1-5
翌日。
(はぁ、舞い上がってたオレがバカみてぇじゃん。なーにが『これで
雅志は学習机にぐったりもたれ、大きなため息を吐いた。昨日受けた《Fenrir2》のチュートリアル後、依桜が去り際に放った言葉が頭から離れない。
『――――けど、オリヒメに勝つのはしばらく無理かもね。対等になれる土俵にはとりあえず立てたけど、まだオリヒメとは差があるよ。あの子、強いもん。『
通算勝敗数、および手慣れた固有能力の扱い方を見れば、依桜の《Fenrir2》における実績は容易に想像でき、またその彼女による言葉に根拠の疑いどころはない。それに、
(オレの固有能力、使い物になるか? ただでさえ経験に差があるのに、能力でも差があれば悲惨ってどころの話じゃないぞ、まったく)
固有能力の詳細を見た雅志。能力に詳しくないため他とは比較できないが、制約、スペックの面で懸念があると、雅志はそう感じた。
「ああもう、慣れだ慣れ! さっさとゲームに慣れてオリヒメをぶちのめすのみ!」
ともかく一刻も早く《Fenrir2》に慣れるため、ゲー研には寄らずに帰宅を考えたが、それは思いもよらぬ形で遮られた。
「せっ、千石くん!」
廊下からの叫びが雅志を咄嗟に振り向かせる。すると目先には、昨日不良たちに絡まれていたあの笹山が息を切らせて、
「宮崎くんが……っ、……オリヒメたちに!」
「なんだって!?」
そうして雅志は親友の無事を祈りながら笹山の後を追って、急いで校舎裏へと駆けつけると、
「宮崎!!」
たらい回しにゲー研の一員、宮崎に暴行を加え、傷つく彼を蔑み笑う不良たちがそこにいた。友の鈍い声が人目につかない場所で痛々しくこだましている。
「何してくれてるんだよ……ッ」
ただしあのオリヒメだけは彼らから微妙な距離を置き、校舎の壁にもたれてやはり呑気にスマートフォンを弄っている。私は無関係、興味がないとでも言わんばかりに。
不良たちに割って入った雅志は暴行を一旦止め、すぐにオリヒメへと詰め寄り、
「おい、宮崎が何をしたって言うんだ!」
「あんたのことであいつが文句を付けてきたから、お灸を据えといてって私が言っただけなんだけど。あんたがゲームの大会に出なくなったのは私のせいだ、なんて理由付けて。ウッザ」
凛々しくも鋭い目尻が雅志の友達を、ゴミを見るような冷徹な目で捉えている。手入れの届いた金髪を指で掻いきながら悠長に。
その冷淡な彼女の瞳に対し、雅志の背筋に冷たいものが走るも、それでも骨が折れそうになるくらいにミシミシと拳を握りしめ、
(オレが……、オレが情けなけりゃあ……クソォッ!!)
オリヒメはそんな彼を余所に、傷だらけで倒れている宮崎の顔を、短いスカート丈を厭わず容赦なく踏みにじり、
「弱いなら黙って言いなりになってればいいのに。カッコつけたところでダサいのに変わりはないんだから。ばーか」
オリヒメは不良たちを引き連れてこの場から離れてゆく。彼女が手にしているスマートフォンに反射した光が、雅志の目を不意に刺激した。
「ひっ……」
覚えた怒りが嘘のように引き、途端に恐怖が身体の芯から支配する。自分は今、どんな女を相手にしているのかと。あとどれだけ、この苦しみと一緒なのかと。下手をしたら高校卒業までこれが続くのかもしれないと思うと、恐怖で足がすくんでしまった。
ふと、2年前にあの彼女が掛けてくれた言葉が頭にフラッシュバックする。でも、
(ああ、情けない! オレのために挑んだ宮崎だって助けられやしないんだ……っ。くそぅ、クソッ!!)
悔しい、ただ悔しい。一方的にバカにされて悔しい。友達も苦しい目に遭って悔しい。
だがその拍子、
(……? 何だよ、こんな時に)
雅志のスマートフォンが振動したのだ。依桜からのメールだった。半ば縋るように画面を灯せば、そのメールの文面は――『残念、やっぱり今はまだ勝てないのかも……。』
言われなくてもわかってる……、雅志は嘆いた。今さらの話だ。――でも、そのメールはこうも続いていた。『けどね、一発やり返すくらいはできるでしょ? キミがただの弱者じゃないってトコ、見せつけちゃえ!』。
いったい何の根拠があって……、雅志は思わず頭を抱えたくなった。
でも、何はともあれ。
(……そうだ、ここで一発殴るとかでもしないと何も変わらないんだ!)
雅志は震える脚を叩き、ぶんぶんと頭を振り、そうして肺に空気を溜め、
「――おい、待てッッ!!」
金髪の女はピタリと立ち止まる。それから彼女は不良たちに対し、先に行くよう促すと、
「何か?」
ビクッと、雅志の肩が震えかけた。けれどもう、彼は怖気つくことなどしない。
「もう、耐えられなねぇ」
雅志は右足で地面を強く蹴ると、オリヒメ目掛けてひた走り、拳を振りかぶった。
「何度試しても無駄なことに気づかないの? そこまで頭が悪いとは思わなかったけど。まったく、相変わらずムカツク目つきしてる」
オリヒメは小馬鹿にしたのち、一度は口を開きかける。しかし、
「ま、ポイントを使う価値すらないか」
桃色の唇を閉じて、ポケットに手を忍ばせた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
オリヒメは悠長にスマートフォンを取り出し、画面に親指を触れる。私は絶対に痛い目を見ることなんてない、そうとでも言いたげに、マイペースに。――――だが、
「……ぐっ、うっ!! げほっ、うっそ……!? なん……で……?」
オリヒメは目を見開いて、雅志の拳を腹部で確かに受けていたのだ。信じられない、そうとでも言いたげな顔つきで。
目視できる範囲にいたはずの不良たちも、倒れていた宮崎も、雅志をこの場へと連れてきた笹山も、この赤く反転した世界――『零時の門』には誰一人としていない。
両腕で腹部を抱え、混乱と驚愕に満ちた眼差しで雅志を睨み上げるオリヒメを前に、今度こそは雅志が彼女を見下ろし、
「もうイカサマはナシだ」
彼はスマートフォンを見せる。画面に表示されているアプリケーションは――《Fenrir2》。そして雅志は七つのゲーム群の一つに触れ、
「――――この〈マイナス・ゲーム〉で、正々堂々ゲームでお前に勝ってやる。覚悟しろ!」
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