第33話 メルア、もうお前を不幸にはさせない

「そ、そうだったのか──」


 メルアが落ち込んでいるのがわかる。そして目のうっすらと涙が出ているのも。心の底から不安だったのだろう。

 どうすればいいか、俺はよくわからない。とりあえず、こう言っておこう。


「だ、大丈夫。これからも、しっかりメルアのこと、守ってあげるから。だから安心して!」


 そしてメルアの手をぎゅっと握る。彼女が痛がらないように、でも、彼女の不安を払しょくできるように強く。


 その想いを、メルアは察してくれたのか、彼女はにこっと太陽のような笑顔を俺に見せる。


「ありがとう信一君。信一君のそういう所、本当に大好きだよ。誰も味方してくれなくても、それでもかばってくれる強さ。本当にすごいと思った。だから、これからも、よろしくね。これは、私のお礼。受け取って」


 そして彼女は目をつぶり、顔を近づけてくる。これってもしかして──。俺は理解した。先日ダルクと、文香の当てつけにやったキスというやつだ。


「ほら、私の初めて、ちゃんとお願いね──」


 そう言ってメルアは目をつぶり、そっと顔を俺に近づける。

 その唇が、俺の唇に優しくそっと触れる。


 マシュマロの様に柔らかく、甘酸っぱい香り。

 生まれて初めて味わうこの感触。

 ふわふわと幸せな気分が、俺の心の中を埋め尽くす。


 このままずっと、この柔らかい唇を味わっていたい。感じていたい。

 そんな幸福が俺の心の中を満たす、今までで一番、幸せな時間。


 夢のような時間は、あっという間に過ぎる。

 メルアが、そっと唇を離す。


「これからも、よろしくねっ」


 彼女が見せたその笑顔は、今まで見たどの表情よりも、美しく、彼女に似合っていた。


 気が付けば夕方。そろそろ教会に帰らなきゃ。もっとメルアといたいって気持ちはあるけど、子供達だって大事な存在なんだ。


 メルアも、帰らなければいけない時間のようで、スッと立ち上がる。


「じゃ、そろそろ時間だし、帰ろう」


「──そうだな」


 そして俺は、メルアと一緒に教会へ帰る。

 帰り道でも、メルアは明るく俺に話しかけてくる。食事のおいしい作り方とか、火事で困っていることとか、そんなたわいもない会話。


 そしてメルアとの分かれ道。ここまでの距離があっという間に感じる一時だった。


「じゃあね、メルア。今日は、本当に楽しかったよ」


「それは、こっちもだよ。信一君。私、何とか頑張れそう。本当にありがとう」


 そして彼女は自分の家へと帰っていく。

 にっこりと満面の笑みで手を振って別れるその姿。


 とてもかわいくドキッとしてしまう。あの笑顔を見たいと思うと、どんなことでもがんばれそうな気がする。



 そして俺は教会へ。姿を見せた子供たち。その姿を見るなり、子供たちが驚いて駆け寄ってきた。


「信一君、かっこいい~~」


「本当だーー」


「イケメンになってるー」


 女の子たちが無邪気に俺の姿を見て賞賛の言葉を送る。目をキラキラさせながら憧れの表情で。

 本当にこの姿、かっこいいんだな。

 俺によって来る女の子に対応していると、奥の扉が開く。


 ダルクだ。彼女も、俺の姿を見るなり、驚き始める。


「おおっ、信一。かっこよくなったな! 何があったんだよ」


「メルアと、出かけてただけだよ」


「気持ちよかったか?」


 年頃の女の子にあるまじき発言。そういう所は相変わらずだ。


「……服屋とか、商店とか行ってただけだからな」


 ダルクに、こういう会話は、しない方がいい。明らかに教育に悪い。


 男の子もかっこいいと好評。

 子供たちからは評判の嵐。メルア、センスもいいんだな。


「みんな、ありがとう。けど、どいてくれないと、料理が作れないから。台所に行かせてくれないかな?」


 するとタイミングよく、一人の男の子がぐぅとお腹を鳴らす。

 子供たちは、それを察したのか、道を開けてくれた。



 料理を作るため一人台所に立つ。そして、食器を手にしながら一息ついて思う

 メルアか──。太陽のような明るい笑顔、俺を想ってくれるその優しい心。

 そういう所が、本当に素敵だと思う。


 もっと大切にしたい。ずっと一緒にいたいと思える、隣にいてほしいと思える、そんな女の子。


 あそこまで、もっと一緒にいたいと思える女の子は初めてだ。


「メルアの気持ち。絶対無駄にはしない。彼女を絶対不幸にはさせない」


 材料を手にして、調理を開始しながら、そう心に刻んだのだった。







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