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 依桜の声でハッと我に返った雅志はスマートフォンを見ると、アプリ《Fenrir2》が自動的に起動され始めていた。白背景に《Fenrir2》のロゴが、続けてプレイにおける次の7条項、


1――、双方の同意を得たうえでゲームは成立し、ゲームは勝敗が付くまで原則行われる。


2――、ゲーム内において扱うことができるのは、プレイヤー一意に与えられる固有能力、および本システム内で取得した装備のみである。すなわち上記以外の超常的力は使用を禁ずる。


3――、保有する《タイムポイント》を全損した場合、一切のゲームへの参加権を失う。


4――、プログラム操作等、あらゆる不正が発覚した場合、プレイヤーとしての参加権を放棄したものと見做す。


5――、勝敗に基づく金銭の賭けは一切禁ずる。仮に発覚した場合、プレイヤーとしての参加権を放棄したものと見做す。


6――、仮に勝敗が付いたのちゲーム中の不正が発覚しても、勝敗の取り消しは行わない。


7――、すべてのゲームが以上の条項の下で行われる。


 以上が半透明の赤字で表示され、狼のシルエットを模したスタート画面に遷移した。


「アイコンに触れるか、設定次第だけどアプリ起動中のプレイヤーが半径15メート

ル以内に近づけば、この時計盤の世界タイムダイヤルに自動アクセスするの。中でも赤みの掛かった、各ゲームの入り口でもあるこの場所は『零時の門』と呼ばれているわ」


 唖然と口を開く雅志。天を見上げれば青いはずの空は橙一色に染められ、風に流れる白い雲は静止している。拙い足取りで柵に寄り、地上を見下ろせば、本来なら部活動に精を出しているはずの生徒は一人もおらず、グラウンドだけの寒々しい光景がそこには広がっていた。


「信じられない。夢でも……見てるのか、オレ?」


 だが、柵に触れる掌には冷たい鉄の感触を感じる。少なくともここは、夢の中ではない。


「スタート画面をタップしてみて。七つのゲームと『設定』のアイコンが並んでるでしょ?」


 黒塗りに、青く光る魔方陣を模した時計の上に2×4で並ぶのは、〈イコール・ゲーム〉、〈プラス・ゲーム〉、〈マイナス・ゲーム〉、〈ディメンジョナル・ゲーム〉、〈スキップ・ゲーム〉、〈エンド・ゲーム〉、〈タイム・ゲーム〉という七つのゲーム、および『設定』アイコン。


「この中から〈エンド・ゲーム〉を選んでみて」


 雅志は指示どおり左列の最下、〈エンド・ゲーム〉を選択、『〈エンド・ゲーム〉でよろしいですか?』というダイアログにOKを押した。すると赤の世界は突如、大きなドーム型をした書斎へと移り変わったのだ。煌びやかなシャンデリアや巨大な地球儀が天井にはぶら下がり、建物内の周囲にはモダンな本棚やインテリア、背の高い柱時計などが並んでいる。ならびに現実で購入すれば何百万は下らないであろう高価な木製のゲームテーブルが、薄暗い橙の光に照らされる下、広い部屋の中央を贅沢に陣取っている。


(なんというか、厳かで雰囲気がある。『零時の門』に比べればまだ現実に近いけど、それでもいつもの現実とはどこか違う)


