133●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑨ヤツの、哀しみのフィナーレ。

133●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑨ヤツの、哀しみのフィナーレ。



       *


 年明けて……

 1946年3月初旬。横須賀港。小雨。

 米軍の命令でコツコツと機関を修理されている戦艦長門が、さらさらと振る雨に濡れそぼりつつ、相変わらず幽霊船めいてさびついた姿のまま桟橋に係留されている。艦尾の旗竿には星条旗が悲し気にまとわりついていた。

 岸壁で眺める女性記者と捕鯨青年。二人は相合傘あいあいがさだ。

「どうなるのかな? いちおう修理しているのだから、スクラップにはしないようだし、近所の戦艦三笠みたいに、砲塔やブリッジや煙突やマストなんか、みんな取り払ってダンスホールと水族館にしてしまうのかな? それでも、船体だけでも残してもらえたら、いつか大儲けして買い取って、もとに戻してやるんだがなあ」

 捕鯨青年はぼやく。四十年前、日露戦争の日本海海戦で殊勲艦となった戦艦三笠は、そのままの姿で保存され、歴史的な記念艦となっていた。しかし米軍に接収された今は兵士たちの娯楽施設に用途変更され、見た目も巨大な装甲屋形船といった珍奇な風情に改造されてしまった。

 おそらく長門も、同じ運命なのだろう……と彼は思っていた。

 怪獣Gじーごうが退治されてすぐに、捕鯨戦艦ナガトや伊401潜水艦は米軍の管理下に戻され、関係者には厳重な箝口令かんこうれいが敷かれた。

 マッカーサー元帥閣下いわく、「怪獣? そんなものは地球上のいかなる場所にも存在しないし、過去も現在も未来も、存在することはありえない」。

 要するに、「すべて、なかったことにする」というわけだ。

 マッカーサーの言葉は、今のこの国では陛下の大御心おおみこころすら上回る、天上神の言葉に等しい権威を発揮している。

 GHQは神をも超える、超法規的存在なのだ。

 そのGHQに盾突いて暴れまわり、しかも旧日本軍の残党らしきマッドな連中に操られていたという事実など、一片たりとも認められるはずがなかった。

 認めたら最後「怪獣復活、怨敵退散、本土決戦!」を唱えるマッドな勢力が勢いを盛り返して、この国を擾乱の巷に陥れるだろう。

 Gじーごうが元の恐竜に戻った直後、マッドな一派が占拠していたはずの元駆逐艦と捕鯨戦艦ナガトに米軍兵士が殺到したが、船内はもぬけの殻だったという。

 彼らは一億大衆の中に潜伏し、次なる蜂起の機会をうかがっているのだ。

 箝口令にともなって、あらゆる方法で証拠隠滅が行われた。

 女性記者が撮影してきた写真や録音ワイヤー…当時はテープでなく金属ワイヤーを使う機器が普通だ…、さらに手書きのメモ類まで一切合切が没収されてしまった。

 博士はGHQに連行されて行方不明となった。女性記者が重光大臣からこっそり教えてもらったところ、偽名で米国の大学に招聘され、CIAの監視下で研究のヒアリングを受けているという。

 もちろん、怪獣に踏みつぶされるなどして亡くなった犠牲者は軽く千人を超える。 目撃者も数万人に及ぶ。しかしマスコミの報道は一切なく、お役所など公的機関に問い合わせてもはぐらかされ、物的証拠も皆無となれば、たちまち大衆の記憶から消え去ってしまうものだ。今、庶民の関心は、怪獣なんかよりも、いかにして今日を食いつなぐか、なのである。

「あれは怪獣だった」と言いふらす者がいても、「迷言で社会を乱す不埒者」として怪しい警察官が取り締まり、路地裏へ引っぱり込んで警棒の二、三振りでも与えれば黙ってしまう。

 怪獣の破壊の爪痕も、もともと空襲被害で焼け野原の東京だから、区別のしようがない。あの日、米軍機の誤爆や墜落があったらしいという噂もささやかれたが、GHQが沈黙している以上、そのことに忖度してだれもが沈黙してしまった。触らぬ神に祟りなし……である。

