2-4

 カフェを出てモール3階のゲームセンターに来たオリヒメたち三人。夜空のような内装に煌びやかな照明の下、数台のクレーンゲームにシューティングゲーム、プリントシール機など、数多のゲーム機器が設置されている中、高校生らに代表される若者の姿を多々見かける。


「ゲーセンに来たのは久しぶりか」


 放課後や休日は一人で過ごすことも理由にあるが、ゲームといえばここ2年は《Fenrir2》に夢中だったこともあり、ゲームセンターを訪れるのは随分と久しぶりであった。


「じゃ、まずは景気づけにあれで遊ばない?」


 依桜が指差したのはクレーンゲーム。オリヒメのような女子高生が抱えても、上半身が隠れてしまいそうなほどに大きい動物系ぬいぐるみが揃っている。

 まずは少女がワンプレイするも、掴んである程度運びはしたが、惜しくも景品の獲得とまではいなかなかった。そこで依桜がリベンジとばかりにチャレンジし、


(先輩ってこういうゲーム得意なの? てゆーか、先輩がこういう所で遊ぶなんて想像できないし。ま、どうせ失敗でしょ)


 密かに鼻で笑った。けれども、


「やった! クマさん取れちゃった~」


 オリヒメの予想(というか願望)に反し、依桜は一回目でクマのぬいぐるみを獲得したのだ。得意顔を見せる依桜に、オリヒメはムッと大人げない反応をする。


「先輩にできるなら私でもできるし。ちょっとどいて」


 硬貨を投入し、オリヒメは同じクレーンゲームにチャレンジする。しかし一度どころか、三度のチャレンジすべてに失敗してしまった。


「むうぅ」


 普段のクールさはどこへやら、ぬいぐるみと睨めっこをするオリヒメを余所に、依桜は獲得した景品を迷子の少女にプレゼントしている。


「どうしたのよオリヒメ、そんなにこのクマさん欲しかった?」

「いらないし。それにクマよりもあっちのウサギのほうが好きだし」

「そ、そう……」


 するとオリヒメはキョロキョロ周囲を見て、トントンと依桜の肩を小突き、


「ねぇ、あれで勝負しよ」


 彼女が勝負を挑むのは、一対一の対戦型格闘ゲーム機。《Fenrir2》という《タイムポイント》欲しさに死にもの狂いで挑む者たちを返り討ちにしてきた、アプリを保有し続けること事態が困難な世界に生きる自分にとって、この手の2Dゲームなら生易しいだろうと勝手に見込んで。


「ふふ、乗ったわ。あの『灼恋の星姫オリオンガール』サマのご相手ができるとは滅相もない」


 そうしてオリヒメは、依桜と少女が座るゲーム機の対面に座り、


(なんかムカツクから勝ってやる)


 相手も熟練の《Fenrir2》のプレイヤーであることを失念しつつ、人知れず意気込んだオリヒメだが、しかし…………。


「やりぃ、5連勝!!」


 依桜はハイタッチで少女と喜びを分かち合っている。対照的にオリヒメはぐぅっと歯を軋ませ、今度はダンス系の音楽ゲームへと強く指を差し、


「次はあれ!」

「いいわ、何でも相手してあげる」


 少女を後ろに二人は台に立ち、目前のディスプレイに流れる音符を素早い足捌きで次々と消化してゆく。そして結果は――……、


「はぁ、はぁ……。また、負けた……」


 額に浮いた汗を拭ったオリヒメは、心地よく息を切らせて少女と勝利を喜ぶ依桜を恨みがましく見つめる。


「ふんっ」


 するとそんなオリヒメを心配してか、依桜から離れた少女は恐る恐るオリヒメを見上げて、


「オリヒメお姉ちゃん、ひょっとして気が短い?」

「短くないし。むしろクールって言われるほうだから」


 とは強がれど、この有様に対し、オリヒメは細い眉を投げやりに顰める。


「ふふ、オリヒメかわいい」


 台から離れ、手すりに背を預けたオリヒメは、思わず依桜を凝視した。


「どこが? 顔? お姫様みたいとは昔から褒められてたけど。名前だけにね」

「ううん、弱いトコ」

「弱い?」

「うん。オリヒメにも弱いトコがあるんだなって。いわゆるギャップ萌えかしら?」


 まったくどこを褒めているのやら……、オリヒメは心の中で不満を呟くも、


「それはどうも。フェンリルでは初心者に負けるし、ゲーセンでも先輩には手も足も出ないし。弱くてごめんなさい」


 勝者相手にムキになるのは最高にダサいと、自らにブレーキをかけたオリヒメ。だが、ディスプレイに映る『LOOS』という字があの男に敗北したあの時と重なり、チクリと胸が痛む。


(弱い、か。私が完璧だとは思わないけど、だからって弱くは……。むしろ弱いのはあの男みたいな頼りない……、いや)


 依桜と少女に顔は向けず、オリヒメは薄っすらと目を細めたまま俯く。


(その弱いと決めつけてた相手に負けたのは誰だっけ)


 自分という存在を嘲笑いかけた。


(思えば髪を染めたのも何がきっかけなんだっけ?)


