2-5
「バイバイ、お嬢ちゃん。最後まで一緒にいてあげたいけど用事があってごめんね。オリヒメもバイバイ、今日は楽しかったわ」
「さようなら、依桜お姉ちゃん!」
「ん、バイバイ先輩」
私用のある依桜はこうして一足先に帰宅をした。
(とはいえ、何もわからずじまいか……。仕方ないし迷子センターに預けよっか)
迷子少女がお手洗いの最中、オリヒメは壁に身体を預けながらぼんやりと考える。
結局、少女の記憶喪失も《Fenrir2》との関係も、何も判明しなかった。保護者の存在だって見つかってはいない。
(ま、たまたまが重なったのかも。私の考えすぎだったかな)
迷子センターに向かうため、オリヒメがショッピングモールの案内図を確認していた、――――その折だった。
「きゃああああああああああ!!」
悲鳴だ、それもトイレの中から。間違いない、あの少女が発したものだ。
「えっ、なに!?」
フロアを歩くショッピング客らは一斉に悲鳴の方へと注目を集める。オリヒメもまた女子トイレへと駆けようとした。しかし、
「動くな、声も出すな」
背後から金髪ごと首に回された腕の拘束がオリヒメを止める。それも刃物を彼女のこめかみに添えて。声から量るに、後ろを取るのはオリヒメと年齢の近い女みたいだ。「声も出すな」とは、すなわち《タイムコール》行使の抑止だろう。ちなみに停止時と違い開始時に声を出す《コール》が必要なのは、時間操作による現実世界におけるプレイヤーへの不意打ちを防止するためとされている。ゲーム敗北の憂さ晴らし、ポイント欲しさ等から、そういうことは起こり得るからだ。
「なに、私に用事? それともあの子に?」
刃物を目前に、けれども声の調子は平常時と変わらず、オリヒメが首を捻ろうとした手前、再度「声を出すな」という警告が発せられる。
しかしオリヒメは、ナイフが握られる手の手首へ素早く裏拳を浴びせ、
「《タイムストップ》」
彼女の《タイムコール》と同時に、世界は唐突に青く反転した。
潜るように腕の輪から脱したオリヒメは背面にいる敵の腹部に肘を差し込み、続けて左足を引いて、鋭い回し蹴りを相手の顔面に食らわせた。全身を黒いマントで覆い、柄のない白仮面を顔に被る女は激しい勢いで横倒れする。浮いた刃物は乾いた音を立て、床へと転がり落ちた。その瞬間、青く反転していた世界は元の様相を瞬時に取り戻す。
「それで脅せたと思った? 見くびりすぎでしょ、私を」
それにしても黒い装いと仮面、まさか……。
(あの
オリヒメは改めて女子トイレの中へと入ったが、
「しまっ――――、待って!」
少女に比べて頭二つ分は大きい黒装飾が、すでに彼女を後ろから捕えていた。声は出せずに涙目混じりの視線だけで、少女はオリヒメに助けを求めている。
(そんな目で見ないでよ……。ていうかどうしてこの私が他人を助けるためにここまで……)
自分は決して正義のヒーローなんかではない。今日出会った他人を助けようなど、それこそ昨日の自分が見たら苦笑ものだろう。だがしかし、
(この子には何かヒントがあるし、それに……、それに……。だからまずは、助ける)
オリヒメが自らの気持ちに結論を出したその時、前方の二人はこの世界から姿を消した。それに応じて周囲は赤く染まるあの
(あの黒づくめがフェンリルのプレイヤーなのは確定として、二人で消えた? おかしい、あの子が
次元と次元の狭間に存在する
オリヒメは人通りの消えたメイン通りへ躍り出ると、吹き抜け越し、上階のスポーツ用具店前に二つの人影を発見した。装飾で身が覆われているせいで判別が付きにくいが、体格からして片方は女、もう片方は男(少女を抱えている側)のようだ。
考える間もなくオリヒメは二人を追い始めるが、それに伴って女のほうが立ち止まった。吹き抜けからオリヒメを見下ろす彼女の周りには数百の小型ナイフ――『
「くっ」
オリヒメはディスプレイのタップで固有装備の西洋剣を取り出すと、真横に駆けながら飛来する凶器を剣で薙ぎ払った。キィィン! と鳴ったナイフは宙に弾かれ、一方では鈍い音で次々と壁に突き刺さる。
(音さえあればこっちのもの!)
音は赤提灯のような炎をいくつも生み、即刻上階の黒装飾を竜巻のごとく呑み込んだ。
オリヒメはモール内を華麗に飛び交うもう片方の黒装飾にすぐさまターゲットを定め、そちらへと駆け出した。少女を抱えているせいか、黒装飾とオリヒメの距離は徐々に詰められ、
「ああああああああッ!!」
空の闊歩から着地した直後、黒装飾の脚が紅蓮の炎に食われる。生じる立ち往生、オリヒメはその些細な隙を逃すことなく、西洋剣を黒装飾へと投げつけた。
「ぐっ、あ……っ!」
下腹部に剣が刺さった黒装飾は血を吹いて倒れ、腕から解放された少女も床へと転がる。停止しているエスカレーターから3階まで上がったオリヒメはすぐに少女の安否を確認した。気を失ってはいるが幸いにも無傷だったことに、オリヒメは胸を撫で下ろす。
だけれども、その安心も束の間――――、
「だれ!?」
横たわる少女の脇から、第三の黒づくめがおもむろに現れ、歩んできたのだ。
見映えこそこれまでの相手とは基本的に同じ装いだが、仮面に関しては違う。黒一色だ。
根拠はない。だが、雰囲気で疑いなくわかる。目の前で立つ人物こそが正真正銘――、
(これまでの黒づくめはザコだったけど、この
なぜ、あの
その時、
(私に〈ディメンジョナル・ゲーム〉を挑むつもり? 受けるしかないでしょ)
〈ディメンジョナル・ゲーム〉はチーム戦、すなわち敵はまだ存在している。
オリヒメが周囲を確かめる中、校舎の屋上では
そしてオリヒメは校庭を駆け始めた
「何なの、これ……。ひょっとしてこれが
館内に足を踏み入れた瞬間、肌を突き刺した冷気。眩しいくらいに視界を占領する、すべてが氷漬けにされた白銀の世界。数十メートルに渡る館内には、メタルの鎖がまるで蜘蛛の巣のように複雑に張り巡らされ、――――その鎖に乗る
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