 “Gじーごう事件”は、そうやって跡形もなく、歴史の闇に葬られてゆく。


 そして、戦艦長門は……

「原爆実験に使われるそうよ」と女性記者が捕鯨青年の耳にささやいた。「南太平洋のビキニ環礁へ持っていって、そこで米軍の原爆を爆発させて、軍艦がどこまで耐えられるのか、完全に沈むまで、その様子を確かめるんだって」

「そうなのか……」と長門を見上げる捕鯨青年。「もう、この姿が見納めになってしまうのか……」

「最後の最後に原爆で沈められるなんて、かわいそうね」

「ああ……」嘆息して、捕鯨船年は思う。敗けた海軍といっても、一抹の誇りは認めてほしい。米海軍は大勝利を挙げたのだから、敗残の敵国軍艦をせめて一隻くらい、どこかに残してはくれないだろうか……長門が無理ならば、駆逐艦雪風でも……。しかし、しょせん有象無象の下っ端少尉だった自分に、かなう夢ではないのだろう。

 残してほしい……と言えば。

 青年は、いつも心に引っかかっていることを彼女に問いかける。

「Gじーごうの小さくなった成れの果て、あの恐竜の遺体はどうなったのか、何かわかったかい? 桜花で逝ってしまったあいつの遺骨だけでももらい受けて、供養してやりたいんだが……」

 恐竜のボディは、桜花の命中から数時間もせずにGHQの調査チームが群がって、いずこかへ運び去ってしまった。そして、一切の情報が断たれてしまった。

 青年と彼女は、幾度となくGHQの情報部門へコネを伝って内々に陳情した。桜花に乗った少年の遺骨と遺品、どれほどわずかでも、見つからなかったろうか? と。

 回答は「ノーコメント」のみだった。係官は述べた。「桜花は無人のミサイルとして発射したのだろう? それだけだ」

 桜花は無人だった。そういうことになっている。いや確かに、もともとそうなるはずだったのだが。

 ましてや“特攻”によってGHQとこの国が怪獣から救われた事実など、彼らは口が裂けても認めないだろう。

 かれらが「馬鹿爆弾バカボム」と呼ぶ桜花によって救われたという事実を……。

 だから少年の遺骨も遺品も存在せず、調べてみると少年の戸籍すら抹消されてい た。ナガサキの原爆で家族ともども灰になったのだと。

 やるせない思いだけが、青年の心に沈殿していた。

「人づてに、小耳にはさんだ程度のことだけど」と、今はしがない“カストリ週刊誌”の記者に甘んじている彼女はひそひそ声で彼氏に伝えた。

「恐竜の遺体はドロドロに溶けて、すぐに腐ってしまったそうよ。巨大化と縮小化が早すぎて、細胞のダメージがキツすぎたみたい。そして変なことだけど、恐竜の遺体には、頭がなかったって」

「頭……頭部が?」

「ええ、誰かが真っ先に頭を持っていったので、脳幹の神経との接続が切れて、身体の腐敗が超特急で進行したらしい……って」

「つまり、頭だけが、盗まれていたのか?」

 彼女はうなずく。「ええ、だとしたら、あのとき誰がやったのか、泥棒の正体は想像がつくわね」

 彼もうなずいた。間違いない、アイツらに違いない。だとすれば、Gじーごうはまだ、滅んでいないかもしれない?

 しかし彼が尋ねる前に、彼女は別なことを……二人の未来の生活設計に影響する最大の関心事について問いかけた。

「これから、どうするの?」

「うん……」ぐい、と現実に引き戻されるのを、青年は自覚した。やるべきことは山ほどあるが、当面の生計をどう立てるのか、その問題がさしせまっていた。青年の捕鯨会社は一頭のクジラも捕れぬまま解散の憂き目となっていたのだ。これもGHQによる“証拠隠滅”の一環だろう。

