1-7

 さすがに私を甘く見すぎでしょと、ゲーム開始時にまず思った。ゲームチャンピオンとかつて呼ばれていたからといって、《Fnrir2》、それも〈マイナス・ゲーム〉は訳が違う。


 はっきり言ってムカツク。この男を見ていると、考えていると、いつでも苛立ちを覚える。弱いクセして、強者の振りして立ち向かおうとするヒーロー気取りの姿勢が何よりも癇に障る。


 《Frnrir2》を手に入れたからって対等だと思ってるの? ゲーム中、オリヒメは蔑みの目で敵を見続けていた。きっと瞬殺、そうとすら考えていた。

 だが、状況はオリヒメの思いどおりには描かれない。


(炎を打ち消した? でも、それができるなら最初からそうしてるはず。だとしたら……)


 一旦攻撃の手を止め、敵手――千石雅志をオリヒメが黙って観察していると、彼は右の指を弾き始めたのだ。まるで音の感触を確かめるように。

 音を引き金に事を起こそうとしているあの様はまさに――――、


(まさにあれは私の『灼恋の星姫オリオンガール』、そのもの)


 彼は手に細かな火花を散らせたのち、コンクリートの地面を大きく踏み鳴らした。直後、鈍い音を引き金に彼の足元から渦巻く炎が、真っすぐ先のオリヒメへと襲い掛かる。

 もう、確定だ。


(ちっ、舐めないでよ――――)


 ――――つまり千石雅志の固有能力『オーバーライド』は、他者の固有能力をコピーする異能。炎を吸収した、または打ち消したように見えたのも、それは能力をコピーする行為そのものなのだろう。コピーまでに時間を要したのは、おそらくコピー元である能力の本質を知ることがコピー条件だからだ。


「たかがコピーがオリジナルに勝てるほど甘くはないから!」


 『灼恋の星姫オリオンガール』で勝負をしようとするあの男を徹底的に叩き潰す気で、オリヒメもまた右足を地面へと強く踏みつけた。足元から迸る火は瞬く間に膨れ上がれ、コントロールされた炎は柱となって真っすぐ放たれる。

 衝突する炎と炎、生じる爆音。それでもオリヒメの炎が不安定な雅志の炎を呑み込んだ。


「ぐぅ!」


 結果を見て顔を歪めた雅志は、勢いに負けまいと続けて音を生じさせるも、


「だから甘いって。みっともなく足掻いたところで結末は同じ。『灼恋の星姫オリオンガール』をコピーして強くなったつもりなの? それに見た限り、あんたのそれって私の劣化コピーじゃん」


 オリヒメは両手の中にある数多の小石を雅志へと見せつけた。それを見た雅志は

灼恋の星姫オリオンガール』の行使を途端にやめ、慌てて方向転換を図る。


「あはっ、みっともない姿。そうやって尻尾撒いたところで何も変わらないのに」


 敵手を深追いはせず、オリヒメは悠々と小石を空にばら撒いた。パラパラ、コツンと隈なく生じる雑多な音は、瞬く間に灼熱のカーテンへと変貌した。一帯が炎の戦場へと化す中、オリヒメだけは涼しげな顔つきで業火の中心に君臨する。


「無理する必要ある? 早く楽になればいいじゃん」


 最後に見た彼の足はふらついていた。無理もない、あれだけの打撃を、炎を力ない身体に受けたのだから。すでに私の勝利は確定だと、オリヒメは何の疑問もなく思った。彼が固有能力を発動させたからと言って、これまでのオリヒメ有利な流れは変わらない。


(炎に乗じて消えた? 逃げるのだけは無駄にうまい。体力の持久性は認めてあげる)


 四方に姿はない。ならば居場所は近くにある建物の中のはず、オリヒメはそう決断して足を動かしかけた。しかしポケットに仕舞われている携帯電話の唐突な着信音が、彼女の思考を寸断した。


「どうしてこんな時に……、ってまさか!」


 ポケットに慌てて手を突っ込み、携帯電話を掴んだオリヒメ。しかしすでに遅く、


「キャアッ!!」


 手元に走る熱に声を荒げ、手の中の物を地面に落としたのも束の間、


「……あッ………ぐッッ!!」


 スマートフォンの落下音、プラスして立ち往生の足音から派生した炎がオリヒメの足を焼く。激痛にバランスを崩し、オリヒメはみっともなく尻もちを付いてしまった。


「このぉ……!」


 片目を瞑りつつも顎を上げれば、ビルの中、陰に隠れてスマートフォンを触りながらこちらを隈なく観察しているあの男を見つけた。


(男のクセにコソコソ隠れて! 絶対に潰してやる!)


 足や尻が痛む中、立ち直したオリヒメは雅志の下へと迷いなく駆け出した。彼と自分を遮るショーウィンドウを、人が通り抜ける範囲を器用に熱で溶かして中部へと入り、


「自分から密室に閉じこもってくれるとか。自殺願望でもあるつもり?」


 オリヒメは両手の小石や砂利を広範囲にばら撒いた。その瞬間、業火が建物全体を食らい尽くす。轟々と燃え盛る炎の中、少年の鈍い悲鳴がかすかに聴こえた。手ごたえは十分。

 たったの数十秒で内部の酸素を焼き尽くした炎がみるみると引いてゆく中、足元をふらつかせるあの男がオリヒメの目に留まる。ほぼ真空に晒された身体の軋みに耐えるように、奥歯を噛み締めながら。


(ふん、物陰に隠れることで炎は防いだんだ。けど高温の熱は防ぎ切れていないはず。……ん? なにが……おかしいの?)


 様子が変だ。狙いどおりとでも言いたげに彼は笑っているのだ。


 オリヒメの背筋に薄ら寒い何かが走った直後、――雅志の背後の窓ガラスにピキキッと亀裂が入り、そして派手な音を立て割れた。それも割れたのはそこだけではない、オリヒメの後ろを除く左右のガラスもだ。破損した窓から真空の内部に大量の風が流入する。


(音源の近さ、空気の流入――……。まさか割れるのを見計らってあらかじめヒビを入れておいたの!?)


 彼は見越していたのであろう、内部が真空になることに、――気圧差から流入する大量の空気が味方することに。

 オリヒメが放った時とは比にならないほどに雅志の周りでは炎が膨れ上がり、


「くぅ、しまった!」


 このままではマズイと、オリヒメは炎を味方に付ける雅志を焦り顔で睨むも、


(私の後ろからだって風は流れてくるし、千石の炎だって絶対に音がある。それを狙えば!)


 オリヒメは目を瞑り、動じず耳を澄ませ、自らが展開した炎に細部まで気を配る。針の穴に糸を通す気持ちで炎をコントロールし、ヒシヒシとした熱は肌身に感じながらも、致命傷となる炎は何とか防ぎ切った。


「はぁ……、はぁ……」


 気づけば千石雅志の姿は前方になく、焦げた匂いが鼻をつく建物内に足音のみが響く。

 もう、油断はできない。


「認めてあげる。あんたがゲームチャンピオンなんて称号で呼ばれてたこと」


 ――――心の中にあった甘さを残らず潰したオリヒメは、あの少年を初めて脅威と見做した。

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