132●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑧ヤツの終焉。
132●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑧ヤツの終焉。
*
「秒読み開始。魚雷発射まで二分、桜花発射まで五分」
艦長の声が拡声器で甲板に響く中、捕鯨青年は桜花のキャノピーに取りついた。
「どうするつもりなんだ! 風防を開けろ、早く降りろ!」
「どうするって……桜花をアイツに当てるんだよ」キャノピー越しの肉声なので、くぐもって聞こえたが、少年の意志の強さはしっかりと窓外に伝わった。「桜花をまっすぐ撃ち出しても、アイツはひょいとよけちまうよ。アイツは賢くて、おいらたちの考えなんかとっくに読んでるんだ。だからおいらが操縦して、不意打ちで当ててやるしかないんだ」
「馬鹿な意地を張るな、それじゃ特攻じゃないか。あんなに嫌がってた特攻なんかで死んだらいかん! とにかく降りろ!」
「特攻は嫌いだよ、あんな死に方はしたくないよ」少年は真顔で、寂しげに捕鯨青年を見返して、しみじみとつぶやいた。「でも、アイツはかわいそうだ。ニンゲンに利用されて、ニンゲンにいじめられて、これからも、ずっと、ひどい目に合う。だから、おいらが、終わらせてやるしかないんだ。おいらにしか、できないから、こいつの操縦はさ」
うっ……と、捕鯨青年は言葉を失う。パイロット無しの桜花をカタパルト射出だけで絶対に命中できるほど接近するとしたら、伊401号はその前に、G
G
それができるのは、この少年だけだ。
「しかしそれでも……やっぱり桜花を降りてくれ!」と捕鯨青年は懇願した。「こんなことで命を捨てたらいかん。俺たちは仲間じゃないか。一緒に、平和な国で、働いて暮らすんだよ。今ここでお前が死んじまうなんて、俺は絶対にいやだ!」
涙ぐんで叫ぶ捕鯨青年。少年は何か答えようとして喉を詰まらせ、ふと瞑目した。
「魚雷発射まで……十秒! 九、八、七、六……」
艦長の秒読みが聞こえ、ゼロのカウントで甲板がびりっと振動した。
艦首水面下の八本の発射管から、一斉に魚雷が放たれたのだ。八本の航跡が最初は見えたが、すぐに海面の反射に紛れて、すっと消える。酸素魚雷の隠密機能だ。
「桜花発射まで二分五十秒!」
三分近くかけて、八本の魚雷が、G
「……さん」少年は捕鯨青年の名前を呼んで言った。「あんたはいい人だよ、ホントに世話になったよ、ありがとう。……でも、おいらは逝くよ。その方が寂しくない。この国、もう、絶対に良くならない。大人はクズばっかりだ。ああ、あんたや仲間たちは別だぜ。でも、今、なにもかも終わりにしたくなったんだ。こんな国、勝手に滅びたらいい。なくなっちまえばいい。ただおいらは、アイツと一緒に、何もかも終わりにしたいだけなんだ」
捕鯨青年は胸をえぐられる思いで、少年を見つめた。特攻で死ぬことを運命づけられていたのに、戦争が終わると、大人たちはあっさりと少年を捨てた。もう用無しだとばかりに、
……責任を取りたくないからだ。
捕鯨青年はそう思った。大人たちはだれひとり、この少年にカンオケを用意したことの責任を取らない。ゴメンと詫びることもない。ただ、知らん顔をするだけだ。
だから、少年は絶望した。
そして、少年と同じように……G
「桜花発射までまもなく残り一分……」司令塔の艦長がカウントダウンに入った。「あと60秒……55秒」そこで桜花の異変に気付いた。捕鯨青年と女性記者がキャノピーに手をかけて、何か話している。ただならぬ気配。「……どうした、桜花、異常ありか?」
「異常なし、秒読み続行ねがいます!」とインカムで元気に答える少年に、女性記者が悲鳴に近い声を投げかける。
「ダメよ! 死んじゃダメ!
