3-3

(うっさいなぁ、騒がしいっつーの)


 欧州の様相を漂わせた街並みが広がる、景観の豊かな街の一角にある広場の中、オリヒメは噴水の傍でひっそりと蹲っていた。


(騒いだところで何も始まらないのに、バカじゃないの?)


 二日前、《Fenrir2》のシステム不調が原因か、全プレイヤーが時計盤の世界タイムダイヤルから現実に戻ることが不可能な状態に陥っていた。そんな中、オリヒメも例外なく騒動に巻き込まれ、


漆黒の仮面ブラックマスクと戦ったあとに戻れなくなって、とりあえずここには来てみたけど……)


 訪れたのは、多数のプレイヤーが集まる大規模多人数オンラインゲーム、いわゆるMMORPG形式の〈プラス・ゲーム〉。プレイヤー同士が協力して、広大で現実離れした時計盤の世界タイムダイヤルを駆け巡ることをテーマとしたゲームだ。総じて15のエリアに世界は区分けされ、レベルやHP・MP等の概念はなく、プレイヤーの強さは保有する固有能力、装備にのみ依存する。


 対人バトルをメインにしていない点、得られる《タイムポイント》が他ゲームに比べて少ない点、かつパーティープレイを推奨している点でこのゲームを選択する機会はここ半年なかったが、事態も事態、ひとまずモンスターの出現の恐れがないこのエリア5――《インヴェール》でオリヒメは待機することにした。しかし状況は現在まで一向に変わらず、街の騒ぎは日に日に大きくなっている。


(でもおかしい。単なるシステムの不調かと思ってたけど、二日も音沙汰がないし。プレイして2年だけどこんなの初めて)


 きっと今ごろ世間では、中高生の行方不明者が続出で騒ぎになっているだろう。


(そういえばじいちゃんとばあちゃん、心配してるかな。ごめん、二人とも)


 海外で働く父だって、大手の企業に勤めて一人暮らしをする母だって、自分を心配してくれているはず。大切な人たちの存在がオリヒメの胸を縛る。……寂しい。

 ただ、今ばかりは外のことに気を回す余裕はなかった。


「…………っ」


 寂しさを引き金に、漆黒の仮面ブラックマスクと交えたあの一戦が鮮明に脳裏によぎる。壁にもたれ、雨に打たれ、何もできなかった自分が客観的に浮かぶ。弱い、そう認めてしまった瞬間がフラッシュバックする。


「…………もうっ」


 クシャリと、金髪を掴む。

 あれから二日間、まともに立つことすらせず、ずっとこんな調子だった。現状を打開しようと集まったプレイヤーたちの情報交換を近くで耳にしながら、ずっと。

 剣士や弓使い、銃士など、オリヒメはパーティー単位の人だかりに鋭い目つきを仕向け、


(ほとんどが私にも勝てないクセして何ができるって言うの? 群れて安心することしかできない虫けらみたい)


 本当に情けないのはどっちだ、と芽生えかけた心中の声を、駄々を捏ねるように頭を振って握り潰す。

 すると頭上から、


「あ、あのー、すみません」


 オリヒメに反応はない。


「あ、あ、あの~、すみませーん、もしも~し……?」


 見るからに不機嫌そうに、鬱陶しそうにオリヒメは顔を上げる。ゴシック様式の背の高い時計台を背景に、声を掛けた一組の少年少女はビクッと身じろぎをしたものの、苦味の混じった笑みを両者は並んで繕い、


「あなたも協力しない? 私たち、この状況をどうにかしようと集まったんだ。一人でも多くの仲間がいると心強いわ」


 教皇服の少女からの誘いだが、オリヒメは群れを見て、ひらりと手を振ると重い腰を上げ、


「誘ってくれてありがと。けどごめん、遠慮しとく。興味が出たらこっちから声かけるから」


 投げやりに呟き、二人から目を背けてその場を後にする。去り際、「お、おい、あの金髪って……」、「もしかしてあの『灼恋の星姫オリオンガール』!? ホンモノ、初めて見たわ!」と、有名人でも見た嬉しさか、珍獣を見た物珍しさか判別のつかない黄色い声を、街に鳴る時鐘とともに聞く。


 群れることは嫌いだ。パーティーを組めばレアアイテム欲しさにPKされかけ、レイド戦に挑むためギルドに加入すれば足手まといの寄生プレイヤーに邪魔される。そんな経験ばかり。

 勝手に言ってろ、オリヒメはボソッと愚痴るも、


(まぁ……この状況、心当たりがあるんだよね。それが正解かどうかはわからなけど)


 漆黒の仮面ブラックマスク、もとい椎葉依桜を頭に浮かべる。


 システムの不調だとは考えていた。ただ、漆黒の仮面ブラックマスクが謎めいた記憶喪失の少女を攫ったタイミング、たびたび街で見かける黒装飾らの姿を考えれば、漆黒の仮面ブラックマスクに原因を紐付けるのは妥当な線だろう。ともすれば、それを唯一知るオリヒメこそが動かなければならないのは明白。

 無論、それはオリヒメだって十分にわかっている。わかってはいるけれども、


(弱い私に助ける資格なんかない。動いたところで、何もできずにみっともない思いをするだけ。あの時と同じことを繰り返すだけだから)


 広がる晴天と純白の雲から覗く黄金色の大きな三日月を見通しながら、自らを傷つけ戒める感情が心から溢れてくる。こんなにも綺麗で広大な世界の中で、ちっぽけな自分という存在を知ってしまう。あの三日月型に切り取られた虚空のように、胸に穴が開いた気持ちがつらい。


「ほんと、私って情けない。……ん、電話?」


 目的もなく石畳の街を歩き、深く息をついた時に鳴り響いた、胸ポケットの携帯電話。


「おかしい、外とは繋がるはずないのに。てことは時計盤の世界タイムダイヤルにいる誰かから?」


 オリヒメが携帯電話を手に取り、受話口を耳に当てれば、


『もしもし、オリヒメ? ――――――――……』

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