142●2007年の『SPY×FAMILY』!?…『0093女王陛下の草刈正雄』②

142●2007年の『SPY×FAMILY』!?…『0093女王陛下の草刈正雄』②




 『0093女王陛下の草刈正雄』を彩るパロディギャグは、これでもかと言わんばかりの“昭和テイスト”です。

 バナナの皮で転ぶ、レモン汁を顔にかける、「ぎゃふん」のセリフ、人力で演じる人工スローモーションや人工ストップモーション、悪漢が自ら仕掛けた罠で自滅するお約束とか……

 なんだか、昭和もド真ん中のクレージーキャッツが主演するスパイテイストの大作『大冒険』(1965)に、日活アクションの快作『俺にさわると危ないぜ』(1966)に主演の小林旭さんが参加して、ズッコケながら大暴れなさるみたいな感じ。


 しかし、ちょっといただけないパロディギャグが一つあります。

 「おいしゅうございました」のフレーズを繰り返す遺書。

 これ、すぐに元ネタが浮かぶ人はベタベタの昭和人でしょうね。

 1964年の東京五輪、マラソンで銅メダルを獲得し、1968年の年頭に突然、この世を去られた円谷幸吉選手のことです。

 あまりにも悲しく切なく、悔やまれる出来事でした。ある意味「オリンピックに殺された」という印象すら残るほどです。

 それだけに、喜劇のギャグネタになるのは、相当な違和感があります。

 この点だけは、どうも、笑えないんですね。


 それはともかく、あえてこの遺書をネタにしたのは、本作の監督とプロデューサーの側から「本作はベタベタの“昭和”パロディですよ」と観客に伝えるメッセージだったのかもしれません。


 というのは……

 作品タイトルに『0093』とあるとおり、これは『007シリーズ』のパロディです。

 では、『007シリーズ』のどの作品のパロディを目指したのか……

 そこで絶対に避けて通れないのが『007は二度死ぬ』(1967)ですね。

 主演は初代ボンドのショーン・コネリー、当時はまだ30代の若さです。

 そして作品の主な舞台は、なぜか日本。相撲の国技館や姫路城や地下鉄丸ノ内線が出てくる、なんとも奇天烈な和風ボンド映画です。日本側の公安エージェントのボスが丹波哲郎さんで、こちらも堂々たる怪演ぶりでした。

 今となれば、昭和41年頃の日本でロケした、貴重な歴史的映像でもありますが、21世紀になって『0093』を制作するにあたり、『007は二度死ぬ』が参照されたことは確かでしょう。

 なんとなれば、『007は二度死ぬ』と同じ1967年に、もうひとつの歴史的名作となる“パロディ・ボンド映画”が公開されているからです。


 『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)。

 こちらのボンド役はデビッド・ニーブン氏。年齢すでに50歳代で、スパイを引退して20年、悠々自適の趣味生活を楽しんでいたところ、世界の諜報機関が押しかけてきて、どうみても無理矢理に現役復帰させられるというイントロです。

 ここのところ、0093の草刈正雄さんもニーブン氏と同じ50代で、諸般の事情で20年間、スパイを休業していたところ、突然に赤坂支部のボスのM氏(森田芳光さん!)に呼び出されて……というイントロが似ていますね。


 1962年公開の『007は殺しの番号(ドクター・ノオ)』(当時これを「医者はいらない」と訳した人がいたとか)に始まり、1967年の『007は二度死ぬ』は五作目のボンド映画、五作ともショーン・コネリー主演で、この時期は世界的にスパイブームが盛り上がっていました。ジェームズ・コバーン主演の『電撃フリント』二部作(1966-67)なんて、ほとんどお祭り感覚でしたし。

 テレビドラマでは『0011ナポレオン・ソロ』(The Man from U.N.C.L.E.)が米国で1964年から68年まで放映され、英国ではパトリック・マクグーハンが主演する『デンジャーマン(のちにシークレット・エージェント、あるいはジョン・ドレイクに改題)』が1960年から68年に、『プリズナーNo.6』が1967年から68年に放映。『サンダーバード』の流れをくむ人形劇『ジョー90』も1968年に放映されました。もう、大人も子供もスパイ気分、米ソ冷戦真っ只中の風物詩というべきでしょうか、一歩間違えば核戦争で『博士の異常な愛情』(1964)となるのですが。


 この絶大なスパイブームの中、ずっこけなスパイを描くパロディのテレビドラマも登場、『それ行けスマート』(Get Smart)が米国で1965年から1969年にかけて放映されています。

 そんな時代背景のもとで現れたのが、ニーブン氏の『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)だったわけです。これは国際的なスパイブームが必然的に生み出したスパイ・パロディの記念碑的大作ということになるでしょう。

 ウィキペディアによると『007は二度死ぬ』(1967)の製作費は「950万ドル」。

 パロディ作品『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)の製作費は「1200万ドル」。

 さすが大御所デビッド・ニーブン氏を擁しただけあって、パロディらしからぬ超大作です。もっとも『007は二度死ぬ』は全面的に日本ロケ。当時は「1ドル=360円」の固定レートでしたから、ドル換算でお安く上げられたのかもしれませんね、賢い制作手法ではないかと思います。円安の21世紀ニッポンも、マナーの悪い観光客なんかやめて、ハリウッドの映画ロケを誘致されてはいかがでしょうか、ね、ソーリ。


