146●『超時空要塞マクロス/愛・おぼ…』④…ヒカル=諸星あたる!

146●『超時空要塞マクロス/愛・おぼ…』④…オタクの分身。ヒカル=諸星あたる!




 最終回のラストまで、解決しない三角関係。

 どうして、こうも延々と三角関係が三角のまま引きずられたのでしょうか?

 答えは明快。

 すべて、ヒカル一人の優柔不断にあります。


 ヒカルは善人ではありますが、八方美人系の少年。

 パイロットとしては天才の腕前ですが、誰に対しても“いい顔”をして、上手に世渡りしようとする性癖があります。

 戦闘時はパイロットの天性を発揮して、瞬時に的確な判断を下します。上官の未沙に逆らって命令違反に走ることも。劇場版マクロスで、敵の戦闘ポッドがマクロス艦内に進入したとき、未沙の指示に反発して艦内の白兵戦に参入するとか、ですね。幸運にもそこでミンメイを救ったから結果オーライとなりましたが。


 しかしヒカルは、平時の人間関係においては、“どこにも敵を作りたくない”という防御的な心理が強く働いているように見えます。

 この点は、自己主張ガンガンの欲望丸出しで率先垂範するロイ・フォッカー先輩の真逆ですね。

 第32話『レイニー・ナイト』では、フォッカーがヒカルのことを「あいつは自分を表現するのが下手なんだ」と評していたことが、クローディアの口から語られます。自己表現に不器用なところがあると、フォッカーは見抜いていたのですね。


 そんなヒカルは、戦闘時はともかく平時にあっては、相手と微妙な距離を置いて、要領よく相手の意志を尊重することで、自己防衛を図っています。根っから優しい善人ですが、大きな組織を率いて正義を断行する指導者タイプではありませんね。

(もっとも、設定年齢が17~19歳ですから、将来、立派な指導者となる可能性は秘めているのですが……)


 ヒカルの優柔不断の実例として、たとえば第31話『サタン・ドール』で、せっかく敵から取り返したマイクローン装置を軍の管理下に置けず、カイフンたちのアジテーションに折れて、市長の手に委ねてしまったことがありました。

 市民の要望に妥協して失態を招いたケースです。


 ヒカルが未沙やミンメイに対して「御宅おたく」という二人称を使うのは、「あなた/きみ」と親しく呼ぶよりも、近すぎず遠すぎずに、ちょっと距離を置く……つまり、濃厚化して、互いを接着剤的に拘束する関係に陥らないためでしょう。

 一般に、たとえばメカオタクな少年が、自分の趣味を邪魔されないように、ベタベタする人間関係から逃げてATフィールドを張る心理と近いように思います。

 それはもう『私の彼はパイロット』そのもので、ヒコーキにはお熱を上げるけれど、女の子とのラブラブ関係には腰が引けて臆病になるのですね、多分。

 その心理の原点はおそらく、“人間関係の責任を取らされたくない”ことにあるのでしょう。

 誰かを好きだ嫌いだ、好かれる嫌われるといった、煩わしい因縁は心の重荷。

 だからとにかく敵を作らず、無難に自分を守って生きていく。

 この自己防衛心理がヒカルの長所であり短所でもあったわけです。


 これ、当時のアニメファン自身にも通じるキャラクターですね。

 アニメが大好きだ、アニメ世界に心ゆくまで陶酔したい、しかしアニメはまともな文化として認められず、市民権を得ていない。バレれば周囲から白い目で見られるのは必定。ほぼ変態と同列です。幼児誘拐殺人の犯人が山ほどロリコンなアニメビデオを集めていた事件も災いしました。

 それゆえ、他者との軋轢あつれきは徹底回避する、他者とは常に距離を置いて、争いを招かないようにする……


 つまり、ヒカルのキャラクターこそ、『超時空要塞マクロス』を愛でる当時のアニメファン(特に男の子)の心理的分身だったのです。

 オタクな観客はみな、容易にヒカルと同化できました。

 それが作品の爆発的ヒットの要因ともなり、そして同時に、ヒカルの心理に共感した観客、すなわちアニメファンの間に「御宅」なる二人称を流行らせる結果になったのではないでしょうか?


 これが、のちに「オタク」もしくは「ヲタク」と呼ばれることになるサブカル集団の発生源のひとつであろうかと思います。


      *


 ということで、ヒコーキのフライトとバトル以外のシチュエーションでは、基本的に他者との摩擦を避け、無駄に逆らわずに、平和な関係を保って生きようと腐心するヒカル。

 ただし恋愛という“平時の戦争”の場において、ヒカルの得意な飛行技術や空戦テクニックは全く役に立ちません。未沙とミンメイが仕掛けてくる恋愛心理戦においては、ただの、はた迷惑な無責任男と化してしまうのです。


 未沙とミンメイ、どちらにも“いい顔”をしなくてはならない、それゆえに、両者のデートスケジュールがバッティングして大変困ったことになるのが第34話『プライベート・タイム』でしたね。


 あっちつかず、こっちつかずでウロウロ、フラフラするヒカルの態度……

 そういえば、もうひとり、一世を風靡したクリソツな男子キャラがいましたね。

 『うる星やつら』(アニメは1981-86)の諸星あたる君。

 超絶元気なカミナリ女房のラムがミンメイ、ラムに押されぎみでいつも苦杯を舐める三宅しのぶ嬢が未沙に相当するのかな?

 そして女の子と見れば二股三股かけて恥じない超無責任男の、あたる君。

 ヒカルも、この立ち位置に近いと思われます。

 あちらは「だっちゃ!」で、こちらは「デカルチャー!」。

 理不尽なシチュで飛び出すナンセンスの決めゼリフも似ていますね。

 あたる君が積極的無責任なら、ヒカルは消極的無責任。

 自分から望んで三角関係の蟻地獄に落ちるつもりはないのですが、未沙とミンメイのどちらのご機嫌も取ろうとした結果、図らずもさらなる地獄の深みへと……


 でも基本は善人なんですね、ヒカル君。

 第32話『レイニー・ナイト』では、前半で未沙に辛辣な態度を取ったことを、その日のうちに謝ります。人間関係が壊れることを恐れ、自己抑制しているのです。

 『王立宇宙軍』のシロツグ君みたいに、乙女に襲いかかったりはしません。

 しかしそれは、ヒカル君が紳士というよりも、じつは恋愛関係に臆病だから。

 この傾向は物語の終末まで変わることなく、稀代の無責任少年は最後まで、自分の意志で三角関係を決着させることができませんでした。


 最終回、第36話の中盤、ヒカルに別れを告げて走り去る未沙。

 ヒカルは思わず未沙を追いかけようとしますが、ミンメイが立ちふさがり「行かないで!」と止められるとピタッとフリーズするばかり、どこまでも優柔不断でした。

(これって最終回だぞ、先が無いんだぞ、まだ決められないのかよ! と観客の心の罵声が聞こえてきそうな場面ですが……)

 たまたまそこで敵のミサイルが降って来たので、そのドサクサを利用して、ヒカルは未沙を捜して走りだすことができたのでした。



   【次章へ続きます】


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