197●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑫不可解なはずだった。旧劇場版の中途半端インパクトと生半可な父殺し。
197●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑫不可解なはずだった。旧劇場版の中途半端インパクトと生半可な父殺し。
次に、②TV版の25-26話を新作で映画化した“旧劇場版”(1997-98)です。
“旧劇場版”は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(1997公開)で物語の完結をみますが……
それを見たファンの思考回路は漏電寸前。
わけがわからん……あれで「完」なのか?
わからんかったはずです。「サードインパクトをやらかしてしまう話」の途中で「やっぱりやめとこ」な結末だったのですから。
ハラキリの途中で介錯をやめちゃったようなものです。これは
「サードインパクトの行く末を委ねられたシンジは、人類が単体の生命となることを望まず、個々として存在する従来の世界を望む。サードインパクトは中断され、(以下略)」(ウィキペディアより)
そもそもインパクトは始まったら不可逆ではないのか?
だからネルフのみんな、使徒が目的を達してインパクトを始めるのを、あんなに怖がっていて、だからいたいけな中学生を戦場に投入してまで使徒を殲滅してきたんでしょうが。
インパクトで「途中下車」が可能だったとは!
これはHビデオで「入れても出さない」、つまり「寸止めインパクト」だったのか……
途中で
……この、やるせない中途半端な感覚は、正直、わけがわからん……というのが、当時の感想でした。
ストレスの原因は、物語の不条理さはさておいて、とりあえずハッピーエンドなのか不幸の極みなのか、結末の印象が全然定まらなかったわけでして。
TV版は、みんなで拍手しておめでとうとなったので、たとえ無理筋でもハッピーエンド。
それだけでもハッキリしている分、まァいいか……となったのですが。
*
結末がそんなですから、この『まごころを、君に』は「父殺し」の物語だったかどうかを判断するについても、結論は「中途半端」としか言えないのです。
物語の後半、ゲンドウは裸のレイを前にして、右手を彼女の胸やお腹に突っ込んでムニムニします。レイと同化したいのでしょうか。
レイはユイの
ユイを求めて、レイをまさぐったようにも見えます。
それに気づいたのか、レイはゲンドウを拒否。
「私はあなたの人形じゃない……碇君が呼んでる」と、ブヨブヨマシュマロのアダムな巨人に同化して、立ち去ってしまいます。
フラれたゲンドウ、ショックだったろうなあ。
でもレイはユイの複製なんだから、シンジ君の母親と同じ。
遺伝子的に赤の他人のゲンドウよりも、自分の遺伝子を受け継いでいるシンジ君を重視するのは当然ですね。
そしてゲンドウ、「すまなかったな、シンジ」と詫びの言葉を残して……
シンジ君が乗っているエヴァ初号機に、パクッと食われてしまいます。
ゲンドウを食った → シンジ君による“父殺し”を示すのでは?
しかし、ゲンドウは詫びている → カヲル君みたいに、自ら進んで死を望んだ?
となると、百%の父殺しではなく、ゲンドウの“自殺”の要素が含まれます。
随分と“生半可”な父殺しになったと言わざるを得ません。
つまり、『まごころを、君に』を「父殺し」の物語だとするには、結論的に「中途半端」だったのです。
また、エヴァ初号機の中のシンジ君は
ミサトをはじめ、みんな死んだり殺されたりで、一人ぼっちにされて棺桶みたいなエヴァに閉じ込められたわけで、そんな状況を作り出した父に対する憎しみはあったでしょうが、具体的な殺意を抱くほどの余裕はなかったのではないでしょうか。
とにかく、何もかも中途半端でした。
敢えて言えば、「TV版の最終話に比べて、“父殺し”の要素がプラスオンされた」ことが大きな進歩だったとは思いますが。
*
そののち、シンジ君は「さよなら、母さん」と、母ユイへの別れを告げます。
これは「母親離れ」して、人格的に母から独立することを意味しています。
マザコンの克服ですね。
先のセリフで「碇君が呼んでる」とゲンドウのもとを離れてシンジ君に接触していた「レイの魂=ユイの魂」が、その役割を果たして、シンジ君から分離したのではないかと思います。
そして、シンジ君からユイの魂が離れるにつれ、巨大綾波の顔面が縦半分に断ち切られて、左半分が崩壊してゆきます。
綾波レイの半分が碇ユイの要素であったので、顔も半分無くなって、「綾波レイ」だけが残されたということなのか……
とはいえ、そこでインパクトは中断。
赤い海の渚に横たわる、アスカとシンジ君、二人ぼっち……というファイナルシーンになります。
「全体への合一」をやめて「個としての存続」を選んだシンジ君。
同じようにアスカにも、「個としての存続」を選ばせたわけですね。
ということは、シンジ君は潜在的にアスカに惚れていて、結ばれたいと願ったわけです。
