我が生涯とある文豪の共通点

雁鉄岩夫

第1話自殺孝

 知名度から想像するよりずっと小さくみすぼらしいその墓石には力強く太い文字で太宰治と三文字彫り込まれその窪みの中には誰かの悪戯かの様に桜桃(さくらんぼう)が詰め込まれ差し詰め墓石をラインストーンでデコレーションしたようだった。


 この桜桃は太宰治の命日である6月19日の桜桃忌に彼を惜しんでファンが供えに来るものらしく、その日から2日も過ぎた今日6月21日でも墓の前に1パックの桜桃が供えてあるのを見ると彼が作り出した作品の影響が分かる。


 私が夜も深まるこの時間に何故こんな薄味の悪い場所にいるのかと言うと、其れは一週間前に古本屋の店先のワゴンに置かれていた単行本の人間失格(小畑健が表紙を描いたもの)と出会い衝撃を受けたからだ。


 その本はワゴンにビッシリ綺麗に詰められ、背表紙しか見えないような詰め込まれ方をした本の中で誰かがヒョイっと一冊取り出して、其の儘戻さず無造作に投げ置いた様で、いつもは本を読む習慣のない私はその一冊だけが無造作にある状態に何か惹かれるものがあり、100円を払い家に持って帰った。 


 布団に入りスマホを見る代わりに何気なく人間失格を読んで、私は29年間生きてきた中で最も大きな衝撃を受けた。


 其れは、私がずっと感じてきた他人に対する恐怖を、感じている人間が他にいると言う事を知ったからである。


 早朝の4時までかかり読み終えたその本に感銘を受け、作者に興味を持った私は、ウィキペディアで太宰について調べるとその人生に私との共通点を見つけさらに感銘を受けた。


 彼と私の違うところは彼が東京大学に入学が出来るほど頭が良かった事と、子供の頃に芥川龍之介の自殺に魅入られた事だろう。


 私は墓の前で手を合わせた後、お供えしてあるパックの中から桜桃を一粒つまみ口の中に放り込んだ後、横にある太宰の妻の墓に手を合わせ、彼の人生と私の人生を照らし合わせ始めた。


 太宰治様、貴方は弘前高校の学生の頃に芥川龍之介の自殺に衝撃を受けその後小説の懸賞に落選した後、初めて最初の自殺未遂を起こしましたね。


 私も高校生の頃に同じ様な挫折を味わいました。


 其れは高校一年生の秋、文化祭での事でした。


 当時の私はまだ社会を知らず向こう見ずな学生で、疣痔になった時も医者に二回通って後診察の時のケツを出して胎児の様な姿勢で診察をされる事に我慢が出来ず、貰った薬を帰り道の橋の上から全て川へ投げ込みその後診察に行かなくなるほどでした。


 当時私は棒人間の4コマ漫画を描くことにハマっていて、文化祭で美術コンクールにその漫画を出そうと思っていました。


 当時何故私が棒人間の4コマ漫画などと言う小学生がノートの端に落書きの様に描きそうなものにハマっていたかと言うと、学生にありがちな表現欲求と自分の能力とを考え、その結果棒人間とういおよそ誰でも書ける物で内容に工夫を凝らし勝負するという結論に至ったからです。


 そしてコンクールの結果は当然落選でした。


 その理由は作品を見れば明白で、当時お笑いで流行っていた、所謂シュールな笑いというものに目を付けた私は『アルミ缶の上にある蜜柑』や『布団が吹っ飛んだ』などおよそ先人に使い古された駄洒落を四コマにすると言う暴挙に出たからでした。


 私は体育館に張り出された美術部のクオリティーの高い作品の間に貼られた自分の作品を見てその差に愕然としてその場で自分の漫画を引き剥がし、校舎の裏に行き煙草を吸っている同級生から100円ライターを借り、その場で燃やしました。


 太宰治様貴方はせっかく入った東大に5年間在籍した後、その後除籍されましたね。


 私も恥の多い高校生活の後、武蔵野文化芸術情報大学という一体、武蔵野で何をしようとしているのか分からない名前の所謂Fランク大学にAO入試という、受けた私でもよく分からない入試を使い見事合格し、そこで人生はじめての、所謂彼女が出来ました。


(そういえば私と貴方の違いにもう一つ、私は全くモテないが貴方はすごくモテるということが抜けていました)


 同じ学部の繋がりで知り合った彼女は、顔は凄く好みでしたが、私と違い実家が裕福でデートでは私が全て金を払いましたが、買う物全てがいちいち高く、同じ品物でも安い物と高い物が両方あれば必ず高い方を手に取る女でした。


 私は初めて出来た彼女ということもあり何とか繋ぎ止めようと授業も休んでバイトをしデートの費用を作りあげ、其れと同時に大学4年目にめでたく卒業の見込みが無くなり中退する事になりました。


