214●『おたくのビデオ』(1991)➀ガイナックスの落日を告げる黙示録。

214●『おたくのビデオ』(1991)➀ガイナックスの落日を告げる黙示録。




ネットのニュース

●名門アニメ制作会社「ガイナックス」破産の真相 「庵野秀明」と「エヴァンゲリオン」がもたらした“光と闇”とは

2024 6/14(金) 11:11配信 デイリー新潮

大ヒットアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」などの作品で知られるアニメ制作会社「ガイナックス」。そんな名門スタジオがわずか「3.8憶円」の負債額で破産したことに驚きが広がっている。(中略)5月末、東京地裁に破産を申請。

「確かにエヴァの大ヒットでガイナックスは一時的にバブルに沸きましたが、庵野さんらが抜けたことで、アニメ制作以外に活路を見いだそうとしたのが迷走の始まりでした」(大手スタジオ関係者)

 飲食店経営をはじめ、“畑違い”の慣れない分野にいろいろと手を出したものの、次々と失敗。また当時の経営陣による個人的な無担保貸付などモラルハザードも横行したという。

「日本のアニメ制作会社の『4割が赤字』とのデータがあり、背景は違えど、ガイナックスのように“自転車操業”に陥っている中小スタジオは少なくない」(業界関係者)「かつてのガイナックスのような『やりたいことをトコトン追及する』会社の存在こそ、日本アニメの強みであり、豊かさの土壌にもなってきた。しかし、そのやり方ではもはや生き残ることは難しく、ガイナックスの退場は“古き良き時代の終焉”を告げているように感じます」(同)


      *


 ガイナックス破産。

 そのレガシーが消えてなくなるわけではないでしょうが、やはり、“一つの時代が終わった”という寂寥感がひしひしと押し寄せてきます。


 そんな今こそ、じっくりと観なおしたいOVA作品。

 『おたくのビデオ』(1991)。これぞ必見!

 当時のビデオテープを押し入れの底から発掘してご覧になっている方、結構おられるのではないでしょうか?

 制作はガイナックス、脚本は岡田斗司夫先生、音楽は田中公平先生。

 続編も併せて106分という手ごろな尺に収められたこの作品は、1980年代に勃興した“おたく”文化の原点とその未来を活写した、超大作オタクバラエティアニメです。

 随所に挿入されたライブ映像の“おたくの肖像”コーナーでは当時のガイナックス関係者がボランティア出演されたとかで、まさに1991年時点での“オタク文化”の神髄を生々しく語る、ある意味フィクショナルドキュメンタリーともいうべき記録性を兼ね備えています。

 ぜひとも、オリジナルサントラのCDと一緒に再鑑賞されるのがオススメ。

 田中公平先生の壮大なサウンドに加えて、当時のオタクなアニメ作品の主題歌メドレーもついていまして、タイムトリップ感満載です!



 もう解説は一切不要。


 ただひたすら無心に、郷愁に浸ろうではありませんか。

 あのころはよかった。

 ナニモカモミナナツカシイ……と。


       *


 あのころのガイナックスは間違いなく、私たちの青春でした。

 ついに地球へ帰還した沖田艦長の心境をなぞりながら、あの数々の傑作を残した偉業の会社(まあ、その後はいろいろと問題はあったけれど)を、今は一アニメファンとして、ただ感謝して見送るしかない……と思うのです。

 さらば、あの頃のガイナックスよ。


       *


 にしても、『おたくのビデオ』(1991)は、凄い作品です。

 発表された1991年当時は、『ふしぎの海のナディア』と『新世紀エヴァンゲリオン』の谷間にあたる時期であり、バブル景気に浮かれる絶好調の社会背景を追い風として、ニッポンのオタク文化が絢爛と花開いたとき。

