139●『ガリバーの宇宙旅行』⑤:そして絵画的な完成度の高さ。
139●『ガリバーの宇宙旅行』⑤:そして絵画的な完成度の高さ。
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余談ですが、テッド少年たちがロボット軍団との決戦兵器に使用し、さらに“紫の星”の姫君の“外殻”を壊す手段にも使われた“水”について……
水のない“紫の星”で水を製造する場面で、こんな化学反応式が画面に現れます。
(NaHCO2+NaOH)⟶(Na2CO3+H2)+O2⟶ H2O
〈実際の数字は小文字です〉
炭酸水素ナトリウムと水酸化ナトリウムの反応から水をつくる工程のようですが、これが物語に適した製造プロセスか否かは別にして、SF作品として科学的な視点を重視したスタッフの苦労が忍ばれます。
にしても、水が破壊力を持つ世界では、“紫の星”の人たちは体内に水分を持てないことになってしまいますね。
この点は筋の通った説明が困難で、苦しいところでしょう。
テッドたち人類は体組成の六割以上が水なんですから、“紫の星”の人たちが食べている丸薬状の食料は、口に入れたとたん唾液の水分でバリバリと爆発的に分解して、食えたものではないのでは? 幸い、画面を見る限り、丸薬食料はあらぬところへ飛んでしまって、地球人たちの口には入らなかったようにも見えます。
で、“水”の威力については謎のままです。
とはいえ、そもそもが“夢落ち”のお話、すべてが“夢の中の出来事”なのですから、ストーリーが破綻しているわけではありません。
ただ、“水”が、ロボット軍団を破壊するだけでなく、姫様の“外殻”を割って、無表情な“あきらめ”の状態から本来の姫様を解放する役割を果たしたことには注目です。
“水”という物質を使って、お姫様の「目を覚ました」ことになりますから。
人類をはじめ地球生物にとって生存に欠かせない大切な“水”。
それが、異星人である姫様の“あきらめ”を溶かし、希望をもたらした……と言えるのかもしれません。
“水”は地球上ではありふれた物質ですが、時間さえあればたいていの物質を溶かし込んでしまい、流れれば谷をえぐり山をも崩すパワーを持っています。
百年程度ではなく千年万年のスパンで観れば、地球表面の大陸の形を変えてしまうほどの万能溶剤。
そう考えると、ロボット軍団に対して示した破壊力、あながち不可能ではないかもしれません。
ただし、“時間”という要素を加えればの話ですが。
ただの“水”でなく、それが“一万年分の溶解効果”を含んでいれば、ロボットの素材を溶融させてバラバラに分解させる威力を発揮するのかも……
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さて『ガリバーの宇宙旅行』の大きな特徴として、背景美術等のデザイン性の高さがあげられます。
テッド少年が暮らしている街の風景。
まるでモーリス・ユトリロやベルナール・ビュフェが描いたかのような、絵画的な美しさですね。独特のデフォルメで遠近感のパースが歪められたり、建物や街灯が傾いて見えますが、それがかえってアーティスティックな空気感を醸し出します。
それに、色味がおとなしくて上品。派手でキャピキャピした原色や蛍光色はほぼ用いられず、眼に優しい感じがします。
街並みの背景画というと、ジブリ系作品や新海誠監督の作品のように色彩感がクリアーに強調されて、細部までびっしりと、かつスッキリと描き込んだ、精密なスーパーリアリティが思い浮かびますが、さすがに最近は情報過多で眼が疲れるような気もします。
また、青い星と紫の星の風景は、ジョルジュ・ブラックやデ・キリコを想わせる、キュビズムとシュールレアリスムを掛け合わせたような不思議感覚が今観ても新しいですね。
21世紀のアニメとは根本的に異なる、貴重な視覚体験と言えるかもしれません。
漫画だけど、アートを意識した視覚効果。
テレビアニメですと、『少女革命ウテナ』(1997)とか、その作風を継承した『輪るピングドラム』(2011)が、絵のデザインは異なりますが、アートな表現思想は通じるのではないでしょうか。
『ガリバーの宇宙旅行』は、2023年の現在からみると相当に古臭く感じられるかもしれません。骨董品のような。
しかし、そのストーリー、視覚的芸術性、科学的な空想の豊かさ、そして、アニメではあるけれど、観客の心に“夢と希望”を届けようとする心意気、そういったスピリットは、ここしばらくのラノベ風アニメと比較して、「格が違う」と思わせるほど素晴らしいのではないでしょうか。
たとえば、東京スカイツリーに対するエッフェル塔。
最新のメガ・クルーズ客船に対するタイタニック号。
2025年の万博に対する、1970年の大阪万博。
『シン・ウルトラマン』に対する初代『ウルトラマン』みたいな。
観客が歳をとっても見応えのある、泰西名画のような逸品。
こうしてみると、宇宙の海は、やっぱりガリバーの海。
ときには童心に還って、心の中で歌いたいものです。
♪進め僕らのガリバー号!
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