2-6
吐く息は白く濁り、冷気が筋肉を強張らせる。
広範囲に及ぶ能力の余波を見て、敵に対する警戒心を強めるオリヒメ。だがしかし、
(
スマートフォン画面に表示される対戦プレイヤーの固有能力名は『バニラシャーベット』――、その本質が『氷』ならばオリヒメは『炎』。相性は考えるまでもない。
オリヒメは右手に携える剣で、不均質に氷を張る床に円形の傷を付けた。ツゥと擦れる音は炎を生み、続いて氷を鳴らしたローファーから、オリヒメの周囲に炎が迸る。熱に触れた氷は液化せず、気化のごとく消滅する。
今一度足先で氷を叩いたオリヒメは、鎖の上で佇む
「私にこのゲームを挑んだこと、きっと後悔させてあげるから」
彼女は炎を纏わせた剣を横一線に薙ぎ払った。刃から放たれた炎は鎖、冷気を呑み、
(氷が液化しないならますます私の『
オリヒメは銃口の認識と同時に横へと飛び乗るも、銃声が一向に響かない。不発を疑い、
(なっ、水弾!?)
紛れもない、飛来してくるのは直径一メートル弱の強烈な水の弾丸だった。横への回避が幸いして直撃こそ免れたものの、床を張る氷の上には透明な液体が八方に飛び散る。
『氷』とは逆に『水』がオリヒメにとっての天敵なのは言うまでもない。けれどもオリヒメは水弾そのものではなく、水弾を放った
(氷かと思いきや水? 氷を溶かすことで応用した? いやでも、あの氷は液化しないはず)
傍目でスマートフォンを追えば、オリヒメははからずも目を疑った。驚くことに、
《Fenrir2》においてプレイヤーに与えられる固有能力は原則一つだ。中には千石雅志の『オーバーライド』のように多様の能力を扱える特例も存在するが、それでも彼の場合、所有中の能力を手放さなければ次の能力を使えないという制約の下にある。
(使うのは氷? 水? それ以外には? てゆーかあの鎖も厄介だし)
氷と水の属性攻撃を生み出し、かつ固有能力と言っても過言ではない鎖を操るプレイヤー、――
オリヒメは館内2階のギャラリーへと着地した
「ハアッ!」
剣でそれを弾いたオリヒメは、金属同士の衝突による余波を利用して炎を展開させ、
「ぐっ」
オリヒメはキュッと床を鳴らし、身を捻って鉄の鞭を回避する。床を抉り、木っ端微塵に散った木片から両腕で顔を守ったオリヒメは、次の一手を即座に警戒して周りを見た。すると水平線上、
(今度は雷!? それもやっぱり引き金を引いて……っ)
その能力名は『サンダーボルト』。偶然の落雷ではない、正真正銘
(
メラメラと燃える炎に包まれる中、館内をぐるりと見回せば、すでにギャラリーへと着地していた
『
熱を肌で感じ始めたオリヒメは
(逃げたのは校舎の中っ?)
(なに、次は竜巻!? 氷でも水でも雷でもなく!?)
教室から炸裂する風が窓ガラスの破損とともに、多数の学習机を廊下へと放り出していた。それも学習机は一つすらもその形をまともに保っておらず、木製の台や金属製の足が乱雑に切り刻まれている。さらにはボロボロの引き戸が派手に吹き飛び、内部から突風がオリヒメを巻き込むように吹き荒れた。オリヒメは身を沈めるも、手の甲や頬に細かな切り傷が走ることに気づき、
(痛っ。ひょっとしてこれ、かまいたちっ?)
スマートフォンの対戦相手側の能力欄には『
致命傷とまではいかない中、オリヒメは薄っすらと目を開け、
(この音なら……私の炎でかき消してみせる!)
乱れる空気、風と風の擦れ、それから机の散乱音に耳を澄ましたオリヒメは、荒れ狂うかまいたちに着火をする。炎は瞬時に膨張し、風のすべてを食らい尽くし、舞い乱れる学習机もことごとく消し炭に変えた。後に残ったのは真っ黒に全焼した教室のみ。
「肝心の
敵の行方を探すも、教室内、ひいては窓から望める校庭に姿はない。が、下の階からカツ、カツと靴音のようなものが聞こえてきた。けれども乾いた音はすぐ消え、
「なにこの……音? 気味が悪い……」
音色が変わった。
もうそれは、靴音ではない。まるで何かが轟々と煮え滾る音。直観的にイメージするならば――マグマ。
(ヤバイ! すぐにここから――……ッ)
血相を変えたオリヒメは廊下へと跳び出しかけたが直後、床が赤く光り始め、平坦な足場を泥場のように崩し、粘りのある真っ赤な熱の塊が高く吹き荒れた。
「あ、くう!」
音に敏感な習慣が幸いし、間一髪で噴火を免がれたものの、オリヒメは左肩に熱の余波を浴びてしまった。が、避ける間もその勢いは増し、計三度に渡って噴火が起きる。オリヒメの『
呼吸を荒げるオリヒメは額の汗を袖で拭い、焦げ跡の残る歪な穴から1階を覗き、
(だんだんわかってきた……、
手から滑り落ちそうになった剣を握り直して、
(見てきたのは氷、水、雷、風、炎の属性攻撃。それはあの拳銃の能力によるもののはず。どれを引き当てるかはランダムっぽい)
明確に引き金を引くという所作を目にしたのは『
オリヒメは軽い身のこなしで穴から飛び降り、膝の屈伸で丁寧に着地をする。およそ10メートル先では、あの
「させない!」
能力を行使させまいと、オリヒメは肘を伸ばして壁を殴り、迷わず炎を放った。しかし
「ぐううっ!」
剣を床に突き立て、痛みに耐え忍ぶオリヒメ。奥歯を噛み締め、またも姿を眩ませた
「あっちか!」
視界の端で捉えたのは、割れた窓ガラスを纏って暗い教室へと飛び込んだ
(能力名は『
オリヒメは学習机を風ごと容易く燃焼させると、グラウンド方面へと走っている
「まんまと広い場所に誘い出したってわけ? ありがとう、それは私も都合がいいから」
否――、誘い出したわけじゃない。ただ弱点を埋めるための行為そのものだ、それは。
(
オリヒメも敵にあわせて止まり、西洋剣を両手で構える。
相対す両者。
凛とした瞳を光らせ、対面を捉える金髪の女子高生、オリヒメ。
対して、仮面を被りその素顔を隠し続ける謎多きプレイヤー、
互いに流れる静寂。
――――両者が動いたのは同時だった。
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