終章

お守り

 ――――その日の放課後は塾へ向かうため、市内を巡るバスに乗車をしていた。


 頬を付き、窓からぼんやり景色を眺めていると、隣にセーラー服の女子が座る。さりげなく見れば、長くて黒い髪が綺麗な女子だ。容姿も整っている。反面、顔立ちには曇りが掛かっていた。気にはなる。が、ただ隣に座った人と、――千石雅志はそう割り切って再び外を眺めた。


「ねぇねぇ、キミ……だよね、あの時の? 私だよ、覚えて……ない?」


 袖がつままれたので隣を向けば、なぜか彼女は不安げな上目使いで雅志を一瞥していた。


「オレ? オレですか……?」


 恐る恐るルックスを確認するが、見覚えはない。制服も自分の中学とは違う。

 彼女はわずかに開けた口を手で覆い、錯乱を滲ませた微動する瞳は哀しげに狭められ、


「そ、そっか……。ごめんね、そうだったよね。私、もう……」


 声が詰まり、ふるふると首を振る。手も小刻みに震えている。


「ていうか、未来に帰ったんだっけ……。んもう、どうしたら……」

「……?」


 何なんだ? とは思うも、まあいいかと雅志は勝手に割り切り、彼は窓の方を向き直した。

 しばらくの間、両者に静寂が流れた。が、やがて、


「なんかつまんなさそうな顔してる。あの時はもっとイキイキしてたのに。んー、必死の間違い? あ、ごめん、失礼だったよね」

「いいですよ、別に。実際つまらないし。学校行って塾行って勉強して、こんな毎日の繰り返し。人よりは勉強できるけど、だからって特別なんかじゃない。好きな女子だってこれっぽっちも振り向いてくれない」


 知らない女子に何を言ってるんだか……、雅志は自分にため息を吐いた。

 だけれども、


「そんなことないよ、キミは強い人なんだから。うん、もっと自分に自信を持って! ……私も頑張るからっ」


 彼女はそう言ってくれた。根拠は? 雅志は思わず訊こうとした。……けど、彼はあえて口を閉ざす。理由は構わない、そう言われたことが嬉しかったから。

 そして彼女は後頭部に両手を回し、


「はい、これお守り。もういらないからあげる。つらくなった時はこれを見て元気出してね」


 黒髪は甘い匂いとともにふんわりと撒かれ、彼女は髪を結んでいた時計柄の髪飾りを、ニッコリと笑って雅志に差し出したのだ。驚く雅志を余所にバスは停車し、彼女は髪飾りを雅志に握らせ、そのまま去っていった。


「…………」


 雅志は残されたお守りを茫然と見つめるも、密かに唇を綻ばせ、それを鞄の中に仕舞った。

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