第12話 それは、着せかえ人形状態でした

 途中で休憩を挟みながら、飛空艇はケリーマ王国の王都に数日で到着した。普通ならば、馬か徒歩による陸路と、大型船による海路と河路で十数日はかかる行程である。


 そもそもケリーマ王国の王都は砂漠のど真ん中にあった。それでも王都として発展したのは、王都を二分するように流れている巨大な川のおかげだ。

 川の水を利用した農業と畜産、そして貿易によってケリーマ王国は栄えている。


 王都は日干し煉瓦で作られた建物が並び、王都全体を囲むように高い壁に囲われている。そして、その周囲には緑の畑が広がっていた。


 そんな王都の上空を跨ぎ、飛空挺が巨大な川の中心に着水する。


「暑い…………というより、痛いのですが!?」


 日陰から体を出したクリスは、布がない素肌の部分がチリチリと痛むのを感じた。強い日差しが容赦なく突き刺してくる。

 船員に指示を出し終えたオグウェノはクリスに声をかけた。


「あまり日陰から出ないほうがいい。直接、日に当たると皮膚が火傷したみたいに赤くなるぞ。あと、その服だと暑いだろ? ケリーマ王国の服を用意させるから、それに着替えたら少しは涼しくなるだろう」


 クリスを日陰に引っ張っていたベレンが手を挙げて提案をする。


「それでしたら、私に服を選ばせてくださいな。前回は用意されていたので、それを着ましたが、今回はせっかくですので自分で選びたいですわ」


「それもいいな。なら、まずは服屋に行こう」


 オグウェノの同意もあり、次の行き先が決定した。




 飛空艇を降りた五人|(オグウェノ・クリス・ルド・ベレン・イディ)が馬車に乗って王都内を移動していく。

 ラミラも護衛としてついて行こうとした。だが、王都内であればカリストが影から護衛できるため、荷物を城内へ運び、宿泊する環境を整える方を優先することになった。


 馬車の座席は柱と天井しかないが、強い日差しが遮られ風通しが良いため涼しい。大通りには様々な露店があり、活気に溢れていた。


 クリスが初めて見る光景を食い入るように見る。


「師匠、あまり身を乗り出すと落ちますよ」


 今のクリスは自由奔放に動くため、ルドは心配することが多かった。そんなことなど知らないクリスは、風で暴れる髪を手で押さえながら、笑顔で振り返る。


「だって、街を見るのは初めてなんですから。もっと、よく見てみたいです」


「そりゃ見たくなるよな」


 オグウェノが頷いていると、ベレンが提案をした。


「では、服を着替えましたら一緒に街を散策しませんか?」


「え? いいのですか?」


 クリスが目を輝かせる。ベレンはオグウェノに今後の予定を確認した。


「王への挨拶は、夜でもかまわないでしょう?」


 オグウェノはクリスの期待に満ちた顔を見て、諦めたように答えた。


「そうだな。昼は執務があるし、夜でいいだろう」


「ありがとうございます」


 本当に嬉しそうなクリスの笑顔に、その場にいる全員がつられて笑顔になった。




 王家御用達の服屋に到着した一行は、店長から慇懃な挨拶を受けた後、店内の奥へと案内された。

 こういう店での服は通常、オーダーメイドのため既製服の数は少ない。だが、オグウェノが無理を言って在庫を出してもらった。


 男性陣を別室で待たせたまま、ベレンが煌びやかな服を前に唸る。


「前は深い赤が似合いましたが、今は少し違いますよね」


 着せ替え人形となっているクリスは、嬉しそうに次々と勧められた服を着ていく。


「まるでお姫様になったみたいです」


 艶やかな絹糸で織られた布で作られた服は、ほとんどが同じデザインをしていた。


 肩が大きく出ており、胸から腰までは体のラインに沿った形をしている。腰から下はスカートのように裾が広がり、その下にはゆったりとしたズボンか、細いズボンであることが多い。