 目立たない自分を誰かに見てほしかったから? いや、大人っぽくありたかったから? どちらにせよ、これまでの自分を変えたかったから。……、彼女はそう考えかけた。

 でも本当は、あの人が目の前から消えてしまったことによる寂しさを埋めるために――……。


(ううん、違う……)


 心中で芽生えたそれを突っぱねた。違う、そうじゃない……と、自らを守るために否定する。


「ごめん、気を悪くさせちゃった?」


 ふっと我に返ったオリヒメは、顔を覗く依桜、不安げな眼差しを送る少女に否定の素振りを見せ、


「そんなの全然? ただのゲームだし、負けたところで怒る気になんかならないって」


 そっか、依桜は胸を撫で下ろして安堵を示す。


「先輩はさ、私の味方なの? それともフェンリルを悪用してた私なんて嫌い?」


 何となく、オリヒメは訊いてみる。どうしてこのタイミングなのかは、自分でもはっきりとわからない。ただ、依桜の自分に対する感じ方を知りたくなったから。


「ううん、嫌いなんて一度も思ったことない」

「え?」


 そこまで深い付き合いはしてこなかったから、特別な期待は抱いていなかった。嫌いと言われたところで仕方ない、そうとさえ割り切っていた。だがしかし、嘘とは思えない意外なその言葉に、オリヒメははっと息を呑む。


「覚えててね、私はいつでもオリヒメの味方。理由は……ふふん、ナイショ」


 オリヒメは返答しない。けど、口元には薄っすらと柔い綻びがつくられる。


「ほら、まだまだ時間はあるから遊ぶわよ? 飽きるまで遊び倒しちゃうましょう!」


 こうして依桜が先導する形で、彼女らは次のゲームへと移っていった。しばらく時が経てば別のゲームに移り、また目の前のゲームに没頭する。その間、オリヒメの口数は決して多くはなかったが、少なくとも彼女にとって少女、そして依桜と過ごしたこの時間は――……、


(もし妹がいたらこんなふうに過ごせるのかな、毎日)


 笑顔を弾かせる年下の女の子に、羨望の眼差しを密かに送った。


(もし姉ちゃんが今もいたら、いつもこんな感じなのかな? 胸に穴が開く気持ちなんてこれっぽっちもないのかな?)


 たとえ校内で恐れられている不良女子高生と一緒でも、心から楽しんでくれている先輩を見て、不思議とあの大切な人の姿を重ねた。


(先輩が眩しい。先輩の顔を見ると安心する)


 学校で友達と過ごす時間もそれなりであって、だけど傷つけ傷つき合う辟易したあの世界は、正直好きとまではいかない。それにオリヒメが《Fenrir2》を始めたきっかけも、《タイムポイント》の全損を恐れた友達にすぐ狩られる前提で騙されゲームを教えてもらった事実がある。


(言えないけど、これからも先輩と過ごしてみたい。もっとこの時間が続けばいいのに)


 こうして遊び回ったオリヒメたちはゲームセンターを出かけたが、クレーンゲームの景品、指輪型のアクセサリに目を向ける少女を知った二人の女子高生は、


「私が取ってあげよっか?」

「遠慮はしなくてもいいわよ。お金はまだ残ってるし」


 いいの? と訊く少女に頷いた依桜とオリヒメは、並んでクレーンゲームに相対す。


「オリヒメは少し不器用だから私がサポートしてあげるね」

「いらないと言いたいところだけど、なるべく一度で決めたいからよろしく」


 オリヒメがジョイスティックを握り、依桜がその隣で指示を出してゆく。

 ふと、オリヒメはクレーンの行方を見つめる少女に、はからずも口を開き、


「私には一つ上の姉ちゃんがいたんだ」


 ピクリと、シャギーの入った依桜の毛先が揺れる。


「姉ちゃん、友達の少ない私といつも遊んでくれた。たくさん可愛がってくれて、たくさんワガママ聞いてくれて。私が世界一好きで、世界一憧れてる人」

「へぇ、素敵なお姉ちゃんだね」


 ジョイスティックを引いたオリヒメは、一つ頷いた。


「でもね、姉ちゃん消えちゃったんだ。理由は教えてくれなかった。絶対に戻ってくるってメールはあったけど、それっきり。今でも見つかってない。どこで何やってるんだろうかなって、ちゃんと生きてるのかなって、いつでも考えてる」


 大切な存在を忘れたことなど片時もない。会えるならばすぐにでも会いたい。


 依桜の指示どおりにオリヒメがスティックを離すと、クレーンは徐々に降下した。そしてアームが景品箱を掴み、吊るされたそれは空中を闊歩したのち、確かに開口部へストンと落ちる。

 腰を屈めたオリヒメは景品に手を伸ばし、


「ありがと、先輩。先輩のおかげで、……?」


 どうしたのだろうか? 依桜は台に手を付き、黒い目を震わせて俯いているのだ。何度か口を開きかけては、押し黙るように口を閉じている。


「先輩……。先輩も姉ちゃんのことをそんなに……」

「ううん、いや……うん。咲理はね、いつでもオリヒメのことを見守ってるはずだよ、きっと」


 拳を握った依桜はオリヒメをそう勇気づけてくれた。オリヒメも嬉しくなる。

 そうしてオリヒメと依桜は、獲得した景品を少女に差し出して、


「今日はありがと。案外楽しめたかも」

「お嬢ちゃん、今日は楽しかったかしら? 縁があればまた、ね?」

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