2-3
泣き虫の引っ込み思案タイプかと見込んでいたが案外、迷子の少女は会話を好むタイプのようだ。オリヒメ、依桜と行動を伴にする間も、楽しそうに会話を弾ませている。
「オリヒメ、どこに連れていくの? 迷うようなら私が決めてもいいけど」
「遊ぶわけじゃあるまいし。適当に時間を潰すだけ」
オリヒメはモール内、行きつけの洒落たカフェへと入っていく。そしてテーブル席に対面する形で、二人の女子高生と小さな女の子は腰掛けた。オリヒメはアイスカフェモカ、依桜は紅茶、少女はオレンジジュースを注文する。
「オリヒメはよくここに来るのかしら?」
「うん、まあ。落ち着いた雰囲気、好きだから」
「お友達と? それとも、やっぱり一人で?」
「一人で。放課後は一人のほうが多いから。誰かと一緒よりも、どっちかって言えば一人で過ごすほうが好みだし」
大した付き合いのない先輩だから話せることだ。こんな身なりをしておいてのこの趣向は、自分を知る同学年相手にはきっと理解してもらい難いはず。変わってる、自分ですらそう思う。
「ふぅん、昔から変わらないわね」
「ん? 先輩って昔の私、知ってたっけ?」
「さあ、どうだか? 実はオリヒメのあんなことやこんなことも知っているのかも」
掴みどころのない返答をしつつ、後輩を撒くように席を立った依桜。お手洗いに向かってゆく先輩の背を、オリヒメはぼんやりと眺め、
(椎葉先輩の引っかかるところっていくつかあるんだよね)
中学三年のころから雰囲気は確かに変わった。肩下から背中に伸びていた黒髪は首元までカットされ、おまけにシャギーを入れたお洒落なボブに仕上げている。スカート丈ですら以前に比べれば短い。
(カタブツ委員長がオシャレに目覚めたカンジ? ま、顔のつくりは元々レベル高いけど)
ともかく気になる存在ではある、オリヒメの中では。
運ばれてきたアイスカフェモカにストローを差し、中を軽くかき混ぜながら、オリヒメは対面の少女に素っ気なく笑って、
「私のこと、怖くないの? いかにも不真面目そうで、頭が悪そうで」
しかし「ううん」と、対面の子は無垢に否定してくれる。そもそも怖かったら泣きつくはずないか、とオリヒメは心の中で流した。が、密かに彼女は綻ぶ。
甘くてほろ苦いドリンクをストローで吸うと、オリヒメは適度にデコレーションされたスクールバッグから一冊の文庫本を取り出した。肘をつき、視線を目の前の少女から活字に向け、
(もしかすると、2時間以内に保護者は来ないのかもね)
根拠は二つある。
(一つは記憶喪失。常識的に考えて、記憶を失った子どもがこんなショッピングモールをうろついていたのはおかしい)
加えてもう一つ――、彼女がなぜかオリヒメに靡き、かつ《Fenrir2》に興味を抱いたこと。
あのアプリケーションに常識は通じない。たとえ一般常識の範疇でそれが異常であっても、《Fenrir2》では当たり前なんてことはザラにありえるハナシ。
(それに……、関係ないとは思うけど)
どうしても、あの顔が脳裏によぎる。
(可能性は低くてもいい。けど、私は見極めたい。この子が何者なのかを)
オリヒメが静かな所作ではらりとページを捲ったその時、依桜が戻ってきて、
「こら、一人で本を読んでちゃいけません。この子、一人で困っちゃうでしょ?」
隣に座るや否や、オリヒメが持つ文庫本を取り上げる。
「んん、構わないでしょ。何ならスマホ貸してあげてもいいし」
余計なお世話とオリヒメが口を尖らせるも、しかし依桜の様子がおかしい。オリヒメの苦言などまるで意に介す気もなく、依桜はなぜかオリヒメに密着し始め、
「ちょ、近いって……。え、なに急に……っ。キャッ」
「あらら、ずいぶんと育ってるわね、ここ。すっごい魅力的になってる……。もう、えっち」