 肩先から指先までは、ゆったりとした布で覆われているか、袖がない服だった。


 あとは裾などに金糸や銀糸で細やかな刺繍がされているか、宝石が縫い込まれている。最後に豪華なアクセサリーを装着するのだが、それはクリスが拒んだ。


「ジャラジャラして動きにくいです」


 クリスにとって華やかで動きやすい。それが服を選ぶ基準のようだった。

 ベレンがそれを加味して、クリスに似合う服を探していく。


「今の雰囲気ですと、濃い色より淡い色のほうが合うようですね。そちらの服と……下はそれを。あぁ、それはいりません。えぇ、それにしましょう」


 ベレンが独断でクリスの服を決める。そしてベレンは自分の服も決めると、服の微調整が終わるまでの間の時間を潰すため、男性陣が待っている部屋へと移動した。


「師匠! 大丈夫ですか?」


 部屋に入って来たクリスをルドが椅子から立ち上がって出迎える。過去、クリスはベレンに着せ替え人形にされ、その度にぐったりとしていた。


 だが、今回のクリスは違った。とても生き生きとしており、嬉しさが全身から溢れている。


「いろいろな服が着れて、楽しかったです!」


「それは……よかったです、ね」


 予想外の反応にルドが言葉に詰まる。

 ベレンがイディの隣の椅子に腰を下ろした。


「さすが、王家御用達のお店ですわ。良い品ばかりで目移りしました」


 満足そうなベレンにオグウェノが笑顔になる。


「それは良かった。仕上がりが楽しみだ」


「えぇ。楽しみにしていてください。ところでルドは着替えないのですか? 暑くありません?」


 オグウェノがニヤリと口角を上げる。


「赤狼の服も選んで仕上げ直し中だ」


「あら。それは楽しみが増えましたわ」


「どのような服ですか?」


 わくわくとクリスがルドを見上げる。ルドは苦笑いを浮かべながら答えた。


「白一色の伝統衣装ですよ。特に変わったところはありません」


 そこに店員がティーセットを運んできた。全員が椅子に座り、茶が入ったカップを受け取る。


「不思議な匂い」


 クリスが一番に口をつけようとして、ルドが止めた。店員が笑顔で話す。


「支配人は服の仕上がりを確認しましたら来ますので、もう少しお待ちください」


 オグウェノが悠然と答える。


「あぁ。ゆっくり待たせてもらう」


「御用の時はベルを鳴らしてお呼びください」


 店員は一礼すると退室した。店員が遠ざかったことを確認すると、ルドがクリスに忠告した。


「師匠、これから口に入れる時は、自分が食べた後にしてください」


「なぜですか?」


「自分が安全なものか確認をしますので。なにもなければ、召し上がってください」


 クリスが他の人に視線を向ける。すると、オグウェノとベレンもカップに口をつけていなかった。イディが少し茶を口に含み、ゆっくりと味わってから飲み込む。

 そして、二人に視線で合図をしたところで、オグウェノとベレンはカップを持ちあげて茶を飲んだ。


 クリスが不思議そうにルドに視線を戻す。


「どうして、このようなことをするのですか?」


「一番は毒が入っていないかの確認ですね」


「それなら、もし毒が入っていたら、ルドさんやイディさんが危ないじゃないですか!」


「私たちは毒に耐性がありますから、大丈夫です」


「でも、耐性のない毒とか、遅効性の毒とかだったら……」


 心配そうなクリスに、ベレンが質問をする。


「耐性とか、遅効性とは何ですか?」


「耐性のない毒とは、耐えることができない、強い毒や珍しい毒のことです。遅効性は、毒の作用がすぐに出ない毒のことです。飲んでから、半日ほどして効いてくる毒など、いろいろ……」


 説明しながらクリスの声が小さくなっていく。


「毒に詳しいのですね」


 ベレンの言葉にクリスが戸惑う。


「どうして……私、こんなことを知っているのでしょうか……」


 ルドが茶の毒味をしながら答える。


「毒と薬は紙一重です。師匠は毒にも詳しいですよ」


「つまり、これは記憶を失くす前の記憶……と、いうことですか?」


「そうだと思います」


「そう……ですか」


 クリスが深緑の瞳を伏せて黙った。

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