 余談ですが『007/カジノ・ロワイヤル』では、誘導型ドローン爆弾が登場します。それも車載ランチャーから息もつかせぬ連続発射! まんまシャヘド。

 これをニーブン=ボンド卿が猟銃で迎撃しますが、55年も昔にウクライナ戦争を思わせるアイデアと、それをCG無しの実写で見せてくれる贅沢さ。こちらも必見の傑作ですね。


 そんな『007/カジノ・ロワイヤル』のさらなるパロディ気分で、40年後に『0093女王陛下の草刈正雄』(2007)が制作されたということになるでしょうか。

 なるほど、ベタベタの“昭和ギャグ”が充満しているわけです。  

 製作費は比較にならないチープさでしょうが、昭和の時代から「本家スパイ映画」と「パロディ・スパイ映画」が並立していて、その映画史の奇抜なオマージュとして、21世紀になって0093のクサカリ氏が突如スクリーンに現れたという現象は、どこか興味深いものです。


       *


 『0093女王陛下の草刈正雄』の、たまらない魅力は名バイプレイヤー。

 主人公である0093クサカリ氏のボスは気象予報士の森田芳光さん、ご本人。

 赤坂13丁目支部の“M”森田として、飄々とした演技が楽しいですね。


 クサカリ氏に立ちはだかる敵のボスは、『帝都大戦』の嶋田久作さん。

 ニッポン征服となれば、文句なしに、このお方が最適任でしょう。不気味オーラがメラメラです。

 『007は二度死ぬ』の敵役ブロフェルドはいつもフサフサのニャンコ様を抱いているのですが(ブロフェルド氏は同年の『007/カジノ・ロワイヤル』にもパロディで登場、演じたのはオーソン・ウェルズ氏という贅沢さ)、嶋田久作さんもニャンコに類似するものを色々と抱いてナデナデしておられました。さすがブロフェルド嶋田。


 この悪役の設定、うーんとうならされます、良い意味で。

 というのは、物語のラスト近くの長回しセリフで、彼が悪の信念を語る場面。


「この国は腐っている。

 有能な指導者が存在しないからだ。

 今の指導者は国家国民のためと言いながら、

 実際は人々を家畜のように扱っているにすぎない」


 うーむなるほど……。

 目的も手段も完全に間違っているけれど、動機はなんだかうなずける、というか、けっこう正鵠を射ているような。

 16年前の作品なのですが、嶋田久作さんの悪の名言、2023年の今こそ納得でき、スパっと通じる予言となっていませんか? ね、“増税メガ〇”さん。

 全編パロディの作品ではありますが、嶋田久作氏のこのセリフ、この存在感、ただのC級ギャグに終わらず、社会批判の本質もチクリと突いていることに、拍手です。

 クソまじめでつまらないセリフに見えながら、これがあるから「駄作じゃないゾ」と感じられるんですね。この脚本、とてもいいセンスだと思います。


 メディアの力で国民を洗脳して、意のままに操ろうとたくらむ、悪の嶋田久作氏。

 その悪を社会に暴き出す、正義の0093草刈正雄氏。

 これも、2023年の今でこそ、私たちの心に刺さる何かがあるのでは。

 たとえば、2021年に開催された東京五輪のドロドロの闇、その汚職問題。

 元総理の銃撃事件で突如表面化した、特定宗教団体の問題。

 そして少年たちを長年食い物にしてきた性加害事件。

 いずれも、メディアによって私たちは体良く洗脳されていなかったか?

 それが現代社会の実情です。

 私たちは、操られている。

 そんな自覚を与えてくれる、意外な傑作かもしれませんね、『0093』は。


       *


 さて、チョイ役ですが、なんと“シベリア超特急”のTシャツを着た水野晴郎さんご本人も出演。

 出演だけでなく、DVDのオーディオコメンタリーもメインで担当されています。

 つまりこの作品、一度観て笑い、二度目はコメンタリーで笑い、そしてクセになって三度観て笑えるという、お得なDVDになっているんですね。

 水野晴郎さんのホッコリ、ほのぼのした解説、そして「いやぁ、スパイって本当にいいもんですね~」のお言葉に、気持ちがホロリときます。

 作品は2007年に公開、そして翌年の2008年、水野晴郎さん、永眠。


 あまりにも貴重な、生前のお言葉が記録されたDVD、大事にします。


 見た目も中身もC級パロディ、くだらないと言われたらそれまでなんだけど、意外とマジメに訴えかける社会批判とか、2007年というその時ならではの“時代の刻印”をしみじみと感じさせてくれる、不思議感覚の傑作かもしれません。

 笑って忘れてしまうには、もったいない一篇です。


 主題歌も草刈正雄さんご本人がノリノリで歌っておられます。こんな映画って、他にあるだろうか……と、これまた笑って驚愕するしかありませんが。


 おバカなんだけど、どこかバカにできない隠し味を、二度見三度見して、きっと発見できると思います。ということで、おススメ。


 Go! Go! マサオ、 0093 女王陛下の草刈正雄!





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