3-6
無数の星々が散りばめられた夜空の下、眩い光を灯すものものしい摩天楼に囲まれる中、一本の西洋剣を絶え間なく振るう孤高の女子高生、オリヒメはただ先を目指して駆けてゆく。
街灯が灯るペデストリアンデッキでは金色の髪を遊ばせるよう舞わせ、立ちはだかるゴブリン型のモンスターを次々と倒しながら、オリヒメは夜の煌びやかな都市を360度見据えて、
(まだこのエリアってことは、『最果ての塔』まではまだ距離がある)
総勢15のエリアが存在する
オリヒメは直線に伸びるデッキの先を焦点に、流れるような所作でモンスターを破り、
(一体一体はしょせんザコ。けど数を相手にすればやっぱりキツイ……)
モンスターはレベル1~7の7段階に強さが設定されている。レベルの判別は出現時にモンスターが纏う交差リングの色で判別可能で、今まさにオリヒメを取り囲むのはレベル2の敵。稀に回復系、移動系、強化系、アバター系、素材系のアイテムをドロップすることがあるとはいえ、極力相手にするのは控えたいのが本音だ。
(レベル4以上は一人で相手できるレベルじゃない。とにかく、できるだけ体力は温存してないと。……ん?)
その時、胸ポケットの携帯電話が音を鳴らす。それは電話の着信音のはずだが、
「また清香から? ……って、違うし。外とは繋がるはずないし、
右手で剣の柄を握り直し、オリヒメは左手で電話を取る。パーティー情報やアイテム管理、ステータス照会など、ゲーム管理画面の上に表示される電話番号に心当たりがない中、オリヒメは電話を繋げ、
「もしもし、誰?」
だがしかし、返答は3秒ほど待てども返ってこない。
(イタズラ電話? まったく、こんな時に……)
訝しげに眉を顰め、電話を切ろうとしたその瞬間、
『――――よし、繋がった!』
(…………、は?)
敵対するモンスターのことすらも忘却しかけたオリヒメは、耳元から電話を離し、再度ディスプレイを見る。電波の悪い所から掛けているのか、声には雑音が混ざっていた。
「ちょっと、誰なの? イタズラなら切るけど」
『待って、切らないで! そっちと通話できる手段はこれしかないんだ!』
携帯電話を耳に当て直した手前、オリヒメは足を止めかける。
(この声、どっかで……。あ、ひょっとして……)
偶発的に視界を掠めた、凹凸を連ねる都市の中でもピンと伸びるあのビルがふっと彼の存在を蔭らせる。オリヒメは寄せた眉をさらに顰めると、嫌々な様でジワリと口を開き、
「ねぇ、あんた千石でしょ。千石もこの騒動に巻き込まれてるわけ? てか、その声聞きたくない。もう切っていい? うん、切るから」
同じ高校に通う同学年の男子、千石雅志も《Fenrir2》のプレイヤーであることは既知のこと。もし彼が
けれども、彼の返答は想定と違った。
『だから切らないでくれって! それにオレはずっといつもの世界にいる! ケータイに細工してそっちに電話したんだ! オレも
「細工? 千石って機械イジリの知識でもあるの?」
『信じられないかもしれないけど、魔術って概念を使って電話を繋げたんだ』
「魔術? ふざけたことは大概に……」
だが、ふと明星清香とのやり取りが脳裏によぎる。彼女はオリヒメに進言する際、なぜか古書を取り出し、魔術等の古びた理論を例えに交え、現状の《Fenrir2》を説明した。
「説明して、千石の知ってること」
認めたくないが、少し期待してしまった。なぜだろう、向こうは《Fenrir2》を知ってまだ数日の人間なのに。
『その前にまず、オレが置かれてる今の状況を説明させてほしい』
そうして彼は謎の黒づくめたちに追われている身であること、椎葉依桜のアパートで《Fenrir2》の謎に迫る報告書を発見したこと、および《Fenrir2》が現代理論と古典理論によって成り立つことを順にオリヒメに説明する。
オリヒメは彼の言葉を頭の中で噛み砕いてゆき、威圧的な建築物とモンスターを交互に見て、
(言われてみれば確かに科学だけじゃ説明のつかないことも多いか、このゲームには)
それに気がかりはまだある。なぜ、千石雅志は追われているのか? 彼は特別な力など何も所有していない、ただの男子高校生のはずだ。いったい何が狙いか?
