202●『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-2021)➀“ナチ化したトラップ一家”の物語。

202●『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-2021)➀“ナチ化したトラップ一家”の物語。




 前章まで、「この国が良くなる気がしない」という視点から、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-2021)の諸作品について感想を述べさせていただきました。


 ここからは、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-2021)が、結局のところ、いかなる作品だったのか、その総括を試みてみたいと思います。


       *


 さて、21世紀に新作された『エヴァンゲリオン』新劇場版。

 その四作のストーリー上の最大のミステリーは、やはり第二作の末尾に置かれた予告編と、それに続く第三作『Q』の内容が全く異なっていたこと。

 つまり“予告編の踏み倒し”。

 良し悪しは別として、観客の脳味噌がカオス化し大混乱したことは事実でしょう。

 まったく、見てビックリのQでした。


 その事実に関する考察はネットの随所にありますので、ここで詮索することではありませんが、制作側として「予告編を踏み倒してでも、やらねばならない路線変更」がなされたことは疑いようもありません。


 『エヴァンゲリオン』新劇場版四作の使命は、とにもかくにも「エヴァを完結させること」にありました。

 これは間違いないでしょう。


 「そのためのヴィレ」なのですから。


 ネルフ殲滅を旗印に掲げるヴィレが、ミサトの指揮のもと、降って湧いたかのように出現しました。

 あの、アバウトな展開でウンザリさせてくれることもある、世界一有名なスペースオペラの最近作の流れでも、ここまでトンデモな路線変更は稀にみるケースです。


 ミサトとゲンドウ、二人の対立、その仲間割れ騒動。


 いったい、どーなっとるんじゃ?


       *


 ということは……

 「ミサトがゲンドウに謀反しなければ、この作品を終わらせることができない」と庵野監督がご判断されたのだと、断言してもいいでしょう。


 どうして、そうなったのか。

 極めて不可解……なように見えますが、こう考えれば、割とすんなりと理解できるのではないでしょうか。


 『エヴァンゲリオン』の本質は、ファミリードラマだったのだ……と。


 あんなインパクトに、こんなインパクト。ゼーレのシナリオにゲンドウの陰謀。

“汎用人型決戦兵器”と冠されるエヴァンゲリオン。次々と襲来する使徒との凄絶な闘い。

 しかしそれら複雑怪奇な伏線に彩られた「ロボットバトル」の要素をことごとく除外してみると……


 残るのは、「碇家のお家騒動」となるのですね。


 まさに昭和の香り高きファミリードラマです。

 サザエさんの磯野家&フグ田家、まる子のさくら家、しんちゃんの野原家に匹敵する碇家の超有名家族たちの、血で血を洗う家庭内抗争こそ、エヴァの物語の本質的な骨格であった……と解釈できるのではないでしょうか。


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 それも、ニッポンのアニメ界における、もう一つの超有名家族になぞらえてみると一目瞭然となります。


 そう、あの世界名作劇場の『トラップ一家物語』(1991)ですね。

 ブロードウェイ・ミュージカルの『サウンド・オブ・ミュージック』(1959~)と、それを脚色した同名のミュージカル映画(1965)が有名であり、アニメの『トラップ一家物語』もTV放映時には楽曲の一部を引用していました。


 舞台は、ヨーロッパに独裁者ヒトラーが台頭する1920~30年代。

 ネットに紹介されているあらすじでは……

「オーストリアの英雄、トラップ男爵の家に家庭教師としてやってきたマリア。一家は裕福でしたが、7人の子どもたちは反抗的で、家族の温かさはありません。しかし、マリアの明るさとひたむきな情熱でしだいに心を開いてゆく子どもたち。……」とあります。

 しかし1938年にナチスドイツはオーストリアを併合。

 最近では2014年の、ロシアによるクリミア併合がありましたが、あれみたいなものです。

 すでに一家で合唱団を営んでいた一家はスイス経由で米国への亡命を計画、自由の天地を求めてアメリカをめざす……


 そんな実話に基づくフィクションとして、アニメは描かれていました。

 主人公のマリアよりも、次女のマリア嬢がいかにも美少女で、強く印象に残っていますね。

 あのころは『風の中の少女 金髪のジェニー』(1992)のジェニー嬢、『ナースエンジェルりりかSOS』(1995)のりりか嬢といい、伝統的なイメージの美少女たちがブラウン管に咲き誇っていました。

