131●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑦ヤツのトドメは、こいつで刺す?

131●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑦ヤツのトドメは、こいつで刺す?




 “減速材モデレーター”とは、博士が開発した“対Gじーごう”兵器で、直径およそ50センチ、長さ1メートルあまりの筒状カプセルに収められていた。

 Gじーごうの動力は、腹の中の生体原子炉から得られている。減速材モデレーターは、生体原子炉の内部に送り込まれると、その核反応を抑制して、原子力エネルギーの生産を減速させる。その後、数十分で核反応は停止、同時に細胞を巨大化させて肉体の再生産を続ける遺伝子も活動を停止する。

 するとGじーごうのボディは元の恐竜サイズに縮小する。仮死状態に戻るか、その前に生命エネルギーが使い果たされて、死を迎えるかのいずれかだ。

 人類が、確実に、そして半永久的にGじーごうを倒すことのできる、唯一の武器である。

 しかし問題は、「いかにしてGじーごうの体内に減速材モデレーターを送り込むか」であった。


 GHQから、回答があった。

 横須賀港には旧日本海軍のモンスターサブマリン、伊401号が残っていた。

 同型艦の伊400号とともに、1945年10月に佐世保へ回航、そののち米国へ移送して調査に供されるはずだったが、伊401号だけが機関の修理が長引いて、出航が遅れていたのだ。

 単発の水上攻撃機を三機収容する巨大な格納筒かくのうとうと、海軍で最大級の全長26メートルに及ぶカタパルトを上甲板に搭載した潜水空母だ。艦の全長は122メートル、常備排水量は五千トンを超えて軽巡洋艦並み、そして魚雷発射管は艦首に八門も装備している。


 GHQが注目したのは八門の魚雷発射管だった。

 魚雷の一本の弾頭に減速材モデレーターを装填し、まずは他の七本を発射して、Gじーごうにダメージを与え、動きを抑える。直後に減速材モデレーターを装着した魚雷を発射、一撃必中でGじーごうを屠るのである。

 とくに日本海軍の酸素魚雷は、米軍の魚雷に比べて、航跡をほとんど残さない。Gじーごうの視力が回復しても、命中する直前まで魚雷接近に気づかないだろう。


 砲撃でも爆撃でも、そもそも命中率が不確かなので、一撃必中を狙えるのは、魚雷攻撃だけだったのだ。


 伊401号は佐世保への回航準備を終えたばかりで、いつでも使える状態にある。

 しかし、“魚雷作戦”は頓挫していた。

「G公の野郎、第三台場を座布団にしちまいやがった」

 捕鯨青年がぼやく。これでは魚雷を撃っても、台場の石垣に当たって自爆するだけである。

「カタパルトは、使えない?」と女性記者が提案した。「アメリカで、ミサイルとか呼んでいる翼のついた爆弾に減速材モデレーターを詰めて、カタパルト射出で撃ちこむって、無理かしら?」

 しかし、そんな都合の良い、「みさいる」なるものが見つかりそうにはなかった。そもそも「みさいる」なるハイカラな用語自体、捕鯨青年には初耳である。

 しかし。

「あるよ」と捕鯨青年の部下の少年が言った。「おいら、知ってる。隠し場所に案内しようか」


       *


「ここは横須賀港から十キロもないぞ。灯台元暗しだなあ」と捕鯨青年が驚嘆するその場所は、横須賀市南部に位置する海抜206mの低い山、“武山たけやま”の中腹だ。雑木林に囲まれた野菜畑に隣接する、今は廃墟となった牛小屋である。戦時中の食糧難で、二十頭ばかりいたはずの牛はみんな焼肉か牛鍋かホルモンと化して消費され、空き家となっていたこの場所を、少年は格安で借りて住んでいるという。野菜畑は自炊用だ。

 牛小屋の中にはボロボロのむしろと牛糞まみれのわらでカモフラージュされた軍用トラック。その荷台には、全長八メートルの金属円筒、両側に外してある翼を取り付ければ、全幅九メートルのサイズになる。

 先端はロケット状にすぼまり、後端は前後方向から見てH形に尾翼が付けられ、小型のジェットエンジンがノズルを開いている。そして筒の中央には一人乗りのコクピット。

「これ、桜花じゃない? 人間爆弾の……」

 女性記者がため息交じりに帝国海軍の特攻兵器の名をささやく。人間のパイロットが乗って爆弾とともに体当たりする航空特攻。そして桜花は、爆撃機の一式陸攻の下腹に吊り下げられて敵艦隊の近くへと運ばれ、そこで切り離される。まさしく“有人ミサイル”だ。生還は絶対不可能という、残酷極まりない兵器。

