1-9
「さてと、そろそろ終わったかしら?」
夕焼け色に染まる窓の外、廊下の影が強まる中、黒髪の少女は一つひとつの教室を覗きながら校舎内を歩いていた。するとその拍子、何かの騒ぎに気づく。耳を澄ませてみると、何とあのオリヒメがやられたらしい、そんな声が聞こえた。いやいや嘘でしょ……? 苦笑いで、けれども足早にゲーム研究部の近くまで行くと、歓声の中、輪の中心にはあの千石雅志がいた。一方では、オリヒメと行動を共にしている四人の不良たちが唖然と彼を見ている。
瞳を見開き、右の拳をギュッと握った椎葉依桜――――。
しばし彼女はあの少年を黙然と見ていたが、しばらくして肩の力をふっと抜き、
「やるじゃない、ミヤビくん」
その一言に、雅志が廊下に顔を向けた。そうして依桜の存在に気づくと、彼は真っ先に彼女の元までやって来て、感謝と少しの羨望が入り混じった眼差しを一心に依桜に向け、
「先輩、ありがとうございました。先輩のおかげでオリヒメに――……」
「ううん、ミヤビくんの力よ。私は対等に立てる舞台を用意しただけ。キミは弱くなんかない、強い人だって知ってたから」
依桜がそう口にすると、雅志は「ん?」と唸った。そのマヌケ面を見た依桜はクスリと笑い、机の上に置かれているスクールバッグに目を配り、
「あの髪飾り、ちゃんと持っててくれてたんだ。ありがと、嬉しいかも」
キョトンと目をぱちくりさせた雅志は、バッグと依桜を交互に見て、
「え、何を言って……。ってまさか!?」
しかし依桜は結論を言うことなく、ウインクして雅志に背を向け、
「けど、オリヒメに勝ったところで私に勝てるはずないけど。あの子より私のほうが強いもん。この私にも勝ちたいならもっともっと腕を磨くことね」
「せ、先輩っ、どうしてあの時先輩が――……」
去り際、雅志の問いに答えることなく依桜はその場を颯爽と離れて行く。そうすると彼女はそのまま校舎裏へと赴き、気を失って壁にもたれる金髪の女子を見下ろして、
「悪いのはヒメだから。そのお顔、ここで殴られなかっただけミヤビくんに感謝しないと」
腰を下ろした依桜は、いわゆるお姫様抱っこの格好でオリヒメを抱え、
「本当の意味で強くなるためには、まずは自分の弱さを認めないとね。ミヤビくんを見てればわかるでしょ?」
◇
まぶたを開き、横たわる姿勢のまま静かに顔を動かすと、
(ん、……ここは? 保健室? 誰が……私を……)
四方を囲う白のカーテンにベッド、それに足元には重みを感じる。椅子に座る上級生の椎葉依桜が、夕日を一身に浴びながら身体を預けていたのだ。
「ごめんね、ヒメ。寂しい思いさせちゃって」
ドキッと、胸が高鳴るオリヒメ。だって、その言い草はまるで――……。
「でもね、ひょっとするとあのミヤビくんが私たちの運命を変えてくれるのかも」
だが、依桜のそれはあくまで独り言なのだろう。だからオリヒメは眠っている振りをした。
しばらくすると、付きっ切りでオリヒメを見守ってくれていた依桜は眠り始め、
「……あんた、姉ちゃんの友達なだけじゃん」
姉ちゃん、それを口にしたオリヒメは目尻にシワをつくった。哀しみの影が目元に灯る。
「負けたんだ、私」
胸にぽっかり穴が開いた気分だ。初心者に敗北したという事実、悔しさが心を蝕む。負けたとは認めたくはない。私は……弱くないから。ふるふると、金髪を小刻みに揺らす。
だが、胸を締めつける最大の要因は、
(なんだろ、この気持ち。すっごくモヤモヤする)
ピンときた理由はすぐに思いつかない。思いつかないから、オリヒメは自らが着るブレザーを脱ぎ、可愛く寝息を立てる先輩の背中にそれを被せてあげた。
「ねぇ、先輩って何者なの?」
返答は返ってこない。期待はしていないから、別に構いはしないけれども。
夕焼けに染まる校庭を窓から眺め、彼女は一つ思った。
一つだけは認めた。
「どうして強かったんだろ、あいつって」
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