5-4

「……あっ、がふッ!! あっ、は……、はぁ…………」


 建造物が崩れた積み木のように乱雑する中、凹凸の激しい、鉄筋をむき出しにした瓦礫の上で、少年は力なく仰向けに倒れる。赤黒く滲んだ手首の袖からは血が滴り、せき込めば唾液混じりの鮮血が口から吐き出された。白目を剥き、身体を逸らせてピクピクと痙攣するその様を、白神朧は並べた三体の人形の後ろに立ちながら楽しげに眺め、


「〈マイナス・ゲーム〉は、聞けば千石くんが初勝利を収めたゲームだそうだね。ただ、その割には苦戦しているみたいだけど?」

「う、うる……せぇ……!」


 雅志は激痛に顔を歪ませながら、さらなる鮮血を耳にし難い音とともに吐き出す。朧の顔つきを見ていると、今が死闘の真っ只中であるということを我もなく忘れてしまいそうになった。


(というか人形の強さ、さっきに比べて一段と上がってる!)


 観察が正しければ、朧の『甘い悪魔の囁きブラックエンジェルソング』は対象への操作が自動操作オート手動操作マニュアルで切り替えできるらしい。自動操作オートならば一人ひとりに指示は与えられないが、その反面多人数を操れる。逆に手動操作マニュアルならば操作可能なのは一人のみ(プラス二人までなら支配下に置くことは可)だが、人形に精密な指示を与えられる。

 雅志が今相手にしているのは手動操作マニュアルの人形。動きが単調な自動操作オートに比べれば幾分か厄介だと、肌身で感じる。


(遠・中・短距離を得意とする人形を交互に操ってきやがる……。攻略できそうなタイミングで人形を変えてくし……、それも無駄なく。間違いない、この男を倒すのは――無理だ)


 倒れる雅志を嘲笑うかのように、真っ赤な軌道を夜空に描いた石が彼の真横へと降ってきた。


「……がッ――――!!」


 瓦礫ごと宙を浮いた雅志の身体はくの字に折れ、まともな受け身すらできずに三体の人形の前へと叩き付けられる。それぞれが、拳大の石を高速に操る遠距離型の――『メテオストライク』、不可視の糸を巡らす中距離型能力――『悪意の雁字搦めマリスワイヤー』、切れ味のある風を扇子で巧みに制御する近距離型能力――『舞闘の神楽師ブラッドステージ』の使い手たちだ。


「な、何だよ……、舐めてるのか?」


 雅志に追い打ちを掛ける絶好のチャンスのはずだというのに、しかし朧は人形を手元に従えたまま、ふっと彼は笑うと、


「千石くんだって大変じゃないか、この騒動の渦中に巻き込まれて。本来ならあの姉妹と僕とで完結するはずだったのに。渋谷さんにフェンリルを吹き込まれて、つらい戦いの場に巻き込まれてしまった」

「…………」


 オリヒメらから支配される地獄の日々を救ってくれたはずの椎葉先輩は、実はオリヒメの姉、渋谷咲理だった。清楚な黒髪をした女子が不良じみた金色に髪を染めたのも、あの振る舞いも、元を辿れば姉が失踪したことの寂しさを埋めるための行動だとしたら、雅志にしてみれば実に迷惑な話だろう。余所の姉妹の勝手な事情に巻き込まれたピエロな高校生、それが千石雅志じぶん


 過去を辿り真実を知って、朧の指摘どおり、実はそう思ったりもした。……が、


「……違うんだ、ここまで来たのは……オレの意志なんだ」


 そんな考えで想いが砕かれるようなら、そもそも千石雅志はこの場に来ていない。


「オレは……あの人の後悔を知ってるんだ。どの想いで友達の身体を借りて、何のためにフェンリルをオレに教えてくれたのかをわかってるから。それに……、妹へのあんな想いを聞かされれば、な。動かざるを得ないよ」

「千石くんをそこまで駆り立てる力があの渋谷さんにはあるのかな? 僕には理解できないよ」


 雅志は上体を起こし、頼りない足元ながらも、血を垂らしながらも何とか立ち上がり、


「いいよな、あの姉妹って。時間なんて、運命なんて手の届かないところで繋がり合ってるんだから」


 こんな時だというのに、不思議と口元を緩めた雅志。そして彼は、


「あんたを倒すことができないのは……、わかってる。悔しい……。けど、倒すことが勝ちじゃないんだ。白神朧……、お前を向こうに行かせないことが……オレの勝ちだから……」


 今にも壊れてしまいそうな彼は、ゆっくりと両手を広げた。朧の行く手を阻むがごとく。


「つまりそれは、あの姉妹が【時の番人】の顕現を阻止する、ということ?」


 そうだ、と雅志は喉の力を振り絞って声に出した。

 雅志の発言を嘲ることはせず、朧はあくまでも紳士的な態度でふむ、と顎に手をやり、


「【時の番人】の力を知る限りそれはありえない話だけど。あの【時の番人】を破る力が彼女らにあるとは思えないけどね」

「それでも……信じる! 信じることしかできないから! これしか今はできないんだ!!」

「ふ、そうか。胸に響く熱くていい言葉だ」


 柔らかに頬を緩め返した朧は、敵対する目の前の少年をしかと見定めて、


「ならばそんなキミに、僕のとっておきを紹介しようか」


 すると三体の人形は朧の両脇に引っ込み、電源が途切れたかのように一斉に倒れる。しかし代わりに、もう一体の人形が朧の前に現れた。性別は女、赤毛のショートに頬には涙マークのメイクが施されている、肌に密着したノースリーブの黒スーツを着たその人形は、右手にナイフ、左手にマシンガンを携え、身体の側面を見せて路面に立つ。


「彼女は『ロンリークラウン』の能力者、このフェンリルにおいて最上級の強さを誇るプレイヤーの一人さ。彼女の能力は千石くんにとっての天敵なんだ」


 朧が自慢げに告げれば、赤毛の道化師はギラリとナイフを光らせる。


「て、天敵?」


 ジリッと、雅志は後退しかけた。この道化師は危険と、直観が自らを警告する。


「そう、『ロンリ―クラウン』は一人一つという制約を破る無限の装備が許され、かつ完璧に操ることのできる能力だ。装備が使用できないキミには最高に相性の悪い相手なのさ。――いいよ、あの姉妹を信じるキミを完膚までなきに屈服させてあげるよ」


 爽やかに語る朧とは裏腹に無言の道化師は、見据える敵へと無慈悲にマシンガンを構える。

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