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「ったく、なんだったんだろあの人」


 自室のベッドに寝ころび、スマートフォンを弄りながら雅志はぼやいた。


「椎葉依桜……シイバ……イオ。向こうはオレを知ってたみたいだったけど」


 考えを巡らせつつ、目下のスマホでは見知らぬ相手とチェスを興じる雅志。部屋の中にはカードゲームなど、ジャンルを問わない数々のゲーム大会で得られた表彰状やトロフィーが飾られている。どれも中学時代に得た栄光の証だ。オリヒメに屈しかけて大会に参加する気力を失った今にはない、過去の栄光。


「よし、勝ちっ……てうぇ、脇腹痛てぇ……。また小遣いが治療費に使われちまう」


 顔を歪めながら勝利を見届けると、携帯電話が振動をした。メールが届いたらしいので通知バーを確認してみれば、差出人はアドレス帳未登録の人物からで、件名も無題。迷惑メール? ともかくメールを開いてみれば、本文にはURLのリンクと以下の一文が記載されていた。


 ――――〈Distiny can be changed by 《Fenrir2》 -Welcome to TimeDial!!-〉


 さらには上記の文に2行の空白を開けて『――You have got the right to rule time.』と、そのうえ『ID:msengoku PASS:j48fjtg7』なる字の羅列が文末に記されてある。普通ならばこの手のメール、間違いなくゴミ箱行きであろう。しかし、


(なんだろ、ただの迷惑メールじゃないっぽい。捨てるのは……やめよう)


 理由はわからない。だが、ここでメールを捨てれば後悔することになるだろうと、なぜか自分が自分に警告をする。「Destiny」なるワードがそうさせているのか。


「確かめて……みるか」


 雅志は思い切って青字のリンクに触れた。インターネットブラウザに遷移し、ページが開かれる。ユーザー情報を入力するフォームのみで構成されたシンプルなWebサイトだ。


(ログインページ? あのIDとパスワードを入れろってことかよ?)


 メールの末文にあったIDとパスワードを入力し『Login』ボタンを押下すると、あるアプリケーションのダウンロードページへと遷移する。サイトの左上には狼のシルエットを模したアイコンが、その下にはアプリのキャプチャ画像が並んで数枚、それに英語による説明が数十行に渡って記載されている。ジャンルや開発元、リリース日、対応OSなどの記載はない。


 そのアプリケーションの正式名称は――――《Fenrir2フェンリルツー》。


(どんなアプリかは見た限りわかんないな。フェンリル? 『2』があれば前作もあるのか?)


 もっと、知りたい。


(インストール……してみるか? でも買ったばかりのスマホを壊すわけにはいかないし。というか、やっぱり怖い。でも………………ああ! ええい、もう!!)


 インストールボタンへと伸びた指は、勢いよく画面に触れた。確認を問うダイアログが表示されても、雅志はOKを選択し、


(とりあえずダウンロードだけ、ダウンロードだけはしてみよう)


 指紋、虹彩の登録も要求され、数分のダウンロードののち、ホーム画面に狼柄のアイコンが生成される。


「思い切ってダウンロードはしてみたけど……。フェンリルツー……、調べてみるか」


 ――――翌日。


「うーっすミヤビ、傷はマシになったか?」


 放課後、週に2~3回は顔を出す、自らが所属するゲーム研究部、通称『ゲー研』を訪れると、早速メンバーの宮崎みやざきに声を掛けられた。髪型を立たせ、額には真っ赤なヘアバンドを巻く雅志の同級生だ。中学からの知り合いであり、雅志を部に誘った張本人でもある。


「おかげで傷薬は揃ってるからな。ちっとはマシになった」

「ま、無茶はするなよ。頼りないけどオレだっているし。それにオレらも……連中には迷惑かけられてるんだ。つらいのはミヤビだけじゃないからな」


 宮崎が複雑な顔で自分を見るので、雅志は「助かるよ」と返事をした。

 早速メンバーの一人が携帯ゲーム機を持ってきて、攻略法を雅志に尋ねてくる中、


「なあ、みんなに訊きたいことがあるんだけどさ」


 雅志は昨日届いたメールの件、謎のアプリケーション――《Fenrir2》について、部の面々に訊いてみる。

 ゲームには詳しいはずのメンバーですら首を横に振る中、ただ一人宮崎は、


「オレ、聞いたことある。たしか時空が何とかのスマホゲームだとか。プレイヤーを全くの別次元に連れてくらしいぜ。ハハッ、おとぎ話みたいだ、まったく。よくある都市伝説の一つさ」


 が、それ以上は宮崎も思い当たらないらしく、ならばと雅志は質問を椎葉依桜へと変えれば、


「ああ、メッチャかわいい二年の先輩だろ? ミヤビ、知らないのかよ? つっても、たまに学校を欠席するくらいでフツーの模範生らしいぜ」


 どうやら彼女のことは皆が知っているようだ。誰も彼もルックスの話題しか出さなかったが。


「そっか。ま、フェンリルについては本とかネットでも調べてみるよ」


 そうしてその後、雅志は図書室に向かい、本を探すついでにパソコンからインターネットで『Fenrir2』と検索すると、


(へー、結構ヒットするんだ)


 最上部のリンクをクリックし、都市伝説の類を扱う黒背景のサイトを雅志は開く。ページを上から順に追ってみれば、《Fenrir2》という項目を発見し、


(『《Fenrir2》――、通称フェンリル。アプリケーションストアでは扱っておらず、会員制サイトのみで配信しているとされているゲームアプリケーションの名称』……。会員制、は正しいっぽい。宮崎の言ってたとおり、ゲーム? どうしてストアで扱ってないんだ?)


 続きを追っていくと、


(『《Fenrir2》は時間と密接な関わりがあると噂されている。しかし噂の量も決して豊富ではないことから、あくまでも話半分に留めておいてほしい』って、こんだけ?)


 このサイトに掲載されていた情報は以上であった。

 それからネット以外にも書籍などを利用し、引き続き《Fenrir2》についていろいろと調べてはみたが、それ以外の情報を集めることは叶わなかった。


(はぁ、ネットですらほとんど情報はナシか)


 図書室を出て、手に取ったスマートフォンを見つめる雅志。いったい誰が、何の目的で自分にあのメールを送ったのだろうか? 黙然とそう考えていると、


「あれは?」


 廊下の先、たまたま視界に入ったのはあのオリヒメの取り巻きたちだった(が、オリヒメはいない)。目を凝らすと、同級生の間では美少女と噂の笹山ささやまという女子を囲んでいる。彼女は助けを乞うよう、しきりに視線を動かしていた。


(連中が気弱な女子にも目を付けてるってのは聞いたことがあるけど、本当だったのか)


 今から職員室へ教師を呼びに行ったところで間に合う可能性はない。だが、自分が行ったところで力になれる保障は薄い。


(悔しいけど、オレじゃあ何も……)


 だけど、だからって――――、


「ま、待てよ!」


 後を追い続け、屋上の扉を開けた雅志は、震え混じりの声を喉から振り絞る。

 ――――同じ目に遭っている人間を、見捨てられるはずなどなかった。

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