3-8

 遭遇したウサギ型のモンスターを焼き払い、階段を駆け上がってゆくオリヒメ。紅蓮に輝く炎は、暗い階層内を一時だけ眩しく照らす。


 炎で倒せなかった分は剣で対応し、寂しさを翳らせた顔を振り払うように身を反転させ、背後のモンスターを蹴り倒す。上の階へ向かうほど、モンスターの出現頻度が高くなっていく。


(それから半年後だった、姉ちゃんが失踪したのは)


 あの日は鮮明に覚えている。貧血で倒れて帰宅しても、家に来ると約束していた姉が一切帰ってこない事実。膨れ上がる不安、募る寂しさ、たとえ今となっても消えることはない。


(椎葉先輩、次に会ったら知ってることを全部教えてもらうから!)


 建物の30階、オリヒメが建物の外周を駆けていたその時だった。清閑な場所で響いた携帯電話の着信音に、彼女は即決で電話に出て、


「遅い! 充電に手間取りすぎ!」


 第一声に文句を選んだが、スピーカーからはなぜか荒い息遣いがノイズ混じりに届き、


『悪い、敵に見つかった! 追われながら電話してる!』

「ちょ、何人に!?」

『二人! でも画面のバグが少しずつマシになってきてる! きっと時界を送ってくれてるからだよ! あと少しなんだ、だからもっと時界の強い場所を探してほしい!』


 急かさないで、と呟くオリヒメのほうも顔に焦りを滲ませる。彼女は足を止めると、夜の世界でそびえ、ブルーのダイオードで色めく宝石のような摩天楼をガラス越しに眺め、


「上に行くほどモンスターが多くなるんだけど、それって何かを隠すためからじゃないっ? てことはもっと上に行ってみるっ?」

『わかった! とりあえず上の階に向かってくれ!』


 それを聞くや否や、オリヒメは一直線にエレベーターに乗り込み、『50』のボタンを叩いて上階を目指す。


『お、バグがマシになって……、いや、また崩れかけてるし……っ』

「もう、どっち!?」

『今の階表示は!?』

「42……3、4……。なに、42階に止まればいいの!?」

『頼む!』


 やがてエレベーターは50階で止まるもオリヒメは箱から出ず、すぐに『42』のボタンを選択し、今度は下降を辿る。そして停止したエレベーターから外に出て、階層内を懸命に走り回りながら携帯電話を絶えず耳に宛がい、


「ねえ、向こうのビルに繋がる通路がある! あんたの指示だとそっち側にヒントありそう! 行ってみる!?」

『行ってみてほしい!』


 オリヒメは一つ上の階に行き、指示どおり、ビルとビルを結ぶ渡り廊下を走る。遭遇したモンスターは躊躇する間もなく業火で焼き切り、隣のビルへ到着すると、


『よし、バグが直りかけて……、てうわあ!』

「どうしたのっ?」


 受話口からいっそう耳障りな音が響いた。電話を落としたのか、それとも横転したのか区別はつかないが、おそらくはその手の音だ。


『あっぶね! ゴミを蹴って転びかけた!』


 オリヒメはため息を吐き、胸を撫で下ろすも、すぐに顔を引き締め、


「で、どこにっ?」

『どうする……、とにかく屋上だ! 屋上から周りを見てほしい! それでわからなかったら……ヤバい!』


 ヤバい……って。オリヒメは顔を顰めるも、たしかに現状のオリヒメができることは周囲を観察する程度。ゆえにオリヒメはエレベーターに直行し、最上階へのボタンを叩き押す。


(屋上で何かわかったとして、千石に時界を送るためにはどれだけ掛かる?)


 閉塞した空間にいる時間が妙に長く感じる。人差し指で太ももを執拗に叩く。

 そうしてエレベーターが到着するや否や、モンスターはもはや意に介さずオリヒメは屋上へと続く階段を駆け上がり、勢いそのまま扉を開けようとした。しかし扉は接着剤で固められたかのように開けられず、ならばと『灼恋の星姫オリオンガール』を駆使して強引に扉をこじ開けた。程よい外気の冷たさがオリヒメの白い肌を撫で、静かな風が月明かりを弾く金髪を薙ぐ。


 オリヒメは四方を確認したが、闇の中、際立った存在は目を凝らしても見つけられない。


(この屋上には何もないみたい。望みは薄いけど、それなら……)


 屋上を囲む柵へと寄ったオリヒメは、外周に沿う形で柵伝いに歩く。高層から望む景色が南、西、北で類似的に広がる中、東側から望むそれに関しては――……、


「千石……、ビンゴ」


 ぽつりと口にすると、オリヒメは耳元から携帯電話を下ろした。受話口からノイズを含む声が響くが、オリヒメの意識にもはやそれは届いていない。


(なに、コレ……。千石の、それに清香の言ってたこと、やっぱり信じざるを得ないってこと?)


 ――――あら、見かけでは最新のテクノロジーのようでも、裏では古びた匂いのする概念が意外と使われていたりするのよ?

 

(言ってた意味って、こういうこと? だって、こんなのを見せられれば――……)


 柵に手を付き、手中にある科学の結晶と対比しながら、オリヒメは閉口してそれを見つめる。



 ――――四方を建築物に囲まれた中、敷地全体を用いて青い魔方陣が描かれている、頭一つ分低いビルの屋上。陣は丸時計のように十二のローマ数字が円周に沿って配置され、元素記号や漢字、英字が意味深く散らされている。


 そしてあの時計盤の女神タイムガーディアンが呪文を詠いながら、プラネタリウムを模したような光る球体を身体全体で受け止めるがごとく、宙を幻想的に泳いでいた。

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