196●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑪TVシリーズは“父殺し”でなかった。エヴァ無き世界のラブコメ。

196●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑪TVシリーズは“父殺し”でなかった。エヴァ無き世界のラブコメ。



 『エヴァンゲリオン』は下記の三パーツに分けられます。


➀TVシリーズ(1995-96)

②TV版の25-26話を新作で映画化した“旧劇場版”(1997-98)

③“ヱヴァンゲリヲン新劇場版”四部作(2007-21)


 この三パーツを連結して一本の物語と解釈すれば、エヴァは「シンジ君の父殺しの物語」で終劇となります。

 「エヴァは“父殺し”の物語」という定説もなるほど、ですね。

 しかし三パーツを別々の物語とすれば……

 ➀と②は、全然「父殺し」じゃないんです。

 それぞれのエヴァンゲリオン、どんな物語だったのでしょうか?


       *


 まず、➀のTVシリーズ(1995-96)です。


 ストーリーが完結することはできませんでしたが、作品の“結論”とでも言うべき要素は、第25話と最終の第26話でギッシリと語られています。


 で、最終回、第26話のテロップに着目します。

 あの黒地に白抜きの極太明朝、それも、最後の二つのテロップです。


「父に、ありがとう」

「母に、さようなら」

 そして、主要キャラたちの拍手の最後に、父ゲンドウと母ユイが並んで、シンジに告げます。

「おめでとう」


 これが、作品の最終メッセージです。

 これを見る限り、作品はまだ“父殺し”、あるいは“母殺し”というほどの、切羽詰まった状況にまでは至っていないことは明らかですね。

 父母への感謝と惜別、そして父母からの祝福……なんですから。

 

 最後のシーンも、父ゲンドウを含めた登場人物みんなに拍手されて、ちょっと照れながら、承認欲求を満たされたシンジ君。

 ここにあるのは、父母との和解。

 “父殺し”をやらかしていたら、ここまで幸せなカーテンコールにはならなかったでしょう。


 シンジ君にとって、エヴァに乗ることは負担であり苦痛でした。

 しかし最終話で「そうだ、エヴァのパイロットでない僕もありえるんだ」と、人生のもう一つの可能性を悟ったことで、シンジ君の心に初めて余裕が生まれました。


 望めば、エヴァのパイロットをやめることができる。

 そのことで、もう、みんなから非難されたり、責められることはない。

 そこまで周囲を信頼できたことで安心し、「それなら、今はまだ、エヴァのパイロットでいいじゃないか……」という気持ちになれたのでしょう。


 言い換えれば、「崖っぷちの一発勝負でなく、滑り止めのある受験」ですね。


 シンジ君はそうなることで、今、現在の幸せ(レゾンデートル、ここにいてよい理由)をつかみました。


 それが、TVシリーズの、“とりあえずの”結論だったのだと思います。


       *


 今、この世界では、僕はエヴァのパイロット。

 でも、すぐ隣の別の世界では、エヴァに乗らない人生を送っている……

 そんな、シンジ君の“悟り”は、第26話できっちりと描かれましたね。

 あの“学園エヴァ”の数分間です。


 「エヴァの無い世界」は、“学園エヴァ”で明確にイメージされました。

 父親ゲンドウは、エヴァへの搭乗を強制するスパルタ親父ではなく、のんびりと新聞を読んでいる、のほほんとしたパパです。パパにお小言を垂れるユイママも、元気で健在です。

 穏やかな両親に恵まれた、平和な家庭。

 アスカはシンジの幼馴染。

 毎朝、シンジ君を起こしに来てくれるほどですから、結構、好きなんですね。

「バカシンジ!」と怒っているようで、シンジ君にだけは飾らない自分をさらけ出しているという、ほぼほぼラブラブの、いい関係。

 しかしその朝、異変が起こります。

 食パンをくわえて走り、曲がり角でシンジ君とゴッツンする綾波レイ。

 彼女は転校生で、早速教室でシンジ君にラブなモーションをかけます。

 レイ、じつは本当のところは、凄く積極的なアクティブ少女だったんですね。

 シン・綾波が正体を現したというのか。

「へー、二人はできてるの?」と、レイに挑発されれて真っ赤なアスカ。

 もう典型的なドタバタラブコメ展開ですが、次のことが読み取れますね。


 シンジ君は“エヴァのある世界”ほどクヨクヨしない、モテシンジである。

 アスカとうまくいく予定である。

 そんな二人の関係に、綾波レイが割って入る、というハプニング。


 シンジ・レイ・アスカの主要人物三人の関係は、“エヴァの無い世界”では、そうなりますね。

 これは、“エヴァのある世界”から、エヴァを取り去った場合、こうなるという図式です。


 ということは……

 今度は逆に、この“エヴァの無い世界”にエヴァの存在を戻したとしても、三人の関係については、同じような終わり方が予定されていたのではないか?


