4-9

 『時の真実と証明』を利用して元の時間軸に戻ってきた雅志は〈プラス・ゲーム〉を選択し、そのまま時計盤の世界タイムダイヤルのエリア15までやって来た。


「あれが『最果ての塔』?」


 一切の穢れのない青い晴天と真っ白な雲、太陽光の注がれる空の下、見渡す限り新緑の草原が広がる世界、エリア15――《シャングリラ》。巨大な三日月を背景に、雲に隠れ上空に浮かぶ大きな石の塔、『最果ての塔』がそびえ建つ。しかし塔へ到達するためには、この草原からでは飛行する以外に手段はなく、どうやらエリア14――《カールスバート》から続く、天空に掛かる『楽園へと誘う道標』という名の橋を辿らなければならないようだ。


 思わぬ立往生に雅志は焦りを顔に浮かべ、乾いた舌打ちを放ったその節、


「……?」


 コツンと、雅志の髪に何かが降り落ちた。雹……? しかし気温から考えてその線は薄い。雅志が首を捻ると、またもや何かが彼やその周りに降り落ち、それはパラパラと大きく音を変え始める。草の上にある落下物を見れば、それは石だった。


「石……? ちょっと待てよっ。まさかこれ、あの塔から……」


 嫌な予感を思わず口走る雅志。しかしその予感は見事に的中してしまった。

 雨飛する瓦礫はさらに大きさを増し、次第に巨大なブロックとなって地上に落下する。比例して塔も原形を失い、空中分解をし始める。


「マジかよ!!」


 瓦礫を避けるため、雅志はその場から退避しようとした。だが、


「あ、あれは……っ?」


 分解する塔の中、光を帯びる何かを彼は目撃した。小さな光はゆっくりと、その周りで降る瓦礫に追い抜かれながら、自由落下に反する速度で沈下する。

 積み上げられてゆく瓦礫からしばらく離れた雅志は、完全に塔が崩れたことを見計らい、光の正体を確かめるべく落下点へと近づく。


「って、オリヒメ!?」


 その正体は、制服姿の女子高生だった。金色の髪、雅志の高校の女子が着る黒のブレザーにチェックのスカート。紛れもなくオリヒメだ。光に包まれた彼女は一定速度のまま、雅志の腕に納まる。そしたら光は消え、綿あめのように軽かった身体が嘘のように、彼女の体重が雅志の腕へと一気に圧し掛かる。オリヒメに意識はなかった。


(どうして塔は崩れた? それにオレがタイムリープしている間に、オリヒメに何があった?)


 オリヒメを抱える雅志は塔の消えた天を見つめ、思慮を巡らしかけた。しかし、


「準備は整ったよ、おかげさまで。――まもなく【時の番人】はこの世界において顕現する」


 その時。


 世界は闇の中へと変貌し、ものものしいほどの摩天楼が景観を埋めてゆく。

 そして。


 ――――凄まじいほどの光が、雅志の視界を塗り潰した。


「あああっ、眩しい!!」


 離れた地点を中心に光の渦が溢れ、空を巻き込むように放射状の光があらゆる方面へと放たれる。さらには暴風とも呼べるほどの突風が雅志、オリヒメらに勢いよく流れ込んできた。雅志の衣服が激しく波のように震え、オリヒメの金髪は毛先の一本一本が暴れ狂う。


「ったく、次から次へと何なんだよ!?」


 突風に飛ばされまいと、雅志がオリヒメを強く抱えながら踏ん張っていると、視線の先、街路と街路が交わる交差点の中央で直立する一人の体貌が、薄っすらと視界に映り込む。

 雅志はその存在を知っていた。この時計盤の世界タイムダイヤルを、【時の神の憑代】を、そして渋谷咲理の運命をも巻き込んだすべての黒幕のことを。


「くっ……、お前はっ」


 少年の風体をしたその影は、塵となっては迸る光のシャワーに照らされ、――――やがて、かすかな喜びにも似た美麗な笑みを薄く引いた唇に浮かべた。

 

 

「さ、これにて終わりとしようじゃないか。ね、千石雅志くんとオリヒメさん?」

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