5-5
――――依桜を失ったあの時、私は後悔した。
どうして逃げたんだろうなって、そもそもどうして悩みに気づけなかったんだろうなって。
けど。
本当に私が後悔したことは、それじゃない。
感情に流されて
時間は巻き戻らない。
巻き戻らないからこそ、
そうと知っていてもなお、甘い囁きに騙されて。私は一度、死んだ。
そして椎葉依桜として生まれ変わって、ずっとあの子を見守ってきて。そうして心から気づいた、大切な人を失うという意味を。本当に大切な人は誰なのかを。
あの子を想う強さはずっと変わらない。
たとえ姿が違えども、一時も忘れずに想ってきたのに。
姉として、渋谷咲理として――……。
だけれども私が渋谷咲理でいること、椎葉依桜でいることは違うんだ。
私じゃなければ、ダメ。
――――だって、
【時の番人】から放たれた光の矢は、オリヒメに届くことはなかった。代わりに、
「…………っ」
膝を折り、両手を広げた彼女が、身を挺してオリヒメを庇ったのだから。
右の腹部が赤黒く滲む中でも、――渋谷咲理はニコッと歯を覗かせて、
「ありがと、ヒメ。その左目は絶対に治してあげるから」
倒れている金髪の女子高生は、目を丸くし、夢かとばかりに目前を凝視して、
「え…………。ね、姉ちゃん……? ほんとに……姉ちゃんなの? ほんとに?」
咲理は一つ、強く頷いて、
「お待たせ、あとは姉ちゃんに任せて。よく頑張ったね、ヒメも強くなったんだ」
「……っ! でも、姉ちゃん一人じゃ【時の番人】は……っ」
心から心配をしてくれている妹を見て、咲理は嬉しくなる。
「だいじょーぶ。こう見えても姉ちゃん、強いんだから。それはヒメも知ってるでしょ?」
「でも!」
咲理は腰に納まる白銀の拳銃を手に取り、オリヒメの不安を払拭するようにスッと立ち上がた。脇腹は痛むも、咲理は涼しく繕った顔で、クレーターの中心に佇む【時の番人】を捉える。
(依桜の身体じゃなくなった以上、『
《椎葉依桜》が例外的に複数能力を使えるのにはカラクリがあった。拳銃の引き金を引くことで20もの属性術をランダムに放てる咲理の能力『トリガーハッピー』のほかに、鎖を自在に操る依桜の能力『
(けど、私には経験があるから。『オーバーライド』でもあれば有利になるけど、白神お兄さんはミヤビくんを易々と行かせてくれないはず。だったら私がここでケリを付ける)
【時の番人】は新たに現れた咲理に対し、明確に意識を向けている。それは完全なる復活の予兆に他ならない事実。急がないと、咲理は改めてそう思う。
【時の番人】が胸の前で光をチャージする中、咲理は銃口を対象に仕向け、引き金を引いた。すると上空から数多の電気塊――『エレクトロンジャッジメント』が【時の番人】に降り注ぐ。
(よし、いきなり上級属性術を引き当てた! ツイてる、私!)
水・炎・風・土・氷・氷+αという属性から成り立つ『トリガーハッピー』は、αを除くそれぞれごとに上級・中級・下級という3段階の属性術が設定されている。上級属性術を引き当てるのは確率3分の1、咲理は心の中でほくそ笑む。
電気塊はビリッ、ビリッ! と【時の番人】に次々とヒットし、その度に【時の番人】は激しく喘ぎ苦しむ。光の鞭は乱雑に暴れ、電気塊から枝分かれした雷と相まって、夜空は強烈な稲妻光に塗り潰されてゆく。
(引き金ごとのタイムラグは30秒、【時の番人】があのまま悶えてくれてればいいけど)
しかし咲理の希望に反し、【時の番人】は数センチほど身を浮かせ、咲理の元へとロケットのごとく一直線に突き進んできたのだ。
「ったくもう、元気なんだから!」
猛進する【時の番人】を、それでも冷静に見澄ます咲理は身を屈め、地面を蹴って真横へと飛び移る。【時の番人】に纏わりつく光の余波が咲理の目を掠める中、彼女が引き金を引けば、銃口から生まれた一本の氷槍――下級氷属性術『バニラアイス』が、【時の番人】が避ける間もなくその胸を貫いた。
(まだ避けられる段階じゃないんだ。けど自我はいずれはっきりしてくるだろうし、悠長にはいられない。完全体にさせてたまるか)
咲理は後ろへ跳び、タイムラグののち引き金を引けば、彼女の身体が淡いブルーに包まれ、みるみるうちに傷が癒えてゆく。発動したのは自己治癒の上級水属性術『
傷の回復により俊敏性が戻った咲理は、【時の番人】を焦点に斜面を走る。【時の番人】も鞭を撓らせて周辺の建物を滅茶苦茶に壊し、咲理へと瓦礫を撒き散らす。
指に掛けた引き金を引いた咲理は下級風属性術の『
(ラッキー、『
身を守る以外に使い道の薄い『
バニラの肩に乗る咲理は、飼い犬を撫でる調子でバニラの頬を撫で、
「よし、いい子だね。ありがと、お疲れさん」
そうして役目を終えたバニラは消え、咲理は地面にストンと着地する。
直立のまま氷漬けにされている【時の番人】。しかしヒビ割れた氷は崩れ始め、すぐに崩壊した。氷が消えた【時の番人】はゆらりと浮いて、さらには依然放出されている光が背に翼を模り、一度それを羽ばたかせると大量の風が吹き荒れる。空気の乱れが咲理の柔らかな茶髪を乱暴に掻き上げた。
(みすみすとやられるワケないか。こっからが本番ってこと、だね)
今一度気を引き締めた咲理は、どんな痛みも受けて立つ覚悟で【時の番人】を見つめる。
だが、その途端――、
「なっ」
翼を羽ばたかせた【時の番人】は、瞬く間に咲理との距離を詰めたのだ。さらには眩い光で咲理の視界を潰すと、鞭を容赦なく咲理に撓らせる。
(なんて速さ!)
咲理は咄嗟に【時の番人】の死角に回り込み、鋭い回し蹴りを神の顔面に食らわせる。つま先はクリーンヒットするも【時の番人】はそれを意に介す様子もなく、またも光の鞭を咲理に振るった。
「はっ!」
身体を海老反りに腰を曲げて鞭を避け、咲理は難しい体勢ながらも引き金を引く。【時の番人】の足場から中級炎属性術――、灼熱色のマグマ『
「ヴァアア!! アアアアアアアアアア!!」
痛々しい絶叫がこだまする中、咲理は『トリガーハッピー』ではない、通常の銃弾を【時の番人】に数発撃ち込む。しかし噴火が収まりかけると、翼の羽ばたきが咲理を飲み込むがように広げられた。が、咲理は身を沈め、カウンターのごとく【時の番人】の顎を足裏で蹴り上げた。さらには『トリガーハッピー』を発動させ、中級風属性術の鎌鼬――『
(ここまでは怖いくらいに順調。けど……、【時の番人】はまだ手の内を隠してるかも!)
着実にダメージは与えた。けれどもギラリと目を光らせた【時の番人】に、咲理は言葉にならない恐怖を肌身で覚える。
「キャッ!!」
目が眩むほどの太い光の束が、咲理の不意を突く形で【時の番人】から上空へと放たれたのだ。闇夜を貫くように閃光が駆け昇り、流星群のように四方八方へと細く別れた光は、晴天とはまた違う様相で摩天楼の世界を広大に照らす。
(なにあれ!?)
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