5-7

 その時、真っ白な爆発を起こしたように明るい、強烈な光が視界を塗り潰した。


 『ロンリークラウン』の能力者と死闘を繰り広げる中、雅志は思わず手を止め、光の方へと向く。敵対する白神朧もまた人形を停止させ、雅志と同じ方向を見た。

 光が晴れると夜空は晴天へと変貌し、雲に開く穴から一筋の斜光が地上へと差し込んでいる。闇夜の底知れぬあの摩天楼が嘘のように、至るビルの廃れた有様も含め、どこか幻想的な光景へと、まるで壁に飾られる画のように視界には広がっていた。


 そして、彼の口からぽつりとこう告げられる。


「驚いた……、どうやら僕の負けみたいだ」


 潔く、朧は両手を挙げたのだ。『ロンリークラウン』の人形は、操り糸がぷっつり切れたかのように膝から崩れる。


「本当にオリヒメが、……渋谷さんがあの【時の番人】を……」

「そのまさか、だろうね。あの光は渋谷さんの奥の手とでも言うべきか」


 呆れるほかないとやれやれ手を広げた朧は、ふぅと息をつき、


「【時の番人】の顕現を阻止されたらキミを足止めする理由はないよ。僕の負けだ」

「その言葉、嘘じゃないよな?」

「彼女の顕現には多くの準備が必要だからね。あの形まで復活させただけでも3年掛かった。今すぐに対応できる問題じゃないんだよ。ま、計画に失敗は付きものだだから」


 悔しがる顔ばせは彼にない。

 これまでの人生がそうだったように――……、声に出してはいないが、雅志はそんな朧の心情を心なしか汲み取ってしまった。

 でもね、と朧は、どこまでも白い天空を仰ぎがらそう前置きを口走り、


「また準備をすればいいだけの話だ。僕にとっての2年、3年なんて、千石くんたちにしてみればほんの数日のようなものだから」


 それを告げ、彼は背を向ける。首元に掛かる柔らかな銀髪がそよ風に靡き、細く伸びた華奢な体躯が輝きに映える。


「運命に抗おうとするキミらを見せてもらって感謝するよ。【時の番人】から知りたいことは訊き出せなかったけど、少なからず有意義な時間は過ごすことができた。あ、それと【時の神の憑代】のコピーでシステムの修復は完了したよ。現実に戻りたかったらお好きにどうぞ」


 そうして《Fenrir2》の管理人、白神朧は光に溶け込むように姿を消しかけたが、最後に、


「まったく、あの姉妹はいったい何を犠牲にしたんだろう? あれほどの力、何の代償もなく放てるものじゃないのに」



 闇夜の摩天楼は一瞬のうちに真っ白な光に包まれて、【時の番人】を纏っていた光の羽衣でさえも輝きで塗り潰す。決して脅威とは評せない、すべてを包む優しい光が世界を覆った。


 やがて、全面を覆う光は晴れてゆく。


 瓦礫が乱雑に積み上げられる中、二人の少女のみがそこには立っていた。

 絶叫や禍々しい光線はすでに消えていた。あの時の神はもういない。

 天を覆う白く厚い雲に開いた虚空から、一筋の光が姉妹に差し込んだ。そして光を彩るように、二人を祝うように純白の羽根が幾枚も、彼女らへゆっくりと舞い落ちる。


 その光景をうっとり見惚れる金髪の少女。天に手を差し伸べれば、肌心地の良い羽根がふわりと掌に乗る。姉もまた羽根を手で受け止め、ふっと息を吹いて羽根を飛ばし、


「綺麗な世界だね、まさに天使の恩恵かも。うっとりするくらい、私はこの能力が好き」

「素敵……。でも姉ちゃん、まだ終わりじゃないよね」

「そのとおり、まだ終わりじゃない」

「世界は平等なら、幸運の分の不運も貰い受けないといけないから」


 頷いた咲理は、目元にわずかならも恐怖の色を蔭らせ、


「『永遠たる希望の光エターナルプラズマティックエンド』の対になる能力が『トリガーハッピー』にはあってね。使用者もろとも食い尽くす悪魔のチカラなんだけど……。ま、これを引いたところで幸運の対価になるかはわからないけどね」


 これを引き当てたところで幸運の対価になるかはわからないけど、と咲理は苦笑する。否、苦笑で怖れという表情を隠そうとする。


「姉ちゃん、怖いの?」

「あちゃー、気づいた? ……うん、怖いし嫌い。発動確率は『永遠たる希望の光エターナルプラズマティックエンド』と同じくらいに低いけど、これがあるから撃つ時に躊躇することだってあるくらいにね」


 悟られたならしょうがないと、咲理は隠さず不安を吐露した。すると、


「ヒメ……?」


 オリヒメはすでに握っている咲理の左手に力を込めたのだ。真っすぐに姉の瞳を見つめて。


「私が一緒だから、何にも怖くなんかないよ」


 思わずキョトンとする咲理だけれども、彼女は湿り始めた目尻を数度の瞬きで霧散させて、


「あはっ、妹にそんなことを言わせちゃうとは。情けない姉ちゃんだね」

「ううん、いつまでも頼ってばかりじゃいられないし。私、姉ちゃんを安心させてあげるくらいに強くならないと。今はまだ、強くないから」

「……んもう、ヒメったら」


 大きく瞳を揺らした咲理は、オリヒメの額に自らの額をゆっくりと、もう一度だけ添えて、


「ねえ、カッコつけてない? 絶対にカッコつけてるでしょ。姉ちゃん知ってるぞ」

「つけてないし」

「ほんとに?」


「ほんとだから」

「ふーん、言うようになったんだ」

「なって悪い? 私を見くびりすぎ」


「じゃあ姉ちゃん、ヒメに甘えちゃうよ?」

「うん」

「そっか、なら甘えちゃおっと」


 咲理とオリヒメは正面を向き、今度はオリヒメが引き金に指を掛け、その上に咲理の指が触れる。


「姉ちゃん、怖くないから」

「私もね、ヒメとなら怖くないよ。これから一緒に償おうね」


 お互いの表情を見届けた姉妹同士。

 そうして両者は一緒に引き金を引いた。


 その直後――。



 すべてを切り裂き、万物を飲み込む深遠なる混沌の闇――――、『永遠たる漆黒の闇エターナルデッドエンド』は、世界を根本からとめどなく食らい尽くした。

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