『オレに考えがあるんだ。頼む、協力してほしい』
「ハァ、どうして私が? 一人で十分だし。そっちはそっちで勝手にやって」
『策はあるのかよ?』
いちいち訊かないでよ……、オリヒメは億劫に思ったが、
「《シャングリラ》の『最果ての塔』に行けば、システムに不具合が生じたヒントがあるとか。だからまずはそこに行って、いったい何が起きてるのかを確認する」
それに加えて清香から聞いた話を彼女は告げた。すると、
『一人よりも二人のほうが……いいと思う』
オリヒメは歩くのをやめ、街灯の下のデッキに背中を預ける。そして青白く輝く摩天楼を眺めながら、数秒の間、押し黙ったまま携帯電話を握り、
「私とあんたってさ、相性最悪でしょ。そもそも私に頭下げるってどういう気持ちなの? プライドって無いわけ?」
気怠そうに、最後は嘲笑を込めて告げた。
返答はオリヒメの時と同じく、しばらく返ってこない。けど、
『正直に言ってもいいのかよ』
「いいよ、別に。何を言われようが怒らないから。私がそういうことをしてきたんだし」
オリヒメは素っ気なく言った。
『本当はその声ですら二度と聞きたくない。頭が痛くなるし吐き気もする。お前に勝つまでは、学校行ってる時はもちろん、寝る時だって、何してる時だってつらかった。……、つらかった』
「……、そう」
『でも、椎葉先輩が助けてくれた。あの人には言い切れないくらいの恩がある。助けられるなら嫌いな人間に頭を下げるくらい構わない』
それが嘘ではないことはすぐに見抜けた。声の一つひとつに力が、誠意が込められている。
「ひょっとすると先輩が千石の敵なのかもしれないのに?」
『さっき知ったんだけど、あの人は……、誰かに助けを求めてた。運命を変えられる人を探してるみたいなんだ。もしかすると今は敵対してるのかもしれないけど、曖昧で悪いけど、先輩は味方だってオレは信じてる』
「あっそ」
運命、ね。
デッキにもたれるオリヒメはおもてを上げ、空一面の星空を目に収めて、簡素にそう呟く。季節でもないのに銀河の集まり、いわゆる天の川が夜空を彩っていた。
運命――、そんなの簡単に変えられやしないのに。なぜならそれは、人が踏み入れられる領域にない決定事項だから。七夕の日にしか逢うことを許されない織姫と彦星を、それこそ年中伴にさせるようなこと。
だが、千石雅志に諦めはないらしい。自分こそが椎葉依桜に背負わされた運命を変えられると、そう信じきっているような語り草だった。
「へー、先輩に酔狂してるんだ、ふーん。顔、かわいいよね。あれ、ひょっとして惚れてる?」
『バッ、バカ! そういう話じゃねぇって! って、マジメな話してるんだけどオレ!?』
「先輩に好意を寄せる男子なんてたくさんいるし。本音、隠さずに言っちゃえば?」
『だからそういうことじゃ……』
あは、とオリヒメの口から声が零れる。と、同時に、保健室で自分に身体を預け、〈ディメンジョナル・ゲーム〉のあとに仮面を取ったあの先輩のことを彼女は思い起こす。
(先輩、私に謝ってた。
とはいえ、たとえ二日前は一緒の時間を過ごしたとはいえ、心から信じることは正直できない。信頼するにはまだ彼女のことを知らなさすぎる。
でも……。でも、これだけは言える。
「私もね、椎葉先輩のこと、嫌いじゃないよ。ていうか……好き」
『オリヒメ……』
椎葉依桜という存在に対して、信頼と疑念、相反する想いが錯綜する。けれども、そう――。
(信じるとか信じないとか、そんなのあとでいい。今はただ、あの人のことを知りたい。それにひょっとしたら運命だって……)
運命は変えられない、それは思い込みなのかもしれない。これまで動こうとしなかった、受け身だった自分が何を偉そうに語れるというのか。
――――オリヒメは送話口に告げる。
「教えて、千石が考える策ってのを」
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