 年季を感じさせる内装、暗めの照明、些細な埃と古びた匂い。まるで映画のセットのような、絵画の中にしか存在しない光景のような、そんな感想を雅志は漠然と抱く。


「〈エンド・ゲーム〉の『決闘の間』にようこそ。今からチュートリアルを行うわ。ゲームを紹介したプレイヤーがチュートリアルを担当することが慣例になってるのよ」


 テーブルの対面側に立つ依桜は手元のトランプを取り、雅志と自らの下へ交互にカードを振り分け、


「バトルだったりMMORPGだったり、アクション重視のゲームが多いフェンリルだけど、この〈エンド・ゲーム〉は一風変わっていて頭脳戦がメインなのよ」


 座るよう依桜が促すので、雅志はドーム内を眺めつつ椅子へと腰掛ける。


「テーブルゲームがメインだけど、〈エンド・ゲーム〉はゲーム内容を対戦者同士で自由に決められるわ。さ、というわけでこれから《魔女狩りババ抜き》をしましょうか」


 雅志の下に配られたトランプは、彼のみに表の面が見える形で宙へ扇状に展開さ

れ、数字が同じとなるペアの手札がテーブルの中心へと自動的に捨てられてゆく。

 展開についてゆけないと言わんばかりの、雅志のキョトンとした顔を依桜はくすっと笑って、


「今はチュートリアルの一環だから、この勝負は通算の勝敗にカウントされないから気楽にしていいわよ」


 こうして依桜は《魔女狩りババ抜き》なるゲームのルール説明を始める。


「ルールその1、基本的には通常のババ抜きのルールに従うわ。最後までジョーカーを持っていたほうが負けね。そしてこれが魔女狩りたる名を冠するルールその2、――時計盤の女神タイムガーディアン扮する魔女を殺してしまえば無条件で勝ち」


 その時、依桜の傍に黒紫の大きな三角帽を被り、身には帽子と同色のマントを羽織った若い長身の女性が現れる。髪は薄緑の長髪で顔つきも整った部類だが、表情は無機質、言葉を発するビジョンは想像できない。おそらく依桜の言う魔女とは彼女を指すのだろう。

 彼女の名は時計盤の女神タイムガーディアン、役割こそ変化するものの七ゲームに共通して登場するキャラクターだと、依桜は加えて説明する。


「もしかして先輩がジョーカーを引いてる状態だから、その魔女が隣に現れてるんですか?」

「そういうこと。それに補足すると、魔女を殺す権利があるのはジョーカーを持つ側だけ。ただしダメージを与えた分だけ、相手にジョーカーが渡った時に仕返しされちゃうの。そこでルールその3、プレイヤーがゲーム続行不可能になった場合、負けよ」

「何となくですけど、わかりました。……うん、何となく」


 とはいえ、ババ抜きに『殺す』、『ゲーム続行不可能』などの言葉が出てくることに違和感は拭えない。ただチュートリアルという前提上、挑まれたゲームに雅志はひとまず同意を示した。


「まだ理解できなくても大丈夫よ、そのためのチュートリアルだから。それじゃ、始めるわ」


 と、その直後――、依桜は洒落た白銀の自動式拳銃をどこからともなく取り出し、迷わず引き金を魔女へと引いたのだ。銃口から放たれた氷の槍が、鋭く魔女の身を貫いた。


「ええッ、拳銃!?」


 ギョッと背筋が凍った雅志。魔女が貫かれたこともそうだし、依桜が拳銃を取り出したことに驚きは隠せない。


「あは、ビックリした? これは私に与えられた固有能力、その名も『トリガーハッピー』よ」

「固有……能力? トリガー……ハッピー?」


 スマホを見るよう依桜に促され、雅志は言われたとおりに画面を見ると、ヘッダーに《Fenrir2》のロゴと『End-Game』の記載が、その下には左斜めに分割する形で自身と対戦者の情報が記されてある。対戦者側は上から『Io-Shiiba』、『VanillaIce』、『Fenrir2: 322-101』、『End-Game:32-29』、すなわちそれは氏名、固有能力名、《Fenrir2》通算勝敗、〈エンド・ゲーム〉通算勝敗を現わしているのであろう。また対戦者側をタップすれば、別ウィンドウで固有能力を含む事細かな情報が日本語によって表示される。


(300勝以上してのこの勝率、強い。……ってあれ、能力の名前『トリガーハッピー』じゃないぞ? 『バニラアイス』ってなってるけど? 間違え……るはずはないよな、自分の能力なのに?)


 が、しかし、雅志が疑問を訊く間もなく依桜はスラスラと、


「フェンリルではプレイヤー一人につき一つの固有能力が与えられるの。それに任意だけど、この拳銃のように一人一つまで装備を携帯することもできる。ゲームを勝ち抜くためには固有能力と装備をいかに駆使するかが焦点になるわ」

「ということは、オレにも固有能力があるってことですか?」


 さっそく雅志は自分の基本情報を確認した。氏名は『Masashi-Sengoku』、通算勝敗は《Fenrir2》、〈エンド・ゲーム〉ともに0勝0敗、そして固有能力名は――『Overrideオーバーライド』。

