4章 〈スキップ・ゲーム〉
4-1
「ああ、くそう!!」
ガゴンッ! と強くゴミ箱を蹴って転びかける。依然、絶体絶命の立場に変わりは
ない。
夜の闇の下、背後からは二人一組の黒づくめが絶えず雅志を追い続ける。電話の向こう側、
「うわああ!!」
動かし続けていた脚がもつれ、ガゴンッ! とバケツを蹴り、よろめいた雅志は硬いコンクリートに転倒した。身体を打ちつけ、鈍い痛みが脚、肩、胴に走る。
「ヤ、ヤバイ! ……くっ、《タイムバック》!」
途端に世界は青白く反転し、あらゆる事象の時間は巻き戻る。そのうちに姿勢を立て直した雅志は《タイムコール》を打ち切った。だが、
「ガ、はっ!」
背中に鈍痛を受け、雅志は再び地面へと転がった。冷えたコンクリートが肌に染み渡る。
(オレが《タイムバック》を行使する直前に《タイムビジョン》で先読みしたのかっ? チクショウ、向こうが一枚上手だった!)
緩む足音を聞き、雅志は慌ただしく上半身を起こし、
「く、来るな!」
尻もちのまま後退りを図るも、冷たい感触をすぐに背で感じる。これ以上退くことは不可能、完全に追い詰められてしまった。徐々に歩幅を狭めて近づいてくる二人組の影が、闇に染まる雅志の身体をより黒く覆ってゆく。
(まんまと追い込まれたわけか……。フェンリルは……、フェンリルはまだ使えないのか!)
9割、多く見積もって9割5分、アプリの画面は戻りつつある。だが、七つのゲームすべてのボタンに触れても一切の反応がない。
「安心してください、命までは奪いません。ですが、あの方の目的の前では少々、あなたは邪魔な存在です」
「あの方? 誰だそれ、椎葉先輩のことか。それとも違う誰かかよ?」
「あなたの知る由ではありませんし、これ以上の無駄口は叩かないほうが身のためですよ」
あとほんの少しの時間さえあれば……。雅志は願うも、敵のペアは無情にもその猶予を与えてはくれず、
「ここまでです――――ッ!」
右の女がナイフで雅志を牽制し、左の男がスタンガンを雅志に差し向けた。小さな稲妻が今にも雅志に襲い掛かろうとする。
その時、雅志は強く目を瞑って――――、
「――――ッ」
しかし、時間が経てども一向に何の痛みも感じない。雅志は恐る恐る目を開ければ。
――――すでに凶器、および黒いあの姿は目前にない。夜の現実ではない、一帯が赤みに染まるこの光景は久しく目にしていなかったはずの世界で、それは雅志が必死に求めていた場所。
スマートフォンに目をやれば、青い魔方陣を背景に七つのゲーム、および『設定』アイコンが規則正しく表示されている。
(やった……、ギリギリセーフ)
この世界の名は
雅志はすぐさまお礼の電話をオリヒメに入れれば、
『はぁ、疲れた。どんだけ肝を冷やしたと思ってんの? そんじゃ、あとは頑張って』
そっけなく、けれども安堵混じりな声で告げられると、電話は切られた。
(まだ油断するな、勝負はここからだ。
覚悟は決めた、本当の闘いはこれからだ。
(椎葉先輩の過去がこの事件のカギになるのはわかった。あの報告書にあった最後の一文の意味、それを今から明らかにする!)
そうして雅志は七つのゲーム群から〈スキップ・ゲーム〉を選択した。『零時の門』から一転、瞬間的に世界が移り変わる。
「これが、……〈スキップ・ゲーム〉?」
〈マイナス・ゲーム〉の近代的な摩天楼ともまた違う、視界に広がる幻想的な光景に思わず見惚れてしまう雅志。柔らかな日差しが天を包み、桃色の花弁が風に乗せられて吹雪のように宙を舞う。純白の雲にちらほら隠れる巨大な三日月を背景に、道の両サイドに生え、細かな花びらが狂い咲く桜の木々の姿は、とてもこの世の景色とは思えない。
――――〈スキップ・ゲーム〉。ジャッジを務める
(このゲームに限らず、あらゆるゲームに不可欠なのが一人いる)
対戦プレイヤーの申し込みが雅志のスマホに次々と表示されていく。だが、今は対戦など興味はない。雅志にとってこの〈スキップ・ゲーム〉で最も重要なのは、
「お前だよ、――
スラリと伸びる細身のシルエット。巫女装束を身に纏い、キツネ耳と尻尾を生やしている女が桜吹雪の中、神が住まうがごとく格式高い社と朱の鳥居の前で、じっと佇んでいた。
「お前の『
一方で、抵抗もなく彼の携帯電話を受け入れる
(あの報告書が確かなら『
すべての光を吸いこんだ雅志は、間髪入れずに『
「ぐうっ……、うあああ、……ううぁあああ!」
脳裏には世界の有様が一本の線として、まるで映画のフィルムのように絶え間なく流れ、時という概念が一気に雅志に浸透してゆく。それは、言葉で説明することは到底できないもの。
瞳を閉じ、雅志は念じた。すべての基点、『2018年10月3日』へのタイプリープを。そこに行けば、そこで彼女に会えば、彼女を知れば、真相に辿り着けるはずと信じて。
(どうかオレをその時に連れてってくれ!)
念じたのはわずか数秒の間。しかしその間に覚えた重力の喪失、まぶた裏に焼きつく目まぐるしい色彩の変化は、時の流れを数分、もしくは数時間にも雅志に感じさせた。
そうしてある時、ふっと身体が軽くなった雅志は、閉じた瞳を恐る恐る開けた。
「ここは……
ピピピッという目覚ましの音が響き、頭の時計を叩いて起き上がれば、そこは見慣れた自分の部屋の中だった。ただし、家具の配置が現在とは若干違っている。
雅志はグルリと部屋を見回し、己の掌をジッと見つめて、
「え、まさか2年前のオレの身体? って、今は何年の何月何日で……」
自分が現在所有しているよりも一つ前のスマートフォンで時刻を確認すると、『2018年10月3日』と確かに表示されている。それに、この機器にはインストールされていないはずの《Fenrir2》が、当たり前のようにアイコンに並んでいた。
「ほんとに……タイムリープしたんだ。夢なんかじゃない……よな?」
頬をつねったが意識は変わりなし。その後、雅志は父と母、弟に不審がられないよう朝を過ごし、支度後、3月に卒業した母校の中学に向かうことはせず、
(ゲームで創られた世界とは思えない、何もかもがリアルだ。それにプロ野球やサッカーの記録は見覚えのある数字が並んでるし、ニュースの内容も過去に起きたことだらけだ)
ひょっとすれば《Fenrir2》が雅志の思考を読み取り、それを基に構築した世界観を夢という形で見せている、と言えなくもないが、とりあえず雅志は報告書を信じることにした。ほぼ間違いない、ここは2年前の現実世界。
雅志が向かったのはとある中学校の近辺。カフェに広小路、ターミナルとなる駅が周りにある。この付近では一番の繁華街だ。
(時間的にそろそろあの人が……来るはず)
表通りに出た雅志は左右の歩道を確認する。すると見知った一人の女子を発見した。セーラー服を着用し、かばんを携え登校する彼女は間違いなくあの椎葉依桜。
(先輩を追っていけば自ずと真実に近づけるはず。まずは下手に動かないで、異変が起きるまで様子見に徹しよう)
だが、雅志はのちに知らされる。
明かされる、彼女の真相を巡る
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