 YAMATOやGUNDAMのヒットの大きさに、いい歳した当時のオッサンたちが驚愕して、そろそろ小馬鹿にできなくなった時代ですね。

 ジブリアニメでは『紅の豚』(1992)の前夜であり、ニッポンのアニメ作品は明るい未来へ向かって怒涛の進撃を続けていた感があります。


 ただし、1989年に犯人が逮捕された、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の影響で、アニメ等のオタクたちはしばらく強烈な社会的偏見にさらされ、江戸時代以前の所謂いわゆる“隠れキリシタン”的な生活行動を余儀なくされたことと思われます。

 ですから『おたくのビデオ』発表時の1991年当時、オタクが置かれた社会的環境は凄絶なものでした。社会の認識はもう「オタク=変態」一辺倒でして、コミケに集まったファンの群衆はひとくくりで「性犯罪予備軍」呼ばわりされたそうな。


 オタクに関わるそれらの時代的推移や、オタクの本質にかかわる論議は、『【オタク・イズ・デッド】「オタクは死にました」言葉を涙で詰まらせ語る伝説の講演。【フルテロップ】【岡田斗司夫/切り抜き】』のタイトルでユーチューブに収録されている岡田斗司夫先生の2006年の講演に詳しいです。こちらも必聴!


 で、『おたくのビデオ』がどのように凄いのか。

 それはもう、制作された1991年以前のオタク勃興期への“引き戻し感”の物凄さ。

 物語が始まって数分もすれば、大魔王なオタキングの魔手があなたのソウルをわしづかみ。タイムトンネルを通り抜けて放り出されたダグとトニーみたいに、有無を言わさず是非も無く、“懐かしきあの頃”に転がり込まされてしまいます。


 当時の若者のナウい趣味といえばテニス同好会が定番だったけれど、その明るさに対して、いわば明暗の対極として登場した、ダークなオタク文化。田中公平先生の勇壮な楽曲に乗せられて、はっと気づけばそこはレトロなコスプレが舞い踊る学園祭の真っ只中となる次第。


 そう、あの頃のオタクあるある。

 あんなことやこんなこと、次々と想い出されますよね。

 あくまで個人的なノリの記憶ですが、朝、目を覚まして体を起こしながら「こいつ動くぞ! ガンダム大地に立つ」の気分ですし、出かけるときは「僕、行きまーす」ですし、パソコンが点灯すれば「電影クロスゲージ、明度20」で、食事すれば「エネルギー充填率120%」、何かミスれば「認めたくないものだな、若さゆえの過ち」と姑息に言い訳し、彼女と別れるときは心の中に真っ赤なスカーフが翻り、小走りで急ぐときは「♪荒野を走る死神の列、黒くゆがんで……」と口ずさんでいたような気がするようなしないような……

 酔っぱらってぎりぎり終電に間に合ったときは「万感の思いを込めて汽笛が鳴る」んですよね。

 目が覚めたらやっぱり行き過ぎて「アンドロメダ終着駅」、とほほ……。


 いやともかく『おたくのビデオ』を発表時の1991年に観たら、それほど懐かしくない、ちょっと先日の、愚かでもあった青春グラフィティみたいなものでしょう。

 しかし今、33年も経過した2024年に観たら、もうノスタルジーのパワーが半端ないのです。

 ホント、物凄い“引き戻し力”。

 “あのころ”が傲然たる引力をもって、甦りますよ。

 そうだ、あの時代、私はあの画面のどこかに生きていたのだ……と。


       *


 『おたくのビデオ』の物語が始まるのは1982年。大学に入った五月、サークル活動をきっかけにアニメオタクのグループに引き込まれ、オタク心に染まっていった主人公。それが、三年後の1985年の就職活動に至って“まともなオトナ”から社会人不適格とばかりに蔑視されたことに反発して奮起、友人とともにオタク活動の事業化を決意します。


 そして後半の『続・おたくのビデオ』では、美少女フィギュアの制作販売会社GPグランプリを設立して大成功、さらに独立してビデオアニメの制作販売会社GXを設立、世界のオタクたちの桃源郷となるべきテーマパーク、東京オタクランドをオープンすべく邁進するのですが……。


