第6話
高らかに、電車の発車を告げるベルが鳴っている。僕は、滑り込むように、車内に駆け込んだ。それと同時に扉が閉まり、電車が動き出した。僕は、窓を開け、体を外に出す。
離れていくチビアキは、体をめいっぱい使って、手を振ってくれていた。
きっと、チビアキには、二度と会う事はないだろう。
「ありがとう!」
僕は、小さくなっていくチビアキに、大きく手を振った。体を車内に戻し、先頭に向かって歩いていく。すると、車掌さんの背中が見えた。僕は、車掌さんの後ろで立ち止まった。
「車掌さん、ありがとうございました。ここに連れてきてくれて」
車掌さんの背中に向かってお辞儀をしたが、彼はただ前を見ているだけであった。近くの座席に座る為に、踵を返す。
「・・・家族の形を知っていますか?」
声の方へと振り返ると、相変わらずの車掌さんの背中があった。
「家族の形・・・ですか? 丸とか三角とかって事ですか?」
僕は体の前で、左右の五本指の指先を合わせ、丸と三角を作った。
「いいえ、目に見えるものではありません。形があるものは、壊れてしまいます。家族も壊れます。だから、形があるのです。逆説的では、ありますがね」
意味が分かるような、分からないような。でも、家族が壊れるという言葉に、ドキッとした。僕の家族は、壊れかけていたのかもしれない。
「理想の形はあれど、正しい形というものは、ないように思います。それぞれの家族に、適した形が存在するのだと思います」
車掌さんは、独り言のように、ただ前を見ている。僕の家族に適した形・・・家族を壊しかけていたのは、僕なのかもしれない。
僕の家族は、父親が圧倒的な権力者で支配者だ。その絶対的な存在に、僕は嫌われ弾かれた。そして、投げ出して、逃げ出した。
母さんは、父親が理想とする妻と母親を、演じていたのだ。
ヒロは、父親が理想とする息子を演じていた。
母さんとヒロは、そうやって家族の形を守っていたのかもしれない。
正しいとか、間違っているとかではなくて、少なくとも二人は守ろうとした。僕とは、大違いだ。
「家族だからと言って、全てを分かり合える訳はありません。自分以外の人間は、自分ではない別の人間です。しかし、『理解しようとする意志や理解してもらおうとする意志』は、大切なのだと思います。お互いに。壊すのは簡単ですが、一度壊れたものを直すのは、とても難しいものです」
正直、父親の意思を理解するのは、今の僕には無理かもしれない。でも、僕の事を理解してもらう事は、できるかもしれない。少なくとも、理解されなくても、僕の想いを伝える事はできるはずだ。どうせ分かってくれないと、早々に諦めていた。
「伝えますよ。僕の想いを。理解してもらえるまで、何度でも。百回でも、二百回でも。もう逃げ出さない」
「それでも、理解してもらえなかったら、どうしますか?」
「千回でも、二千回でも話します。何度も何度も想いを叩きつけて、あの石頭をカチ割ってやります」
我が家では、父親が絶対的なルールだ。だから、そのルールを破る僕は、悪者なのだろう。だけど、僕が悪者であればあるほど、矛先は僕に向くはずだ。逃げずに立ち向かえば、母さんとヒロを守る事ができるかもしれない。僕は、悪者の盾になる。そして、父親の歪んだ常識や価値観を割る者になるのだ。
僕達家族の形は、とてもいびつな形をしているのだろう。でも、それでも、壊れて無くなるよりは、ずっといい。少しずつ時間をかけて、形を変えていければそれでいい。
だから、チビアキ。楽しみにしていて欲しい。母さんから、家族の話を聞かされる時を。でもそうなると、チビアキの出番は、なくなってしまうかもしれない。
ごめんね、チビアキ。そして、ありがとう。
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