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140●『VIVANT』ロスを満たす傑作『ゴールデンスランバー』(2010)

140●『VIVANT』ロスを満たす傑作『ゴールデンスランバー』(2010)




 2023年9月17日、堺雅人さん主演のドラマ『VIVANT』が最終回を迎えました。

 視聴率は19.6%を越え、「早く続編が観たい!」と“VIVANTロス”に陥る方々も多かったことでしょう。

 最終話のラストからして、主人公・乃木の拳銃の腕前を前回、前々回であれだけ見せられた後ですから、「ベキ父ちゃん、絶対に生きてるよな」と確信させてくれるわけで、これは完全に続編予告だよ……と、今後を楽しみにさせていただきました。


 とはいえ……


 お話のスケールが大きくなればなるほど、じつは、ドキドキハラハラの醍醐味が小さくなっていった感じが、しないでもありません。

 この物語の最大のポイントは、テロ組織“テント”の正体、その起源とその終末にあったと思います。

 ボスのノゴーン・ベキが、いかにして“テント”を立ち上げたか、そのいきさつはかなり詳しく描写されていましたし、主人公・乃木との因縁も、なるほどと納得させてくれました。

 しかし、どうしても物足りないところは……


 “テント”がどうみてもテロ組織に見えないこと。

 むしろ逆に、慈善ボランティア団体の印象であったことです。

 これはむしろ、アフガニスタンとパキスタンで活動しておられる“ペシャワール会”みたいな、日本人と現地の民間有志とのジョイントによる人道的な復興活動の団体……とした方が、自然だったのではないでしょうか。

 ただし、“テント”は見た目は国連にも評価される慈善団体だけど、その裏にダークな暗黒面を持ち合わせていて、その矛先が日本に向けられそうで……とした方が、すんなりと合点できたような。


 というのは一般の“テロ組織”はその成立過程になにかと宗教的な要因がからむケースが多く、ボスのベキが諭したからといって、そうそう簡単に宗旨替えしてカタギになれるものでもなさそうな気がするからです。

 それにテロ活動という、基本、「人殺し稼業」で収益を上げてきたのなら、これまでの活動で多方面に恨みを買って、罪過が蓄積しているはずでして、最終話でベキが妻の復讐に着手する前に、ベキに復讐したいと考える過去の被害者や対抗組織がわんさか襲い掛かってくるでしょう……


 そう考えると、“テント”の活動とその顛末の扱いが、いささかお花畑な綺麗事にまとめられてしまった感は否めないと思います。

 それゆえに、ベキはあんなにクリーンで誇り高い正義漢ではなく、現実はもっとドロドロした怨恨をどっぷりと引きずっていて、だから最終話のラストの復讐劇は、徹底的に残酷で血まみれな結末になっていて当然だと思えるのですが……といっても、そんな結末になったら、テレビドラマとしての評価はガタ落ちになるでしょうし。そのあたりの難しい力学的バランスの上で、あのような結果になったのでしょうね。


 ということで……

 『VIVANT』の結末は、どことなく「ベキ・ベーダーと乃木・スカイウォーカーの身内WARS」といった趣に終結してしまったような……


 全体としては素晴らしいけれど、ちょっと残念。


 すみません、あくまで素人の私の個人的な感想です。


       *


 といいますのは……

 映画『ゴールデンスランバー』(2010)があるからです。

 もう13年も昔の作品になりますが、今、観ると改めて驚かされます。

 いや、凄いわ……

 これ完璧。2023年の今になって観ることに価値がありますよ。


 舞台は仙台、新首相の凱旋パレードが挙行される中、突然に大爆発、就任したばかりの首相が殺害されてしまいます。

 その犯人として、一介の市民である宅配ドライバーの青年に冤罪がかけらます。警察すら配下に収める巨大な謎の組織(作中のセリフでは「国家とか権力」)に追われる青年。

 全国に指名手配され、交通機関と道路は封鎖され、官憲が群がる中、無実の青年は逃げ延びることができるのか。二日間の逃避行とその後の結末を描く……という作品です。

 上映時間は2時間19分。

 一見シンプルな、「超リアル鬼ごっこ」な作品と思いきや、主人公の青年に出会う人々や過去の友人たちの心理や行動が複雑に絡んできて、大小さまざまな伏線がドドドーッと張り巡らされ、それらが次々に回収されていく心地よさ。

 そして意外な結末、そして切ない幕切れの余韻。

 大切な伏線となっている「たいへんよくできました」というキイワードが、見事に物語を締めくくってくれます。


 主演が『VIVANT』と同じ堺雅人さん。

 ただし13~14年前の、30代半ばの堺雅人さんです。若いゾ!

