白いところだ。契約がなされ再び司教の地位を手に入れた彼は自らの行為を後悔したのだ。後悔という苦しみの中で彼は一度捨ててしまった聖母マリアに懺悔したそうだ。聖母マリアは、テオフィスに70日間の苦行を行う様に求めそれを遂行したテオフィスは聖母マリアに許されたという」
「キリスト教らしいお話ですね」
「確かにのう、慈愛に溢れた話じゃ」
「じゃが、わしは思うのじゃよ。罪を犯したものが後悔して善人に戻るのか否かをのう」
「確かにそうですね。本当の善人なら悪魔と契約をすることもなかったであろうし、もし、罪を後悔するのなら聖母マリアに許されようとは思わなかったかも知れませんね」
「うむ、そのとおりじゃ。テオフィスは、謙虚さの中に残虐性も有していたのではないかとわしは思う」
「つまり、個人の持つ本質は変わらないと仰りたいのですか?」
「この歳になってもそれはわからん。ところでお主が送ってくれた報告書の件じゃが……賢一郎が生きているというのはどのくらいの信憑性がある?」
「はい、ユリア・シルクフォーゼからの報告です。99パーセントは信じてよろしいかと……」
「ユリア・シルクフォーゼか……合衆国のエージェントでありながら国際秘密結社『
「断言はできませんが、そのテロ団体からユリアに救い出された青年を私が保護しております」
「そうか、そうじゃったな。確か名は……」
「東藤和輝、旧姓を
「これはその青年からの情報からか?」
「いいえ、東藤和輝は5年前タイ国境付近の任務で賢一郎と同じ部隊で任務に当たっておりましたが、その時敵の奇襲を受け賢一郎様は死亡。本人は右頭部に銃撃を受けております。和輝は賢一郎様が死亡していると信じております」
「そうか……賢一郎は心優しい子じゃった。優し過ぎたと言っても過言ではない。だから、テオフィスの事を思い出したのじゃ。それで賢一郎は戻れると思うか?」
「‥‥それは何とも言えません。ですが同じ境遇に居た東藤和輝が戻れるなら、賢一郎様も期待が持てます」
「人間の人格形成は10代までと言われている。裏の世界で過酷な運命に翻弄された人物が表の世界に戻れるならわしも嬉しい。じゃが、東藤和輝と賢一郎の場合では少し違うと思うぞ。東藤という青年はユリアによって助け出されている。5年間とはいえ人並みの生活を送ってきたはずだ。それに比べ賢一郎の環境は変わらぬままだ。生きていたとしても戻れる可能性は低い。そのままの状態で賢一郎の生存が確認されれば白鴎院グループは混乱をきたすだろう。反乱分子たる分家の派閥もこれに乗じて動き出すかもしれん。故に戻れぬ場合は表の世界の混乱を巻き起こすだけじゃ。その時は……始末するしか手はない」
「…………」
「紫藤よ。
「御意」
そう紫藤に告げると
◆
「それにしてもカズ君呆けた顔をしてたね〜〜」
「よろしかったのですか?あんなふざけた真似をして」
「何言ってるのよ。歓迎のダンスだよ。良いに決まってるじゃない。きっと喜んでくれたわよ」
「そうでしょうか?私にはそう思えませんけど……」
藤宮家別邸の浴室では、聡美と
カズ君歓迎サンバの反省会らしい。
「雫ちゃんはもっと腰を振れば良かったんじゃない?」
「私にはアレが限界です。恥ずかしくてカズキ様の前に顔を会わせられません」
「そう?カズ君なら平気だと思うけど?」
「カズキ様ではありません。私が恥ずかしいのです。何でお嬢様は平気なんですか?」
「だってここ1ヶ月半、カズ君の事を見てたから」
「お嬢様、物事は正確にお願いします。カズキ様を見てたのではなくてあちこちに仕掛けた監視カメラでライブ配信された映像を盗み見てた、というのが真実です」
「だって、当初の私は直接顔を会わせてお話するなんてできなかったもん」
「お嬢様が重度のコミュ症なのは理解しております。カズキ様をお屋敷に住まわせる事はカズキ様が来日されて直ぐのはずでした。それが、まさか監視カメラで埋め尽くされた安アパートを提供して1ヶ月半も監視されるとは、シズクも予想外でございました」
「だって、だって〜〜どんな話をすればいいのよ。私だってこの1ヶ月半監視してカズキ君に慣れる必要があったの!」
「その結果、毎日カズキ様を監視して好きになってしまったと?本当にお嬢様は残念なお方ですね〜〜紫藤さんも呆れていましたし、シズクは悲しいです……」
「も〜〜う、だってしょうがないじゃない。私、女子校だったし男子とまともにお話ししたことなんか生まれてこの方、殆ど無かったんだからね!」
「それは私も同じです。ですが、私は普通にお話ができます」
「雫ちゃんは、いつも仕事モードだからよ。雫ちゃんだってカズ君可愛いってライブ映像見ながら言ってたじゃない。それに素の自分で男子とお話できるの?」
「……そう言えば、カズキ様は何がお好みなのでしょうね。明日はお弁当を作らないといけませんから、できればお好みのおかずを入れたいと思います」
「誤魔化すなーー!!」
お風呂での反省会はまだ終わらない……
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