恍惚の表情でオリヒメの胸部をいやらしく撫で回し、時には力を込めて肉を揉む依桜。真っ赤になり、頬を引きつらせるオリヒメの耳元に、息が当たる至近距離で唇を寄せ、
「ねぇねぇ、この乳で彦星様を誘惑するの? どうなの、この金髪ロングの巨乳娘っ」
ゾクゾクっと背筋が震えたオリヒメ。スキンシップにしては過激で過剰すぎる。
「こら、この子が見てるって! それに彦星様って誰のことっ?」
「ん、ミヤビくんとか?」
「やめてよマジで、その名前は金輪際出さないでほしいんだけど。ほら、離れてってば!」
困惑顔のオリヒメは両手で依桜を押しのけ、
「姉ちゃんにもそんなふうにセクハラしてたの? 先輩ってそっちの気アリな人?」
依桜は狐につままれたような顔をするも、桃色の唇に人差し指を宛がい、
「んー、そういうことはされてないなぁ」
「いや、されたじゃなくてしたって訊いたんだけど……?」
「あ、ごめんね。別にしてもないしされてもないよ。まあ、咲理はノンケでしょ」
「変な言葉をこんなトコで言わないでよ。次からここ入りにくくなるから、もう」
ただのイタズラだから、とでも言わんばかりに依桜は軽い調子でくすくす笑って、
「もう、お嬢ちゃん真っ赤になってる。ごめんね、変なもの見せちゃったよね。チラッと目に入ったオリヒメの成長がエロすぎたから、つい」
「つい、で済まされることじゃないからっ。次やったら問答無用で通報するからね」
オリヒメはごほんと咳払いを済ませ、真っ赤になっている少女に向き直り、
「ごめん、勝手に読み始めちゃって。これで遊んでていいから。ゲーム入れてあるからヒマ潰しになるよ。あ、それとスマホ持ってる間は私から3メートル以上離れないでね」
3メートルは《タイムコール》が機器に届く有効範囲を示す。《Fenrir2》の保有者が《タイムコール》を失うことは、米人が護身用拳銃の所持を放棄することと同意なのだ。ゆえに、オリヒメは日常生活において携帯電話から3メートル以上離れることをしない。
差し出されたスマートフォンを受け取った少女は、言われたとおりゲームで遊び始める。オリヒメもまた、最も好みとする西洋ファンタジーの世界へと再度浸り始める。依桜はオリヒメの隣で(やはり密着気味に)、紅茶を啜りながらスマートフォンを片手で弄る。
ふと、
「オリヒメお姉ちゃん、ひょっとしておしゃべり苦手?」
唐突な少女の発言が、オリヒメの図星をものの見事に突いた。
オリヒメは言いにくそうに押し黙るも、挙げ句は隠したり誤魔化したりはせず、
「まあ、得意ではないかも。二人きりになると気まずくなること、よくあるし。さっき言ったでしょ、一人が好きだって。それもそういうことなのかもね」
本を取り出したのだって、間を保つ話題が思いつかなかったからに他ならない。休日は喫茶店巡りをしながら小説を読んで過ごすか、図書館に通って本を探すことが多い一人好きの女子高生なのだから、オリヒメは。
「やっぱりこんな所でスマホと睨めっこじゃ面白くないでしょ。ね、私たちで遊んであげない?」
ふいに、依桜がオリヒメに問いかける。
「…………」
たしかに、少女のような年齢の子にとってみれば満足はできないだろう。オリヒメを頼ったのだから、ここまでついてきたのだから、お姉ちゃんたちと一緒に遊んでもらいたいはずだ。
2時間は面倒を見ると約束をした以上、その責務は果たさなければなるまい。
オリヒメはパタンと本を閉じ、残りのカフェモカをストローで吸い上げて、
「わかった。それじゃあ、今から私たちと遊びに行こうか?」
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