2-2
(買い物はこれでいいかな?)
中学二年のころに両親が離婚し、海外出張中の父親に代わって祖父母が親代わりの今、家事手伝いのために放課後、ショッピングモールに寄って買い物をする機会が何かと多いオリヒメ。ついでだし本屋にも立ち寄って新作の小説でも確認しようかと、食材などの購入物をコインロッカーに預け、彼女は本屋へと向かうことにした。
途中、本屋の脇にある雑貨屋で足を止め、スクールバッグに飾るのに適したアクセサリに見惚れていると、
「……、ん?」
ぼふんと、鎖骨の辺りに柔らかな衝撃が加わる。
誰かぶつかった? オリヒメは陳列棚から横に視線を滑らせると、顔は隠れて見えないが、10歳ほどの女の子が自分に抱き着いていたのだ。ピンクのワンピースの上に白いカーディガンを羽織っているその少女。
「…………」
困った。……非常に困った。
弱った顔でオリヒメはキョロキョロと周囲を伺うも、店員などは見当たらず、
「はぁ……。ねぇ、どうしたの? 私に用事でも?」
外国人のような銀色の髪をたどたどしい手つきで、オリヒメ仕方なしに撫でた。
「ふぇ?」
オリヒメに顔を埋めていた少女は、ゆっくりとおもてを上げる。柔らかな瞳に代表されるキュートな顔立ちはまるで等身大人形のようだと、オリヒメはついつい思ってしまった。
やれやれと息をついたオリヒメは腰を折り、少女の頭を決して器用ではない手つきで撫でて、
「ほら、泣かないの。なに、迷子になったの? お母さんと一緒だった?」
違和感の拭えない口調、接し方にオリヒメはしっくりこない中、少女は首を横に振り、
「……わかんない、覚えてない」
「は……? 覚えて……ない? な、名前は? いや、親と自分の名前くらいはわかるでしょ?」
オリヒメは今一度問うが、それでも少女は涙目で首を振るばかり。
記憶喪失? それとも私をからかうつもりのウソ?
(まさか。ていうか、そもそもどうして私なんかを頼ったんだろ。この身なりには抵抗覚えるはずなのに)
近くにはメガネを掛けた、いかにも無害そうな女子高生だって文庫本を眺めている。髪を金に染め、胸元のリボンをラフに外し、スカートは校則違反余裕なレベルに短い不良に声を掛けるくらいなら、素直にあっちの地味子にでも頼ればいいのに。
と、オリヒメが迷子の対応に困り果てていると、あろうことか少女は、
「あ、こらっ。ちょ、ここ人目あるから、ってちょっと!」
ぺたぺたとオリヒメの胸を触り始めたのだ。柔らかな肉へと制服越しに埋められる少女の細い指。掌をいっぱいに広げても、胸全体を覆い尽くせてはいない。
「ふわ~。お姉ちゃん、おっぱいおっきい。むにゅむにゅやわらか~い」
「おっきいとか言わなくていいってっ」
止まった涙、キラキラ目を輝かせ、積極的に胸を弄る迷子から距離を取ったオリヒメは、身を捩って両腕で胸元を隠し、
「胸は禁止ッ。ったく、どうして胸なんかを……。まさか男ってオチじゃあるまいし」
人目を気にしつつオリヒメは自らの胸を撫でてみると、硬い感触があることに気づいた。
「ひょっとしてケータイが気になるの?」
《Fenrir2》のプレイヤーである手前、最も取り出しやすい部分、すなわち彼女にとっては胸ポケットに携帯電話を仕舞うオリヒメ。彼女は取り出したそれを提示すると、迷子は興味津々にディスプレイを見るので、オリヒメはゲームでご機嫌を取ろうかと画面をスワイプすると、
「あ、これ!」
少女が声を上げて指したアプリケーションに、オリヒメはまさかと目を見開き、
「これ、知ってるの? 何のアプリか……覚えてる?」
――――そう、少女が反応したのは《Fenrir2》という名のゲームアプリケーション。
少女はじっと画面を見つめるも、
「ううん、覚えてない」
何なのそれ……、オリヒメは思わず頭を抱えてしまった。
とりあえず迷子センターに連れていこうかと、オリヒメがそう考えたその弾み、
「あら、オリヒメじゃない? それも小学生と一緒に。誘拐を企てているようなら、ここは先輩である私が止めてあげるけど?」
覚えのある声が聞こえたと思って顔を向ければ、上級生の椎葉依桜がこちらへと歩んで来ていたのだ。こんな時に知り合いは勘弁してほしい。案の定、さっそく勘違いされている。
誘拐じゃないってば……、オリヒメは髪を掻いて愚痴りながらも、
「この子迷子らしいんだけど、どうしていいか困って……」
依桜は目を丸くし、ハッと両手で口を覆うというわざとらしいオーバーリアクションで、
「え、オリヒメに頼ったの!? まあ、珍しい!」
それ、どういう意味? 思わず問い詰めかけたオリヒメだが自覚はしていることなので、依桜を睨む程度に留める。代わりに、オリヒメは依桜にこっそりスマートフォンを見せ、
「(あのさ、どういうわけかフェンリルに興味あるみたいなんだけど)」
「(フェンリル? …………)」
少女を一瞥した依桜はその彼女の傍に寄り、膝を屈めて目線を合わせ、
「お嬢ちゃん、お母さんが見つけてくれるまでお姉ちゃんたちと遊ばない?」
「えっ」
先に声を上げたのはオリヒメ。
対照的に迷子の少女は無垢な笑顔で依桜に抱き着き、「うん!」と元気よく応えた。
少女の頭を撫でながら依桜は、オリヒメにちらっとウインクを見せ、
「(傍にいながら様子を観察すればいいんじゃないかしら?)」
オリヒメは悩ましげに首を捻るも、渋々と膝を曲げて、
「わかった、保護者が見つかるまで一緒にいてあげる。だけど2時間だけ、それでも構わない?」
少女は出会って以来一番の笑顔で、今度はオリヒメに抱き着き、
「ありがと、お姉ちゃん!」
「べつに……、私にできることなんて限られてるから」
素直にこそなれないものの、お姉ちゃん呼ばわりされることにはこれっぽっちも悪い気分はしなかった。しかし冷やかしの目で自分をニタニタと見る先輩を、オリヒメはムッと一瞥するのであった。
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