「桜花43《よんさん》甲型試作零号機」と、少年は淡々と紹介する。「山の裏に海軍の武山基地があったよね、第527航空隊、本土決戦になったら丘の上のカタパルトで桜花を打ち出すつもりだったんだ。おいらはそこで訓練してた。こいつは伊400型潜水艦のカタパルトで発射するために造った新型さ。ふた月前まで、お国のために死ね死ねと訓練でシゴキ上げて、八月十五日になったとたん、大人はみんな、金目の物を持ってどっかへ逃げて行った。桜花とおいらだけを残してね。なんて薄情な奴らだと思った。だからこいつをもらって、ここに隠した」

「こんな危ないものを、ボク一人で?」

 子供扱いする女性記者に、少年は冷ややかに答える。のちの学制で高校二年あたりの年齢だ。

「こいつ、おいらのカンオケなんだぜ。大人はみんな、そう言っていた。自分のカンオケ持って帰って、何が悪い?」

 それにしても、基地からわずか数百メートルのボロボロの牛小屋に隠されていたのは盲点だった。桜花43甲型試作零号機など、極秘も極秘の扱いで、そもそも存在しないことになっていたから、なおさら盲点化したのだろう。この場所に隠されてまだ二か月ほどであり、その桜花の機体は、つややかに照り輝いている。

「使わせてもらって、いいかな?」と捕鯨青年は真摯に尋ね、少年がうなずくと、頭を深々と下げて礼を述べた。

「ありがとう」

 博士も女性記者も、少年に頭を下げた。

 桜花を載せているトラックのエンジンをかけようとした捕鯨青年を、少年は止めて忠告する。

「盗難防止のため、クラッチのギアからワイヤーを伸ばして、桜花の弾頭の信管につないであるんだ、それを外さないと」

「うげっ!」と運転席で飛び上がる捕鯨青年。ドッと噴き出す冷や汗をぬぐう気力もなく、つぶやく。「こいつの弾頭、めっちゃ重いだろ?」

「正しくは800キログラム」と少年。

「くわばら、くわばら……武山たけやまが半分くらい吹っ飛ぶぜ」

 初めて少年は笑った。自らをあざ笑うように。


       *


 桜花の実用弾頭を取り外してGHQに引き渡し、かわりに減速材モデレーターのカプセルをセットして、機体を伊401号のカタパルトに搭載する作業は迅速に進んだ。桜花の機体が新品同様であり、しかも伊400型のカタパルトに合わせた仕様だったことが大いに幸いした。

 伊401号は横須賀を出航し、朝ぼらけの東京湾を、浮上したまましずしずと進む。

「Gじーごうのやつ、第三台場で寝そべってやがる。高いびきのところを、魚雷の一斉射でたたき起こす。やつは立ち上がってこちらに正面を向ける。そこで、やつの腹をめがけて、カタパルトで桜花を撃ちこむ」と説明する捕鯨青年。カタパルト射出の寸前に桜花のジェットエンジンを起動しなくてはならず、その役目は操縦法を会得している少年が買って出た。桜花のコクピット脇に立って、キャノピーを開けた状態で点火レバーに手をかけている。

 発射された桜花はパイロット無しの無誘導で直線飛行する。そのため、艦首正面にピタリとGじーごうをとらえていなくてはならない。伊401号の乗組員は旧海軍の日本人とアメリカ人の混成チームだが、実際の操艦はもっぱら日本人の役目だ。

「おもかーじ……もどせー」

「よーそろー……」

 と、司令塔から艦長の指示が聞こえる。

 低速の忍び足でそろそろと接近する。

 かすかにもやっていた空気が、日の出直前の曙光を受けて、澄み切った透明の風となった。

「よし、進撃、最大戦速!」

 ブオオオ……とディーゼル音を奏で、伊401号は水上速度18ノットに加速する。

 第三台場のGじーごうまで一直線。

「艦首発射管全管、魚雷発射よーい!」

 艦長の声が響いたとき、カタパルト射出位置の桜花から、インカムを通じて少年の声が返った。

「あと五分でジェットエンジンに点火しまーす。艦長、秒読み開始ねがいます!」

 しかし、そのとき。

 射出の衝撃に備えて格納筒かくのうとうの前端に開いた扉の背後に待機していた捕鯨青年、女性記者、そして博士が慌てて飛び出し、桜花へと走った。捕鯨青年が叫ぶ。

「やめろ! 何をするんだ!」

 少年はコクピットに搭乗し、パシッとキャノピーを閉めていた。





   【次章へ続きます】




※作者注……横須賀近辺の“武山基地”で、陸上カタパルト射出方式の桜花が訓練されていたことは史実と思われます。伊400型のカタパルトから桜花を発進させる着想は“桜花43型甲”として計画されましたが、実現には至らなかったようです。

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