【382】死者の理
――――もう、二年が過ぎた。
早いものだと思う。死なない体になったあの日の事は今でも鮮明に思い出せるけど、今日までの道のりは驚くほど早足だった。なんせ死んで食べるの繰り返しだし。
この世にはあの死神のような神性を持つが故の不死者、あるいは僕らのように不死性を後天的に手に入れた人間もいるだろう。特に、世の権力者などは不死の体を喉から手が出るほど欲しているらしい。
まぁ、そいつらは元々色んなものを持っているので、〝死〟はそれら全てを失う恐怖でしかないんだろう。でも、元々僕達は何も持っていなかった。だからこそ、1000の命が邪魔にしか思えない。
でも、僕は今、一つだけ大切なモノが出来た。
口汚くて口うるさい、けれど僕に笑いかけてくれる相棒が――――
「――――へ? 夢?」
朝食終わりのまどろみを振り払って聞き返したフェロー。アリシアも気だるげに口を開く。
「そーなんだよ。俺がフェローと会う前、まぁクソったれな暮らしの時の夢をな。すげぇ久しぶりに見た」
「へぇ」
珍しい、とフェローは思う。アリシアが夢を見る事、ではなく、出会う前の事を自分から話す事が、だ。
出会った時に自己紹介がてら、軽く生い立ちを話した仲ではあるけど、それ以上踏み込む事はお互いになかった。きっと、どっちにとっても思い出す意味のない記憶だから。
「そういや話した事あったっけ? 俺の母親が俺を生んですぐに死んだ、とか、親父がクズ野郎だった、とか」
「……そうだね。親父さんがアレな事は、ぼんやり聞いてたかな」
「そーなんだよ。マジであの腐れジジイ、娘の扱いを徐々に格下げしやがってよぉ。最初は小間使い、次は奴隷、んで置物の人形、挙句の果てには性処理のおもちゃだ。ったく、胸糞悪ぃぜ」
「あぁ……」
フェローもけして褒められた家庭環境では無かったけど、村には自分以上に恵まれていない子供は確かにいた。父親に襲われた女の子の話も、聞いた事がある。
けど、アリシアもそんな目に遭っていたのか。顔も名も知らぬその腐れジジイとやらに心底嫌悪の情が湧き出た。
「あ、勘違いすんなよ? 俺はヤられる前に逃げ出したんだ。へへっ、別れ際に親父の金玉を全力で蹴り潰してやったぜ」
「あぁ…………」
ほんの少し。ほんの少しだけ、その腐れジジイに同情した。不死となった今でも、痛みは勿論あるし、人体的な急所も変わらない。想像するだに股間の辺りが寒々しくなる。
「……で? 何でいきなりそんな夢を?」
「そこなんだよなぁ。俺、村に戻りたいなんて欠片も……あ、でも母さんと同じ墓に入るのは悪くねぇか」
「え? 何で? 生んですぐに死んだなら、顔も知らないでしょ」
「へへ、母さんはクズ親父と正反対の人間らしいし、俺の美貌は完全に母さん譲りだってよ。ちったぁ感謝くらいするさ」
「美貌、ね。自分で言うかねそういうの」
まぁ可愛いけど。本音は心の中に転がし、フェローはため息をついた。口を尖らせてちょっと不満げなアリシアは、けれどすぐに相好を崩す。
「よぉし、今日は昼から買い出しだろ? その前に景気づけに一発、逝っとくかぁ!」
「食後すぐに死ぬのは好きじゃないんだけどなぁ……」
と言ったところで、アリシアはもう
フェローはやれやれと肩をそびやかし、立てかけたレイピアをぎゅっと握り締めた――――
――――もう、二年。けれど、たかが、二年。
僕は、僕達は、揺らいでいるのか?
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