「塩田……を一緒にやらないかと、誘われているんだ」

「塩田? お塩を作るの?」

「うん、戦争中にお世話になった上司で、ほら、あの、キスカ島撤退作戦のとき第一水雷戦隊司令官をなさっていた……」

「ああ、あのお方ね、お髭が大きくて怖そうでも、お顔は優しい中将さん」

「塩田業者の組合を作ったから、来ないかって」

「いいじゃない!」彼女は笑顔で彼の背中をドンとはたいた。「おいしいお塩、作ってちょうだい! 海の男の塩田勤務、クジラもいいけど、お塩もね!」


       *


 同じその時……

 岸壁の二人が眺めている戦艦長門の艦底近く、“第三砲塔弾薬庫”の表札も不気味な倉庫空間。かつては主砲の発射装薬を袋に詰めた薬嚢やくのうを収めた火薬缶が積まれていた場所だが、現在はもちろん何もなく、がらんどうになっている。

 そこに、木の荷箱が搬入されていた。

 縦横二メートル、長さは三メートルほどもある。

 箱には、英文のステンシル文字で、「極秘、核実験用、危険、取扱注意フラジャイル開封厳禁アンタッチャブル、違反者は軍法により厳罰に処せられる。GHQ、CIA、米国連邦核兵器管理機関……」などと、いかめしくもいかがわしい警告表示が印字されていた。

 箱を運び込んでロープで床に固定したのは、マッド軍人の一味だった。部下は全員が港湾労務者に変装している。

 マッド軍人本人だけは病院から脱走してきた白装束で、頭、顔、首、胸と両腕の火傷痕やけどあとに包帯を巻いている。ほぼミイラ男の外見であるうえ、首に回した白布で白い骨箱を提げているところがしめやかだ。こうした“傷痍軍人”の姿は市井しせいのどこでも遭遇するので、怪しまれない。ただし骨箱の中身はGじーごうを操るリモコンであった。

「よし、これでわれらがGじーごうの葬送は整った」マッド軍人は居住まいをただすと、数珠をかけて合掌し、巨大な木箱を拝んだ。

 十数名の部下たちも同じように礼拝した。

「このはこより、カミカゼはいずれ必ず吹きあがる。Gじーごうの首は腐らない。まだ死んではおらんのだ。足りないものは放射能よ。これより南の島へ帰って、原爆様の洗礼を受けて、大きくなるがよい。何年かけてもよい。そしてこの国へ戻ってこい。……大きいことはいいことだ!」

 包帯の両腕を痛々しく振り上げて印を結ぶと、マッド軍人は魔除けのお札に似たステッカーを木箱の封印個所にべたべたと貼りつけた。

「あの」差し出がましいようですが、と部下の一人が助言した。「そのお札、“怪獣復活、怨敵退散、本土決戦”と書いてありますが、その……怪しまれないでしょうか? アメリカさんに」

「心配ご無用じゃ!」と、マッド軍人は声を荒げた。滑稽なまでの狂気がその場を支配する。

「鬼畜米英のハイカラな外道どもに、われら神聖な帝国の漢字が読めるはずがない! さあ、者ども、呪え、呪うのじゃ! われらが乾坤一擲の呪詛を塗りこめて、Gじーごうタマシイを原爆様のもとにお送りするのじゃ……エロイムエッサイム!!」


       *


 1946年3月18日。

 戦艦長門は太平洋へ船出した。

 それは死出の旅路であった。

 そして七月、世界初の南洋離島における原爆実験、クロスロード作戦が行われた。

 爆心地となる海面の近くには、旧日本海軍の戦艦長門と軽巡洋艦酒匂が配置され、両艦ともこの実験により、海底に没した。


〈ここから、映画の画面はカラーからモノクロに移行する〉


 水平線のはるか彼方に去ってゆく戦艦長門の艦影。

 そのシルエットに重なって、この原爆実験の巨大なキノコ雲が盛り上がる。


〈モノクロ画面のキノコ雲に重なって……〉

〈極太ゴシックをやや平たく変形した字体で、「終」の文字が浮かび出る〉

〈エンディングテーマ曲とともに、キャスト&スタッフのエンドロール〉




【次章へ続きます】




※作者注……キスカ島撤退作戦の成功を導いた木村昌福提督は、戦後の1946年3月に塩田の経営に着手して、失業した元軍人たちの就職を援助、その生活再建に尽力されたと伝わっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る