第3話 それは地雷でした
学問都市オークニー。
クリスはこの街の外れに住んでいる。街外れのため、買い物や交通など不便は事が多いが、クリスの職場である治療院研究所からは近い。あと、のどかな風景に囲まれおり、屋敷内に温泉が沸き出ているため、クリスはこの場所が気に入っていた。
普段は歩いて治療院研究所へ行く時間だが、本日はこの街を統治しているセルシティ第三皇子に呼び出されていた。
城は街の中心にあり距離があるため、馬車で移動する。街に入れば、大きな城が嫌でも目にはいってきた。
人々は白く雄大な城の外観から白馬城や真珠城と呼んでいるが、クリスにはただの鬱陶しい城でしかない。
クリスが不機嫌な顔をしていると、馬車はあっさりと城内に入った。いろいろと訳があり、皇族の城といえどもクリスは顔パスである。
馬車を下りてからも、クリスは勝手知ったる城内を案内なしで歩いて行く。道行く人々もクリスを知っていれば自ら道を譲る。クリスが色んな意味で有名だからこその扱いであった。
そこに紫色の騎士服を着た三人の青年が、まっすぐこちらに歩いてきた。
紫色の騎士服はセルシティの親衛隊の証である。クリスは仕事柄、親衛隊の顔は全員知っているが、この三人は見たことがなかった。
「新人か」
クリスが素知らぬ顔で歩いていると、三人の真ん中にいる騎士が声をかけてきた。
「お、治療師がこんなところにいるとはな。治療院研究所があるから治療師の数は多いと聞いていたが……」
青年騎士が値踏みをするようにクリスをジロジロと眺める。
「へぇ、最高位の白のストラ持ちか。いいな」
不躾な言葉と笑みだがクリスは無言のままだった。そのことに青年騎士が調子づく。
「よし、決めた。おまえ、オレの専属治療師になれ。オレはここで研修を受けた後、帝都に戻り戦の前線に出て武功を上げる。それに、おまえも連れて行ってやろう。光栄に思え」
クリスは以前、ルドから聞いた話を思い出した。
それは、戦場に女を連れていけないから、騎士や指揮官は自分の相手をする男を連れて行くというものだった。
戦とは常に生死の境にあり、過度の重圧がかかっている。そして、そういう場合だからか、自分の子孫を残そうとする本能が強く働く。
人肌も恋しくなり処理したいと思うが、戦場に戦力にならない女は連れていけない。それなら、戦力にもなり夜の相手にもなる男を連れていけばいい、という発想が遠い昔に生まれ、現在まで引き継がれている。
専属の治療師なら、戦で傷ついても優先的に治療させることが出来るし、夜の問題も解決する。
合理的だがクリスには不快なだけだった。
クリスは過去にも専属の治療師として一緒に戦場に来るように、しつこく誘ってくる騎士が何人かいた。しかし、その時はこのことを知らなかったから軽く断って終わらせていた。
隣にいる同じ年ぐらいの騎士がニヤニヤと顔をクリスに近づける。
「ケラックに声をかけられるなんて幸運だぞ。こんな地方都市から帝都に行けるんだからな」
もう一人がクリスを頭からつま先まで見て頷く。
「ケラック、こいつ俺にも貸してくれよ。意外と良さそうだ」
「あぁ、いいぞ」
いつの間にかクリスは逃げられないように囲まれていた。それぞれの顔を順番に見たクリスが肩を落とす。
「その程度で威勢を張るとは、たかが知れているな。セルティは、なんでこんな程度が低いヤツらを親衛隊に入れたんだ?」
「たかが知れてるだと!?」
「程度が低いって、どういうことだ!?」
両側にいる青年騎士がクリスを威嚇しながら怒鳴る。それをケラックと呼ばれていた青年騎士がなだめた。
「こんな田舎に住んでる平和ボケした治療師だ。帝都に行けることが、どれだけ名誉なことなのか知らないんだろ」
「そういうことか」
「それなら仕方ないな」
哀れみと侮蔑が混じった視線が向けられる。
「なあ、今日の訓練は昼からだろ?」
「ちょっと、こいつに礼儀っていうものを教えてやろうぜ」
ケラックが好奇の目でクリスを値踏みする。
「そうだな。戦場でいきなり本番より、慣らしてからのほうがいいな」
「よし。じゃあ、こっちに来い。抵抗したら……」
伸ばした手がクリスに触れる前に鈍い音がした。青年騎士が音のした自分の手を見る。すると全ての指があらぬ方向に曲がっていた。
「あ、あぁあぁぁ!!??」
突然のことに、なにが起きているのか分からない二人が叫んだ青年騎士を見る。そこで二人の動きが止まった。
「な……なんだ? 息が……」
「胸が……絞めつけられ……」
息をしようとするのだが、見えないなにかに胸全体を絞めつけられているようで、大きく息が吸えない。
そこに平然とクリスが説明をした。
「大きく息を吸わないほうがいいぞ。大きく息を吸ったら、それだけ大きく息を吐くからな。そうしたら、息を吐いてしぼんだ分だけ胸が絞まって息が吸えなくなるぞ」
「て、てめぇの、仕業か」
「こんなことを、して、タダですむと……」
クリスが冷めた目を向ける。
「まだ足りないのか? なら、こいつみたいに骨を粉砕させるぞ」
クリスが痛みで叫んでいる青年騎士に視線を向ける。すると、複数回の大きな破裂音とともに青年騎士が倒れた。
「足! 足がぁぁぁぁ!!」
足が紐のようにクタクタになっている。そして、あまりの痛みに気絶をした。その姿に二人が顔を青くして黙る。
「せいぜい小さく息をすることだな。それでも徐々に胸は絞まっていくから、いつまで息ができるかな。あぁ、いっそのこと大きく息を吐いたほうが一瞬で胸が絞まって逝けるから、下手に長く息をするよりいいかもしれないぞ」
クリスが口角を上げる。そこに白金の髪を揺らした麗人が現れた。一度見たら忘れることが出来ないほどの美貌と、宝石のような紫の瞳。
その姿が三人には神々しく、天からの助けのように映った。
「セル……第三皇子……」
「助け……」
声を出すほどの息もできなくなりつつある二人に、セルシティが微笑む。
「おや、おや。どうしたのかな?」
「こい……」
「息……」
「なにを言っているか分からないねぇ」
セルシティが残念そうに肩をすくめて、クリスに訊ねる。
「クリスティ、なにかあったのかい?」
「別に、なにもない」
「そうかい。でも、なにか苦しそうだから治療師に診せようか」
「あぁ、いいぞ。診せたところで何も変わらんがな」
「それなら診せるだけ無駄だから、このままでいいね。そういえば、今日来てもらったのは……」
二人が並んで歩き出す。
徐々に息が出来なくなっていく恐怖と助けがない絶望に、青年騎士たちの意識は遠くなった。
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