 DVDの同梱リーフレットに“「グランプリ」はゼネプロ(ゼネラルプロダクツ)だとわかるし、「GX」はGAINAXだとわかりますよね”とある通り、『おたくのビデオ』は、1980年代にアニメという新大陸を開拓していった若者たちの、史実を参考としたフロンティア・スピリットの物語でもあることが推察されます。


 お話はあくまでもフィクションですが、当時のアニメオタクの若き情熱と社会的偏見を吹き飛ばすエネルギーは、さすが20世紀。

 「GX」を旗揚げした主人公たちがオリジナルアニメの制作に奮闘する場面は、こちらへ玉の汗でも飛んできそうな熱気がほとばしります。


 たしかに、良き時代だったのです。

 そこには、不器用でムチャクチャでも、希望と元気がありました。

 21世紀の今、この国はすっかり腑抜けて、老若男女を問わず、絶望と怠惰の貧乏神が跳梁跋扈しています。

 もっとも、永田町界隈は裏金バブルに沸いているかもしれませんが。

 あくまで個人の感想ですけどね。


       *


 『おたくのビデオ』の後半、『続・おたくのビデオ』では主人公の前に、巨大な敵が立ちふさがります。

 それは、銀行筋を含めた大資本メジャー

 主人公たちが美少女フィギュアで切り開いたオタク市場が拡大し、マスコミにもてはやされ、時代の寵児となった瞬間、そこへ、これまで見向きもしなかった大資本メジャーが「はいごくろうさん」とばかりにやってきて会社を買収、部外者の経営陣を送り込んで、つまるところ、オタクの開拓者たちが血と汗と涙で築き上げた美味しい市場マーケットをゴッソリと横取りする陰謀ですね。


 そんなこと、あれやこれやと、実際にあったんだろうなあ……と想像されますね。

 主人公は如何に戦うのか。

 それが『続・おたくのビデオ』の山場となります。


 結末には触れませんが、この陰謀の展開と、その後、ついに完成したオタクランドが1999年に直面するクライシス、そしてお話が一気に飛んで2035年にまでスキップしてしまうくだりは、『おたくのビデオ』が発表された1991年からみて、未知の未来を予測したストーリーとなります。


 ここが、なんとも意味深なところ。

 実は『おたくのビデオ』のストーリーでは、1999年から2035年までが真っ黒なブランクとなっています。

 まさにブラックホールのように。


       *


 1991年に『おたくのビデオ』発表後……

 1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』がウルトラスーパー大ヒット。

 これはガイナックスにとって、誠に目出度い福音書エヴァンゲルだったことでしょう。

 エヴァはニッポンのオタク市場を沸騰させ、歴史的なブームを巻き起こしました。

 全国がエヴァ一色に染まります。

 まるで、作品中の“オタクランド”が現実のものになったかのように。


 しかし1999年、オタキングの如くオタク市場の頂点に君臨していたガイナックスに、不穏な異変が起こります。

 「1999年、ガイナックスと代表取締役の〇〇は、所得隠しにより5億8000万円を脱税したとして東京国税局から告発され(以下略)」(ウィキペディアより)

 これは、その後の長きにわたる内部崩壊の始まりだったのでしょうか?


 そして四半世紀が過ぎた、25年後。

 2024年5月29日、株式会社ガイナックスは東京地方裁判所に会社破産の申立をおこない、受理されました。


 『おたくのビデオ』のストーリーの末尾に表現された、1999年から2035年までの真っ黒なブランク。

 ガイナックスの落日を物語る黒歴史が、ここに予言されていたのでしょうか?


 『おたくのビデオ』(1991)は、もしかすると、ガイナックスの未来を寿ぐ福音書エヴァンゲルではなく、滅びを告げる黙示録アポカリプスだったのかもしれません。



  【次章へ続きます】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る