 元祖は『アルプスの少女ハイジ』(1974)のクララ嬢、そのまた本家はディズニーの『ふしぎの国のアリス』(1951)のアリス・リデル嬢でしょう。ただし絵とキャラの完成度の高さでは、『スクラップドプリンセス』(2003)のパシフィカ嬢が最高峰だと思います。あ、もちろん私個人の感想ですが。


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 で、トラップ一家です。

 史実やアニメの描写と異なり、その真逆を行く架空の黒歴史として、「トラップ男爵本人がナチ化したら、どうなったか」と想像してみましょう。想像するだけでもおぞましいですが、畏れ多くもかしこくも、あくまで架空の設定ということで。


 もともと軍国主義的な厳格さで七人の子供たちをビシバシ躾けていた、元軍人のゲオルク・フォン・トラップ男爵。

 ゲオルクは二年前に愛妻アガタを亡くし、途方に暮れていました。

 そこに家庭教師としてフロイライン・マリアがやって来ます。

 家庭教師どころか、子供達の母親役となるフロイライン・マリア。

 やがてナチスが台頭、オーストリアを支配します。

 ここでゲオルクがヒトラーに心酔してナチ化したら、子供達に「ハイル・ヒトラー!」を強制し、ナチスへの入党も当然のように決めてしまうでしょう。

 軍国スパルタ親父の出現、一家に吹き荒れるナチスの嵐。

 そこで、主人公のフロイライン・マリアが反発したらどうなるか。

 ナチ化したゲオルクの監視をかいくぐって、七人の子供たちとともにアルプス越えを敢行し、自由の国へのエクソダスを実施することに。

 しかし気づいたナチ化ゲオルクは子供たちを追跡、捕えようとします。

 「ヒトラーのために歌え!」と。

 フロイライン・マリアは抵抗し、ナチ化ゲオルクとゲシュタポに殺されます。

 激高したのは長男のルーペルト(14歳)。

 フロイライン・マリアは彼にとって母親同然だったのです。家族愛ゆえの怒り。

ルーペルトは父であるナチ化ゲオルクを殺し、活路を開きます。

 子供達チルドレンはアルプスを越え、それぞれの自由へと歩み出します。


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 以上の架空設定、そのままエヴァの碇家の物語に重なりますね。


 ゼーレが計画するインパクトにトチ狂って、子供達チルドレンにエヴァへ乗ることを強制し、怪しげな組織ネルフへの忠誠を誓わせるゲンドウ。

 五人のチルドレンの面倒をみていた、事実上の母親役のミサトが、ゲンドウの陰謀を悟って、反旗を翻します。

 ミサトは飛行戦艦ヴンダーで奮戦するも、いいところで憤死。

 その遺志を継ぐ、シンジ君。

 ミサトからもらった槍に、ゲンドウを貫かせます。つまり父殺し。

 ゲンドウの死によってエヴァの強制は消えてなくなり、五人のチルドレンはそれぞれ、真の自由を手にして「エヴァの無い世界」へと旅立っていきます。


       *


 ナチ化したゲオルクは、エヴァに取り憑かれたゲンドウに重なりますね。


 つまるところ、ゲンドウすなわち昭和のスパルタ親父と、ミサトすなわち教育ママ、双方の、子供の教育に関する意見が対立し、根深くて熾烈な夫婦喧嘩に発展するようなものです。

 父「子供たちは軍人にする! 軍事教練を休ませるな」

 母「いいえ芸術家に育てます! ピアノとチェロを習わせます」

 家庭内紛争がエスカレートした結果、教育ママのミサトは倒れるものの、それに怒った長男のシンジ君がついに父殺し。

 多くの犠牲を払いましたが、最後に、子供達は自由をかちえます……


 そう考えると、『エヴァンゲリオン』はやはり、「碇家の家族の物語」だったのではないでしょうか。



  【次章へ続きます】


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