4-8
「ようこそ、私の世界へ。其方に眠る『時の真実と証明』がここへ来るためのきっかけをつくったのだよ。ここまではあの少年の思惑どおりと言ったところか」
目の前で佇む一人の少女。褐色肌、髪色、着る衣服こそ違うものの、容姿に関しては磔にされていたあの【時の神の憑代】と瓜二つだ。
「時の真実と……証明? 姉ちゃんも……言ってたけど?」
「要は世界の理を矛盾させないために制定された時に関する協定のことだ。まあ、詳細は割愛させてもらおう。あとで千石雅志か其方の姉にでも訊けばいい」
姉、その一言にオリヒメは切なげに顔を上げ、
「姉ちゃんはどうなったの!? 死んじゃったの!? それとも生きてるの!?」
「落ち着け。私のこととあわせて順に教える」
少女はオリヒメが唇を結んだのを見計らい、
「私は【時の番人】、時を司る神だ。フェンリルとやらのシステムに用いられている【時の神の憑代】は私を模倣したものだろう。彼女が記憶を失った状態で其方らの前に現れたのは、あの白神朧の計画による副産物かもしれないな。あの男は相当な乱暴を彼女に働いたようだ」
白神朧、知らない名だ。姉が先刻口走った『あの男』が、すなわち白神朧なのだろうか。
「さて。私のことは話したし、其方お待ちかね、渋谷咲理について語ろうか」
そうして彼女は渋谷咲理と椎葉依桜の関係、依桜の置かれていた環境と自殺への経緯、『時の真実と証明』に反したその後の咲理の行動を伝え、
「罰を与える直前、彼女は私に願った。――死んだ椎葉依桜の肉体を使わせてほしい、と」
その時、一人のシルエットが暗闇から浮かび上がる。両手両足が鎖で縛られたその姿は、紛れもない渋谷咲理そのものだった。
「姉ちゃん!」
【時の番人】は恍惚の表情で咲理の頬に触れ、
「罰せられる経緯も鑑みて、特別に代償なしで私は望みを叶えた。この肉体は今も15歳と3カ月の状態のまま保管され続けている。まったく、惚れ惚れする綺麗な身体だ」
「その身体は……抜け殻なの?」
【時の番人】の話が真実だとすれば、椎葉依桜という身体に咲理が宿り、目前にある咲理の肉体には何も存在しない抜け殻のはず。だがしかし、【時の番人】は首を横に振り、
「もう違うな。先ほど受けたダメージで今度こそ完全なる乖離が起き、この肉体に今さっき心は戻った」
「え、それってつまり?」
「他者の身体に住まうことなど本来はできぬことなのだよ。私が無理にそうさせたが、やはり長続きはしなかった。ここ一か月、唐突に気を失っていたことにそれが表れている。其方に真実を言えなかったのも、自分が直に姿を消しかねないことを悟られまいとしての想いだろう」
【時の番人】の発言を総括すれば、咲理は罰としてこの暗黒世界で一生を過ごさなければならないらしい。そうなれば、妹や家族と接することは二度とできない。
「つべこべ言わずに姉ちゃんを返して!」
「わからんな、どうして助けたがる? こいつは肉親を捨て、知り合ってわずかの友を救うために犠牲になったというのに?」
口元を歪めて皮肉に笑う【時の番人】を睨むも、オリヒメは押し黙った。
「白神朧に利用された面もあるが、友を助けたのは自身の選択だ。それは違いない」
だが、オリヒメはおもむろに口を開け始め、
「姉ちゃんはいつでも私のことを想ってくれてた」
生まれてからともに歩んできた記憶が、依桜の姿で謝っていたあの姿が、次々と頭に浮かぶ。
「椎葉先輩としての時だって、今思えばいつだって私を見てくれてた。心配だってしてくれたし、助けてくれたこともあった。それに……謝られた」
そして耳にした。――ヒメの寂しそうな顔はもう見たくない、と。
「たしかに
「それが、其方の姉に対する率直な想いか」
オリヒメは真っすぐ、迷いなく【時の番人】を見定め、
「姉ちゃんを信じてる。だから助けたい、これまで私が助けられたみたいに」
オリヒメから語られる一連の想いを前に、【時の番人】は静かに目を閉じ、
「そうか、わかった。それにどうやら私の身内らしい【時の神の憑代】も其方たち姉妹の世話になったことだしな。神らしく、義理は果たさなければなるまい」
「えっ」
期待の顔つきをわずかに覗かせたオリヒメ。
だがしかし、【時の番人】はニヤリと唇を歪めて、
「――――ただし言わずもがな、相応の代償は頂かせてもらうぞ」
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