それが、彼の本心でした。
二人はアダムとイブ、もしくはイザナギとイザナミのような関係に。
しかし、自分の首を絞めるシンジ君の頬に手をさしのべるアスカ。
ってことは、アスカもシンジ君に好意を寄せているってことのようです。
にしても、なぜ、シンジ君はアスカを絞殺しようとしたのでしょうか。
二人の背後の水平線には、超巨大な綾波のハーフカット顔面がそびえています。
「綾波が、見ている……」
この事実がシンジ君を操り、アスカ絞殺へと走らせたのではないかと思います。
綾波レイが複製元のユイからもらっている母性愛は、凄まじい威力があります。
「碇君のため」に何度でも死ぬ覚悟で戦い、実際死んできたのですから。
シンジ君を母性愛の虜にするためには、邪魔なアスカを消し去りたい。
そんなレイの残留思念がシンジ君を操ったのではないかと。
しかしギリギリで、アスカ殺害を中断するシンジ君。
これぞマザコンの克服、「母離れ」の完成です。
しかし煩悶し苦悩するシンジ君。
そんなシンジ君の下に敷かれたアスカ。
自分の腹の上でメソメソと乱れて、ようやくマザコンを振り払うヘタレ少年。
そりや、「気持ち悪い」でしょうね……
だってアスカはとっくの昔に、父離れも母離れも完了済みなんですから。
それが彼女の底無しの孤独であり、だからシンジ君を求めていたのでしょう。
だから、アスカはシンジ君とうまくいって結ばれる運命が、この時まで用意されていたのだと思います。しかし……
③“ヱヴァンゲリヲン新劇場版”四部作(2007-21)では、事態が変わります。
そう、ケンスケ君の登場ですね。
*
さて、「エヴァの無い世界」というものは、どこかに暗示されていたでしょうか。
TV版の第26話でシンジ君が「そうだ、エヴァのパイロットでない僕もあり得るんだ」と開眼して、そこで「エヴァの無い世界」の一例として、例の「学園エヴァ」のショートストーリーが示されましたよね。
となると、『Air/まごころを、君に』(1997)にも、「エヴァの無い世界」の可能性が暗示されていてもよさそうで……
それは、ありました。
ただし『Air/まごころを、君に』の中ではなく……
そう、庵野監督が直後に手掛けられたTVアニメ『彼氏彼女の事情』(1998-99)ですね。
あの快活な学園ラブコメ世界は、まさに「エヴァの無い世界」そのものでした。
主要キャラの雪野と総一郎、二人の両親はスパルタ親父と教育ママの真逆で、二人になんら強制も拘束もせず、のびのびとした自由を許しています。
「学園エヴァ」の、ゲンドウとユイもそうでしたね。
そして総一郎君は、じつは実父が暴力スパルタ親父で、虐待されていたところを養子に出されたという、私的な黒歴史を引き摺っています。
これ、スパルタ親父としてのゲンドウからシンジ君が脱出するようなものです。
『彼氏彼女の事情』は、くしくも、「エヴァの無い世界」の具現化でもあったと、そんな印象を持っています。アニメを観ればわかりますね。エンディングテーマの『夢の中へ』をはじめ、原作漫画にはない“昭和テイスト”がちりばめられて、信号機や自動改札を並べて見せる画面の演出など、どことなくエヴァ風。
登場人物こそ異なれど、舞台は「エヴァのいない第三新東京市」ではありませんか?
あの軽やかで、キッチュだけどドリーミーなラブストーリーは、「エヴァの無い、もう一つのエヴァ」ではないかと思うのです。
*
ということで、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』は、ラストシーンの「完」でジ・エンドを宣言しながら、ファンの燃えるような期待をスッパリと裏切って、「中途半端」に終わってしまったのです。
作品中の「中途半端」事象は数々あれど、その最たるもの、いわば21世紀の庵野監督が背負うことになった“中途半端の十字架”とも言うべき重要なキャラがありましたね。
作品の最重要主要キャラはシンジ・レイ・アスカの三人。
この三人のうちで、レイだけが、顔面唐竹割り状態の超巨大生首が水平線にころがる状態で、終わってしまいました。
これは悲惨すぎます。
想えば、綾波レイの扱いは非道過ぎました。
レ・ミゼラブルのコゼット、小公女のセーラと並ぶ、国産アニメの三大薄幸少女として歴史にその名を刻んだのではないでしょうか。
のっけから包帯少女、血まみれでも這いずってエヴァに乗ろうとする哀しさ、あとは
全編通じてズタズタボロボロの踏んだり蹴ったりです。
そして“旧劇場版”のラストでは、水平線に巨大ハーフカット生首ゴロンですよ。
最後までまともな人間扱いされずにジ・エンドを迎えてしまった彼女の無念、いかほどでありましょうか。
もう、ヒュードロドロと化けて出ても不思議はありません。
Gナックスを挙げて“綾波供養”でもしてあげなくては、視聴者も観客も呪われてしまいそうな、そんな20世紀末だったのではないでしょうか。
“旧劇場版”は残したのです。
綾波の怨念を……
【次章へ続きます】
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