第11話 それは、カオスな状況でした
ルドに横抱きにされたまま飛空艇に乗ったクリスは、甲板で下ろしてもらった。
「あ、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言ったものの、恥ずかしくてルドの顔が見れない。クリスは顔を伏せたまま、操舵室に入ったセルシティを追いかけた。
クリスが操舵室のドアを開けると、セルシティが興味津々に室内を眺めていた。
「本当に帆船の操舵室と同じだな」
「基本的に造りは帆船と同じだからな」
「と、いうことは動力源に秘密があるということか」
会話しながらもセルシティが隅々まで鋭く観察していく。その真剣な眼差しにオグウェノが挑発的に笑った。
「秘密を知りたければ、懐に飛び込むぐらいの覚悟が必要だぞ」
セルシティが白金の髪をサラリと揺らし、紫の瞳を細める。オグウェノをたらし込むかのように、艶っぽく微笑み流し目を送りながら、そっと近づいて囁いた。
「では、閨で語らおうか?」
オグウェノが深緑の瞳を丸くする。だが、すぐに快活な笑顔になり、セルシティの顎に手を添えた。セルシティは逃げる様子なく魅惑的な笑みを浮かべている。
「
「そうかい?」
白金の髪の下で紫の瞳が怪しく煌めく。象牙のような肌に、神々の姿を現した彫刻像よりも美しい外見。生きていることが奇跡のような容姿に釘付けになる。
だが、その肩にルドの手がのった。
「セル、そこまでにしとけ。勘違いした奴らを追い払うのに苦労をするのは親衛隊だ」
背後で控えていた親衛隊たちが大きく頷く。
「それに学生の時とは違うんだ。あの頃のように、遊びでは済まない」
「……学生?」
オグウェノの呟きに、ルドが困ったように説明をした。
「学生の頃はこうやって誘って情報を引き出したり、相手が自室に侵入してきたところを不法侵入で捕まえたり……とにかく、気に入らない相手に好き勝手していたんだ」
「皇族が学校に通っていたのか?」
「気になったのは、そっちか!」
思わずルドが素で突っ込む。セルシティが微笑んだまま答えた。
「普通は家庭教師をつけて城から出ないのだが、学校がどういうものか通ってみたくてな。そこでルドと出会い、なかなか有意義な経験も出来た」
言葉の内容に、ルドが反射的に視線をそらす。
思い出される苦い記憶。入学早々、セルシティに目をつけられたが、傘下に入らずに自由にしていた。すると、イタズラという名の嫌がらせの日々となった。最後は根負けし、敬語で話さないという条件まで飲まされ、嫌がらせは終了した。
ルドが思わず小声で呟く。
「自分には地獄だった」
「なにか言ったかい?」
セルシティからの問いにルドが即座に姿勢を正す。
「いや! なにも!」
なにかを察したオグウェノが納得したように頷いた。
「そうか。そこで将来有望な人材を自分で発掘したのか」
セルシティは答えずに微笑んだままでいる。オグウェノにはそれで充分だった。深緑の瞳が獲物を狙うように鋭く輝く。
「その美貌といい、ケリーマ王国に欲しいな」
「美しいものにはトゲがある、という言葉もあるが?」
セルシティの挑発するような言葉にオグウェノが雰囲気を一遍させる。王族の気配をまとい、セルシティを包んだ。
「ならば、トゲごと呑み込もう」
オグウェノがセルシティに顔を近づける。視線が絡み合い、もう少しで……というところで、セルシティが顔を逸らした。
「ふっ、遊びが過ぎたようだ」
セルシティが白金の髪を手で払い、ドアへ向かって歩き出す。入り口で様子を見ていたクリスに、セルシティは微笑んだ。
「気をつけていってくるんだよ」
クリスが無言のまま返事をしない。そのことにセルシティは不思議そうに訊ねた。
「どうかしたかい?」
「もう、いいのですか?」
セルシティは答えようとして言葉を止めた。まっすぐ見つめてくる深緑の瞳に自分の顔が映る。
セルシティはクリスの茶色の髪を軽く撫でた。
「あぁ、十分だ」
「……わかりました」
そう言うとクリスは背伸びしてセルシティの耳元で何かを囁いた。紫の瞳が丸くなり、ポカンとした顔になる。
ルドは初めて見るセルシティの表情に固まってしまった。
一方のセルシティは苦笑いをした後、すぐにいつもの余裕がある表情になった。
「別に、その土産はなくてもいいぞ」
「そうですか?」