しかし少年は、ぞっとするほど孤独な笑みを口元だけに見せて、答えた。
「みんな死んだ。おいらの実家はナガサキなんだ。家も人も、なんにも、ない」
女性記者は言葉を失った。そうなのだ。なにもかもすべてを奪われ、限りない孤独の奈落に落とされてなおも、特攻で死ね死ねと吹きこまれ続けて、そして終戦の一瞬にして、国から大人から、黙って無視を突き付けられた人格。
これもまた、無辜の少年の心を殺す、殺人の一つではないか?
わかったかい、と少年は女性記者にうなずいた。その瞳には、ただ一つの覚悟しかないことを彼女は知った。おいらは運命のまま歩むだけだと。
女性記者はただ茫然として、でも、なにかせずにおれなくなって……敬礼した。
これまで軍の飛行基地の取材で、特攻に飛び立つ、いたいけな若鷲たちを見送った時のように。
「軍隊の敬礼なんかするな!」少年が厳しい視線で反発した。「おいらは、おいらだ!」
はっ、と女性記者は手を下す。
……ああ、そうだよ、飛ぶのはおいらだ、軍人じゃない……と言いたげに、少年はニカッと笑い、親指を立ててサムアップ・サインを送った。
女性記者も、同じことをした。涙ボロボロの泣き笑いだったけれど。
「桜花発射まであと……十秒、九、八……」
最後に少年は顔だけ振り向いて、老人に別れを告げた。
「博士、さようなら」
博士は甲板に土下座していた。苦渋の涙にまみれた顔を上げると嗚咽した。
「すまん、許してくれ……この老いぼれをどうか許してくれ!」
力を失い、おろおろと頭を下げる博士を抱き起すと、捕鯨青年と女性記者はジェットの爆風を避けるために、
ドオン、ドオン……と爆裂音が海面を震わせた。第三台場の石垣に次々と水柱が立つ。魚雷命中。と、寝そべっていたG
少年の声がカウントダウンに加わる。
「三、二、」
そこでジェットエンジンが咆哮した。ゴッと火炎がノズルから噴き出すと、たちまち一本の噴流にまとまって安定する。
「一、ゼロ!」
ドン! と圧搾空気が桜花を押し出したかと思ったら、ばねで弾かれたように機体が疾駆、G
*
少年の予測は正しかった。G
桜花は外れた。その代わり、G
一瞬のことだっただけに、G
そのとき、G
キぃぃぃン……と尾を引くジェットの推進音を聞くのはG
ドオン! ……と、ソニックブームが
爆発。G
それは、培養と濃縮を重ねた微生物だった。
G
恐竜の巨大化をマッド軍人たちによって強制的に研究させられた博士は、恐竜の生体サンプルを使った実験を通じて、恐竜の巨大化は“可逆的なプロセス”であることを突き止めていた。恐竜を怪獣化させる遺伝子の働きを止め、バックギアにシフトさせる遺伝子も存在していたのだ。
その、「バックギア遺伝子を超高速で発現させる」スイッチを入れるのが、博士が開発した微生物だった。きわめて単純にいうなれば、“元の恐竜に戻る病気”、いわば進化の逆である“退化病”に感染させられたのだ。
陸軍登戸研究所の極秘の研究分室で、博士はその微生物……G
その研究手法は、生物兵器の開発プロセスと同じだった。
来るべき本土決戦のあかつきには、治療困難な病原体を砲弾に詰めて敵軍にばらまくという、自滅的としか言えない悪魔の研究だったが、博士の良心が滅びなかったことで、今、G
怪獣の細胞はとろけ、崩れ落ち、小さく縮んでゆく。
湯気のようなガスをもうもうと放出し、不気味な臭気を撒き散らし、ドロドロの粘液に包まれた状態で、G
死んだのか、仮死状態なのか、それはわからない。
伊401号の人々は、ただひたすらにG
誰からともなく、両手を合わせて黙祷した。
*
桜花の少年は、還らなかった。
【次章へ続きます】
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