 そんな気もいたします。


 “エヴァのある世界”で、もしも三人とも最後まで無事に生き延びたなら、歴戦の奮闘を経て逞しく成長したシンジ君は、アスカと結ばれる。

 アスカという女性を選ぶことで、シンジ君はオトナになります。

 これは、父ゲンドウの束縛からの独立。

 すなわち、最初に提示したテロップ、「父にありがとう」ですね。


 しかし二人の間に、レイが割り込む。シンジ君を誘惑する。

 なんとなれれば、レイはシンジ君の母親ユイの複製体クローンだから、必然的にシンジ君に母性愛を抱き、母の愛でシンジ君を取り込もうとするからですね。

 ただし、遺伝子的にはシンジ君の母親と同じ肉体。

 レイとシンジ君が結ばれてセックスに至ったら、近親婚の成立です。

 これが、レイとシンジ君の関係の大きなジレンマになります。


 レイは必然的に、アスカとシンジ君の間から、身を引かなくてはなりません。

 これは、シンジ君にとって、母性愛からの独立です。

 すなわち、最初に提示したテロップ、「母にさようなら」なんですね。


 このように、TVシリーズでは、“父殺し”ではなく、アスカとシンジ君の間に愛が成立していくことで、シンジ君が両親から精神的に独立し、晴れて“親離れ”していく……という姿が、結末に想定されていたのではないか……と思います。


 戦いの実態は残酷ですが、人間関係は定型的な青春ドラマですし、ありがちな展開というものの、視聴者が納得できる結末でしょう。


 しかし、そうならなかった。

 このような定型的テンプレな結末は、「どこか違う」と庵野監督が直感されていたのかもしれませんね。


 それにしても……

 その前の庵野監督の作品『ふしぎの海のナディア』(1990)では、ある意味、見事なまでに定型的テンプレな結末を、すばらしく感動的に演出されていたのに比べて、その五年後のTV版『エヴァンゲリオン』では、結末そのものが先送りにされてしまいました。


 監督に、かなりの苦悩と逡巡があったのではないかと、お察しいたします。


       *


 とはいうものの、一視聴者としては、➀②③のうちで、➀のTVシリーズが一番好きですね。いやいやながらもエヴァに乗って戦うシンジ君が、その“仕事”を通じて人々の感謝もリスペクトも、あるいは挫折も悲劇も体験して、オトナへの階段をひとつ、二つと昇っていくドラマは、素直に共感できるのです。


 それに、ネルフの組織としての活躍も、かなり痛快なムードがありました。

 ゼーレのサウンドオンリーのおっちゃんたちや、加持リョウジさんのスパイ活動の意味や、アダムだロンギヌスだといった人類補完計画については最後までチンプンカンプンでしたが、苦戦に際して奮起するネルフの面々と、その行動は、味のある人間ドラマを楽しませてくれましたね。

 特に好きなのは第11話、ネルフ大停電の巻……です。

 この回ではゲンドウが指揮官として先頭に立って大活躍、ともに汗をかき血を流して危機を突破する、そこに青春の熱いファイトを感じさせてくれます。

 普段はダメオヤジのゲンドウ、この回はキラッといいところを見せるんですね。

 ただの、イカれたスパルタ親父ではないってことで。

 エヴァはただのロボットでなく、人の力でこそ戦う、という真実を語ってくれたような。

 ロボットアニメとして、これも神回ではないかと……


 だから、シンジ君が“父殺し”に走らなかったTVシリーズ、好きですね。

 ある意味、普通のロボットアニメとして、熱血な終わり方をしてもよかったように思えるのです。

 シンジ君とゲンドウが、最終回のラストで拍手をもって和解したような。


 あれで、良かったんじゃないかな?



 ということで、➀のTVシリーズは、「父にありがとう、母にさようなら」で締めくくられる、穏やかな“親離れ”の物語になるはずだったのです、たぶん。



 ですから、TV版の放映時点(1995)では、シンジ君の“父殺し”のテーマは、全く表面化しなかったと考えられます。


       *


 次に、②TV版の25-26話を新作で映画化した“旧劇場版”(1997-98)です。



    【次章へ続きます】

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