 名称のみでは能力が推測できない雅志に、依桜は「あとで『設定』からチェックしてみればいいよ」と言ったので、雅志はひとまずゲームへと戻ることにした。


「えーとそれじゃあ、上段の右から二つめね」


 依桜が雅志の手札からカードを選択すると、その一枚が彼女の元へと向かい、数字の被るカードがあったのだろう、計2枚のカードがテーブルへと戻される。それを皮切りに、雅志と依桜は数回にわたって手札を引き合った。静寂に包まれた厳かな空間の中、柱時計の針がカチ、カチと刻まれていく音がただシンプルに響く。しかし、


「あれ?」


 違和を感じたきっかけは秒針の音。音と音の間隔が短い……というよりも、短くなっている。


「気づいた? そう、〈タイム・ゲーム〉を除くゲームはそれぞれ停止、通常、巻き戻し、次元変化、スキップ、加速という時の流れを刻むの。で、この空間はその特殊な時間の副産物というわけ。特殊だからこの世界で傷つこうが死のうが現実に戻ればすべて元どおり。おわかり?」

「秒針が速く進むようになったってことは、ならこのゲームの時間の流れは……加速?」

「そう、〈エンド・ゲーム〉は――加速。ゲームの名は加速され続けた世界の行方が宇宙の終焉に辿り着くという製作者の予想に由来されるわ」


 依桜はカードを選択しつつ、説明を続けて、


「それに時間操作はプレイヤーの目的にも繋がるわ。なぜなら、フェンリルには現実における時間の流れを操作できる《タイムコール》と呼ばれる力が備わっているからよ。言い換えれば、フェンリルはゲームのアプリじゃなくて時を支配するためのアプリなの」

「それって時計盤の世界タイムダイヤルに来る前に先輩が、それにオリヒメがいつも見せるあの……」

「そうよ。プレイヤーには《タイムポイント》っていう持ち点があって、ゲーム参戦ごとにゲーム内容に応じたポイントを支払うの。で、勝者にポイントが加算されていく。1ポイントに応じて1秒、時間停止の《タイムストップ》、未来予知の《タイムビジョン》、巻き戻しの《タイムバック》がプレイヤーに許されるわ。コールの解除は念じるだけでOKよ」

「でも待ってくださいっ、たったの数秒程度なら……っ」


 依桜がカードを選べば、揃った『3』のペアが中央に捨てられ、


「たった数秒、されど……ね。現にミヤビくんはオリヒメの《タイムストップ》に散々苦しめられているでしょ?」


 依桜の言わんとしていることは、すぐに理解できた。


 ――――たとえ数秒でも、一個人が時間という概念を操作できてしまう恐ろしさを。


 それは神の領域にも届きかねない、否、神をも凌駕してしまうほどのチカラ。《Fenrir2》を始める前に依桜が口にした警告の意味が、徐々にわかり始めてくる。


「逆にポイントを全損した場合、7条項にも明記されていたけど、ゲームへは二度と参戦できないの。たとえスマホを変えようがインストールも許されない。だから、たとえゲームであってもプレイヤーは死にもの狂いで相手してくるわ。《タイムコール》を失いたくないがために」


 雅志は無言で頷く。スマートフォンを握る手に自然と力が籠められる。


「遊ぶためにゲームがあるんじゃなくて、時を支配する権利を得るためにゲームがあるのよ。それがフェンリルの大前提。もちろん、《タイムコール》は悪用できるわ。けどアプリを教えた私の身としては、ミヤビくんにそれをしてほしくない。場面を考えて有効活用してね」

「はい、そのつもりです。オレはバカじゃありません」

「うん、よろしい」


 依桜は教え子を見守る教師のように微笑んで、


「最低限私が説明することは以上かな。まだまだ話したいこともあるけど、あとはプレイしながら順に覚えていってね」


 結局ゲームは、最後にジョーカーを選ばせた雅志の勝ちとなった。だが、彼の戦績にこの勝利が刻まれることはない。

 その後、時計盤の世界タイムダイヤルから現実世界へと戻った二人。雅志の衣服に付着していた汚れや傷は綺麗さっぱり消えていた。代わりに、オリヒメによって与えられていた傷が痛み始める。

 運命を変えられてしまうであろう夢のような、はたまた悪魔のようなアプリケーションを手に入れたスマートフォンを、雅志は改めてじっと見つめ、


(これで現実いまを変えてやる!)

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