 これがまた、痛快なほどにダサかっこいい!

 年齢的にも、走る、跳ぶ、コケる、くぐり抜けるといったアクションがキレッキレで、ちよっとトボけたユーモラスなセリフも随所に光ります。

 凄い! と思うのは、演技の迫力が『VIVANT』の堺さんと変わらないこと。

 つまり、13年前の、30代半ばの、フレッシュな堺雅人さんの演技の完成度の高さを堪能できるんですね。

 これ、二度見三度見の価値ありですよ。


 とはいえ、ツッコミどころはいろいろあるでしょう。

 都合よくグッドタイミングで「通り魔君」が現れてくれるとか。

 何年も放置した車のバッテリーを交換しても、タンクのガソリンが変質して動かせないのでは?

 警察に知られずに、あんな場所に多数の花火を仕掛けるのは無理だろう、とか。


 しかしそれでも、惹きつけられる作品です。

 堺雅人さん演じる主人公が、徹頭徹尾、徒手空拳の普通の青年だからです。

 知り合いの人たちとの友情や信頼以外に頼れるものはなく、チート力はゼロ。

 これで、国家権力の全警察に追われて逃げる。

 とにかく知恵と勇気を絞り出すのみ。

 こうした、設定の徹底した困難さが、たまりません。


 『VIVANT』の堺さんは、最初こそ普通っぽい商社マンでしたが、物語後半で正体を現すと、スーパーマンか007に変貌してしまいました。

 無双級のチート力を持つ、国家権力のエージェント。

 となると作品の空気感は、ミッション・インポッシブルにシフトしてしまいます。「非力な一般人が強大な敵に何とかして立ち向かう」というギリギリの緊迫感は消え去ってしまうんですね。ここが寂しいところ。

 堺雅人さんはジェームス・ボンドに近いスーパーキャラ、もしくは『陸軍中野学校』(1966~)のエリート間諜に似た存在に変身してしまい、彼の持ち味である、『クヒオ大佐』(2009)みたいな、チョイとトボけた庶民感覚は失われます。

 もしもスパイを演じられるのなら、アニメの『SPY×FAMILY』を実写化して、お父ちゃん役の〈黄昏〉さんがハマるのではないでしょうか、堺雅人さんならば。


 とはいえやはり、『半沢直樹』(2013~)にみる、「非力な会社員が強大な上司に知恵と工夫で立ち向かう」シチュエーションこそ、堺雅人さんの真骨頂だと思うのですが。


 その点、『ゴールデンスランバー』は「たいへんよくできました」と評価されるに値するのではないかと思います。


 また、『ゴールデンスランバー』(2010)の堺雅人さんを追い詰める官憲の情報捜査官役が香川照之さんで、そのネチネチしたしつこさが、『半沢直樹』(2013)の二人の関係そのもの。そうか、この2010年の因縁が2013年に本格的に開花するのか……と、心底から納得させられる一篇でもありました。


       *


 なんとなく……ですが、堺雅人さんって、ベネディクト・カンバーバッチさんにどこか似ているような。たとえばBBCのドラマ『SHERLOCK』(2010~)のホームズや、『ホーキング』(2004)のホーキングや『イミテーション・ゲーム』(2014)のチューリングを堺雅人さんが演じられても、すんなりと収まりそうな……いや、もしかするとよりベターな適役かもしれませんよ。

 そうですね、宮崎駿監督のアニメのホームズ(お犬様)みたいな、知的な(けれど家庭的な)探偵役(刑事や検事ではなくて)を演じられるのを、いつか拝見したいものです。あ、『DESTINY 鎌倉ものがたり』(2017)では副業で探偵もなさっておられたですね。


       * 


 ということで……

 『VIVANT』を観て、『ゴールデンスランバー』をご覧になってなかったら、今の機会にこそ、ぜひに! とおススメしたいのです。





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