5-2
後ろで不恰好に尻を付く同級生の呼びかけには反応せず、オリヒメは密かに左目を、感触を確かめるように覆う。そして、改めて左目の違和を知った。
(見えない……っ。左目が……全く見えないっ)
視力の悪化ではない、完全なる失明。右目を閉じれば、真っ暗闇な深淵が広がっている。
原因に覚えはあった。
(【時の番人】は言ってた、代償は頂くって。これがその代償ってこと……?)
通常、
「……嘘でしょっ」
意志とは裏腹に手が震え、喉も痙攣する。今まで当たり前のようにあったものを失うことは、何よりも怖いと知っているから。
それに、肝心の姉だって未だ戻ってはいない。
(そもそも、どうして左目なの……? まさかあの時と関係があるの? 代償……、まさか)
ふっとよぎった考えが、オリヒメに嫌な予感を一瞬だが植えつけかけたが、
「オリヒメ!」
背後からの声が、今度こそオリヒメの意識を戻した。
「……。心配してくれなくてもいいよ、もう大丈夫だから。それよりも自分を心配したら?」
いいや、大丈夫なんかじゃない。脆い心は、いまやぐちゃぐちゃ。……でも、今は悔やむ時間じゃない、恨む時間でもない。そんな猶予は与えられているはずなどないのだから。
「誰を相手にしてると思ってるの? すぐに終わらせてあげる」
――――そして結末は、オリヒメの言葉どおりだった。まさに有言実行。炎と剣、駆使された体術は華麗に戦場を踊り、わずか数十秒の間に人形たちはすべて片付けられた。
交差点の中央でオリヒメは倒れる屍の間に立つ中、茫然と自分を見ている雅志に、
「ねぇ、何がどうなってるの? この連中が敵?」
「いや違う、こいつらは操られてただけだ、あの魔術師に」
雅志が指を差した先、魔方陣に乗っている銀髪の男が光りを帯び、詠うように言葉を紡いでいた。それは固有能力ともまた異なる異能の行使をオリヒメに連想させる。
「なら、あいつが黒幕ってこと?」
「そうだ。あの白神朧を阻止しないと何千っていう命が奪われる」
「は、何それ? いつの間にか話が大きくなりすぎじゃない? あの銀髪の目論みって何?」
「あいつの目的は【時の番人】をこの
「顕現? てことは、何千って命は、つまり……」
雅志が黙って肯定し、オリヒメが唖然と朧を見れば、その魔術師の男は悪意の欠片もなく白い歯を覗かせる。
「準備も順調だし、これから
「裏を返せば、今ならまだ間に合うってことかっ?」
「間に合うも何も、あれを止めるのは僕でも無理だよ。【時の番人】を抑え込むのは並大抵のことじゃない。ただね」
ただ? 雅志が顔に刻んだ疑問符に、朧はこう答えを告げる。
「『オーバーライド』を持つ千石くん、キミだけは絶対に行かせない。行くと言うのなら僕が全力で止めるよ」
「オレの……『オーバーライド』?」
「『オーバーライド』は完全なコピーはできないみたいだけど、それでもあの【時の番人】の力をコピーされれば、ね。万が一を考えてだよ。キミの能力は僕にとっての脅威だ。だからこそ僕の可愛い人形たちを使って、今までキミのを邪魔させてきたんだけどね」
「そういうことか……。だから『オーバーライド』を持つオレをずっと狙って……」
雅志は複雑な面持ちで朧を見つめるも、彼はオリヒメに視線を滑らせ、
「オレがこの白神朧を止める。だからオリヒメは……あの【時の番人】を止めてほしい」
「勝算は?」
「わからない。だけどこの男は放っておくわけにはいかないから。そもそもフリーパスでオレを向こうには行かせてくれないだろうし」
オリヒメは長い金髪を手で掻いて、やれやれと首を振り、
「勘違いしてほしくないけど、私は正義の味方じゃないから。知らない誰かの命よりも優先したいことが私にはある。だから私の闘う理由にケチは付けないでよね」
「わかった。……でも、オレだって一つだけ言いたいことがあるんだ」
なに? と、オリヒメが雅志を気に掛けたら、
「オレは……あの人を待ってるから。そのために闘うんだ。だから……折れないでほしい」
キョトンと彼を見たオリヒメ。雅志を鼻で笑いつつも、かすかに口元を緩ませ、
「折れてなんかないし。それにあんたの闘う理由、それ私のだから。横取りしないで」
そうして彼女は背を向いて一歩を踏み出しかけたが、最後に、
「負けないで」
「オリヒメも」
二人が交わした言葉は、それだけだった。オリヒメは光の渦に向かって駆けてゆく。
「頼む、オリヒメ」
ポツリと口にし、風が若干納まった中、立ち上がった雅志は銀髪の優男を見据えて、
「みすみすオリヒメを行かせていいのかよ」
「構わないよ。どうせ『
離れてゆくオリヒメの背を朧は悠々と見送って、そうして彼は雅志へと向き直り、
「足止めのつもりでいたけど、決めたよ。キミはここで屈服させる。今の千石くんの目、言葉では言い表せないけど怖いんだ。油断は捨てないとね」
スマートフォンを手に取った朧は、アプリケーション《Fenrir2》を雅志に見せた。【時の番人】が街で暴れ回る影響か、周囲の建物の蛍光が次々と消え、暗黒の気配が一帯を包んでゆく。
「ちなみにゲームはここに来る時、〈タイム・ゲーム〉に変えさせてもらったよ。血みどろの戦いになるけど、あくまでもこれはゲームとして楽しもうじゃないか」
ディスプレイに示されているのは、〈タイム・ゲーム〉における千石雅志と白神朧の対戦情報。
発光を背景に黒い影として映し出された朧は、対戦者――雅志に鋭さを帯びた目を光らせ、
「このゲームは〈タイム・ゲーム〉以外の六つからランダムに選ばれる。この摩天楼の中に転移したということは、――僕の管轄する〈マイナス・ゲーム〉ってことさ。それでは始めようか、最後の戦いを」
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