腑に落ちない様子のクリスにセルシティが頷く。
「本気でほしくなったら自分で手に入れる」
「それもそうですね」
クリスが笑顔になるが、他の人たちは話が見えない。
首を傾げる人たちを無視して、セルシティが親衛隊を引き連れて飛空艇から降りた。
ルドはセルシティが下船したところで、クリスに訊ねた。
「師匠、セルに何を言ったのですか?」
「秘密です」
クリスが悪戯をした子どものように微笑む。その無邪気な顔にルドは思わず見惚れた。記憶を失くす前のクリスは決してしなかった表情。年齢相応の少女の姿。
突如、ガタリと船体が動いた。バランスを崩して倒れかけたクリスをルドが支える。
固定していた紐が外され、飛空挺がゆったりと上昇を始めたのだ。
「よし! ケリーマ王国に向けて出発だ!」
オグウェノの掛け声とともに飛空艇は発進した。
操舵室から出たクリスは、遠ざかっていく光景に目を丸くした。
「空からだと、このように見えるんですね」
小さくなっていく木々や青々と茂る森。その先には街があり、普段は見ることがない屋根や屋上が見える。そして遠くには街を囲むように雄大な山々が連なっていた。
手すりを持ったまま眺めているクリスにルドが声をかける。
「甲板の縁に行くと、下の景色がもっとよく見えますよ」
ルドが誘うが、クリスはしっかり手すりを握りしめたまま、頭を大きく左右に振った。
「い、いえ。このまま、ここでいいです」
クリスは笑顔なのだが、どこか引きつっているようにも見える。
「どうかしましたか? あ、もしかして酔いました!? 海の上の船ほど揺れませんが、この独特な浮遊感で船酔いする人もいるそうですから」
ルドが心配するが、クリスは首を横に振った。
「そうではないです。気分は悪くありません」
「では、どうし……」
よく見れば手すりを握っているクリスの手が微かに震えている。普通に考えれば、恐怖を感じる高さだ。
「もしかして、怖いですか?」
「いえ、その……怖い、というか……あの、足がすくんで……動けなくて……」
それを人は怖いと言う。
ルドは心の中で突っ込みながら、クリスを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。これぐらいの高さなら、落ちてもすぐに自分が助けますから。安心してください」
「助けられるのですか?」
目を丸くするクリスにルドが微笑む。
「はい。これぐらいの高さと速度なら、魔法で対処できます」
「それは頼もしいですね」
「はい。ですから、師匠は安心して自由に歩いてください」
「は、はい」
頭では理解しても体は言うことをきかない。クリスが恐る恐る手すりから手を離そうとするが、なかなかできない。
ルドが手を差し出す。
「不安なら自分に掴まってください」
クリスが顔を上げる。そして少しの間を開けて、えいっ! と全身でルドの腕にしがみついた。
「え!?」
掴まっていいとは言ったが、しがみつかれることは想定外だったルドが驚く。
「あ、あの師匠?」
クリスが顔の半分をルドの腕に埋めたまま、目だけを上に向けて訴えた。
「掴まって、いいんですよね?」
「あ、いや、その……」
腕に! 腕に! 師匠の胸にある柔らかいナニかが当たっている気が! 気がする! いや、気がするだけだ。気のせい……そう! 気のせいだ!
ルドが必死に自分に言い聞かせる。そこに強い風が吹いた。茶色の髪とスカートが風でふわりと広がる。
「キャッ」
慌ててクリスが片手でスカートを押さえる。スカートの裾のレースから白い足が透けて見えた
ルドが必死に自己暗示をかける。すでにルドの頭の中では、いろんな情報が溢れ、処理が追いついていない。
「ルドさん?」
小首を傾げて見上げてくるクリスに、ルドは何故かノックアウト寸前になっている。
「ふぁい!」
思わず変な声が出てしまったが、ルドはそれどころではない。とにかく、この状況を変えなくては!
ルドは根性で頭を働かせて提案をした。
「あの、その、せ……せ、船室! ここは風が強いので船室に行きましょう!」
「そうですね」
ルドはどうにかエスコートしたが、自分の顔が赤くなっている気がして、クリスの方を見ることは出来なかった。
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