 その後彼女は呆気なく私と別れ親のコネで銀行に入り2年後にその会社の人間と結婚し、寿退社をし今は三人目の子供が腹の中にいると風の噂で聞いています。


 その後の私はと言うと、Fランク大学中退という肩書では何処の会社にも雇って貰えずバイトをしながら何十社と入社試験を受けるが全くどこにもうかりませんでした。


 太宰治様、貴方も大学を除籍された後新聞社の就職試験に落ちて自殺を図ったと聞きました。


 その事で1つだけ貴方に言いたい事があります。


 就活を舐めないでいただきたい、一社目で自殺を図るのは流石に早過ぎです。


 もし私が同じ立場なら私は38回自殺未遂をしなくてわいけません。


 まあ貴方はその顔の良さと、貴方が人間失格の中で言う『いまわしい雰囲気』で何とかなるのでしょうが。


 話を戻すとその後、貴方は内縁の妻が義理の弟と姦通をしたことに落ち込み自殺を図ったとウィキペディアには書いてありました。


 私は大学除籍後4年間のフリーターを経て何とかなんとか、小さな町工場に就職することができその後いろいろあり、江古田のキャバクラで働いているあまり可愛くない女と付き合う事になり3ヶ月もしないうちに彼女の家へ居座り同棲生活を始めた。


 私達は一年ほど一緒に住んでいる間、とても幸せでしたが、12月の彼女の誕生日に、彼女に伝えず会社を午後から休み、夜から仕事の彼女を祝う為ケーキを買ってアパートの部屋の前に来ると、玄関の奥から聞いた事のない男と彼女の喘ぎ声が聞こえた。


 恐る恐る、お勝手の小窓を少し開けそこから覗くと、朝私が寝ていた布団で彼女が知らない男とセックスをしていて、彼女は私との時では一切見せない恍惚の表情で相手の男にキスをしていた。


 私は、その後家には入らず公園に行きベンチでタバコを吸いながら時間を潰し、何食わぬ顔でアパートに戻り何も見なかった様に彼女に接しケーキを渡して29の誕生日を祝った後、夕方彼女が部屋を出てから自分の布団のシーツをコインランドリーで洗った。


 その後、私は時々午後から会社を休む様になり、その度にお勝手の窓から彼女が不倫していないかを確認する様になり今日までの1年間で2回彼女のセックスを見ては公園で自分の不甲斐なさを痛感しながらタバコを吸っていました。


 そんなある日私は朝、用を足した後流す前に便器の中を覗くと、白い便器が真っ赤になっていました。


 私は血便をしたのです。


 そう言えば貴方も死ぬ前に大量の吐血をしていたそうですね。


 貴方は口から、私はケツから血を吐いたのです。


 私は前述した様に生来の医者嫌いの為、病院へ行かずなんの診断もされること無く、人生で初めての症状に恐れながら、彼女に話すことも出来ず不安だけが増していき、夜眠る時には自分は大腸癌などに罹っておりもう直ぐ死んでしまうんじゃないかと苛まれているのが今日までのわたしの人生です。


 そうこうしている間に、目の前には目的の場所である玉鹿石の前まで来た後、目の前の車道を横切り柵を登って越え、急な斜面に生えている樹木によりかかると、リュックに入れてあったビニールで作られた、所謂空気嫁を取り出し足踏みの空気入れで膨らます。


 そして海外の観光客が買って行きそうなお土産の安っぽい着物を空気嫁に着付けると、どことなく愛着が湧いてきた。


 太宰治様、私は勝手に貴方の人生をわたしの人生に照らし合わせたすえに、貴方の人生に共通点を覚えました。


 唯一違う所は貴方が多感な思春期に芥川龍之介の自殺を知りそれに魅入られ、私はそうではなかったと言う事です。


 しかし私は貴方を知ってしまった。


 貴方の人生の最後、自殺に魅入られたのです。


 私は彼女と一緒に自殺をして貰うほど彼女私を好きではないし、だからと言って愛人(結婚してる訳でもないので愛人というのは少し変な気がします)がいる訳でもないのでその代わりと言ってはなんですが、今膨らませた空気嫁を道連れに、私の誕生日である今日、心中をしようと思います。


 私は着物に着付けた空気嫁を小脇に抱え木々の間から溢れてくる街頭の光に照らされた水面を見つめそこまでの2メートルほどの斜面を飛び越え見事に水の中に心中出来るかを考え、頭の中のイメージで成功させた後、片方の腕を振り勢いをつけた飛び上がった。


 その時突然、川上の方から玉川上水に沿って強風が吹いた。


 脇に抱えた空気嫁は風に流され私は世界がスローになった様な感覚の中、目も開けることができずただ水面に打ちつけられるのを待った。


 すると突然腕が水に入ったと思うと浅い川底に勢いよく打ちつけられ、同時に全身が柔らかい物に当たり、その後直ぐにゆっくり体が水面に入り2秒ほどで底につき、起き上がろうとすると最初に地面に付いた腕に激痛が走ったのでもう一方の腕で体を起こすと水面から底までは20センチほどしかなかった。


 飛び込んだときの柔らかかった感触は、空気嫁だった。


 私の下で空気が抜けたそれは、つなぎ目が裂け水の流れに揺らめいて、わたしが立ち上がるとそれは下流の方へするする流されていった。


 腕の痛む箇所はみるみる腫れ上がった。


 拝啓太宰治様。


 私の人生の帰結は今日ではない様です。


 飛び込んで気付いたのですが血便は学生の頃放ったらかした痔が原因かもしれないので明日病院に行ってきます。


 終わり

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