130●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑥ヤツと決着をつける最終兵器は?

130●『ゴジラ-1.0』の物語を妄想推理する。:⑥ヤツと決着をつける最終兵器は?




 しかし……

 砲撃音がナガト艦上の人々を襲った。

 ナガトの様子がおかしいと気づいた潜水艦タイルフィッシュが接近してきて、互いの顔が見えるようになったところで、“初桜”の艦橋に陣取っていたマッド軍人の仲間たちが発砲したのだ。“初桜”のマストには旧日本海軍の軍艦旗が翻っているので、正体バレバレである。

 マッド軍人の一味が“初桜”の艦橋や前甲板に据え付けた口径12.7ミリのDShK38重機関銃が火を噴く。

「オー、チャイニーズ・デグチャレフ!」

 イワノフが機関銃の愛称を叫んだ。某国の設計だが中国大陸で製造されたコピー兵器なのだろう。大陸からの引揚船に隠して密輸入した、素性のややこしい品物と思われる。

 潜水艦のマストの星条旗がボロボロに撃ち抜かれ、司令塔セイルや潜望鏡の支塔が穴だらけになる。

 しかしタイルフィッシュも負けじとばかりに応戦する。搭載している40ミリ機関砲、20ミリ機銃各一門、そして12.7センチ口径の主砲一門が順次発砲。

「タリ・ホー! キル・ジャップ!」

 タイルフィッシュの副長が司令塔で砲戦指揮を執りながらブローニング拳銃を振り回し、威勢よく叫ぶのが聞こえた。どちらかと言えば喜んでいるように聞こえたのは気のせいか。

「鬼畜米英! 撃ちてしやまん!」

 “初桜”のマッドな連中も、今どき言ってはならないセリフを叫ぶ。たちまち太平洋戦争が再開されてしまったが、やっていることはヤクザの襲撃行動カチコミと大差ないような。

 “初桜”の船体も敵に向けていた側がハチの巣状態になり、双方に負傷者が続出したところで……

 バリバリ、ガンガン、ドカンドカンとかまびすしい軍事的喧騒を聞きつけて、桃色に染まった頭部を持ち上げ、ぐるりと巡らせたのはGじーごうの方だった。戦闘現場から数キロメートル離れていても、その音の意味は明白である。

 自分への攻撃か!

 そう解釈したGじーごうはきょろきょろと顔を回した。まだ目は見えないが、耳たぶを可能な限り延長し、頭の左右に三角形にピンと立てる。

 音源の方向をほぼ特定すると、巨大顎ビッグジョーズをくぱっと開いて……

 

 その十数秒前、捕鯨戦艦ナガトの露天艦橋。

 潜水艦タイルフィッシュと“初桜”の戦闘が始まって、何事かと気色ばんだマッド軍人、その刹那の隙をついて捕鯨青年が動いた。マッドの部下の男の股間を蹴り上げ、小銃を奪って発砲、その弾丸が、マッド軍人の小銃を弾き飛ばす。二人は組み合って殴り合う。

 捕鯨青年の部下の少年がイワノフにタックル、不意を打たれたイワノフは倒れざまにリモコンを落としてしまう。飛び寄ってリモコンを奪う女性記者。

 しかしイワノフは頑強だった。少年の腹を蹴とばしざま、女性記者に襲い掛かる。ほれっ、と反射的に彼女はリモコンをパス。少年がキャッチする……かと思いきや、恐るべき脚力でジャンプしたイワノフが、外野フェンスに飛びついてギリギリホームランの球を捕ってしまう外人選手よろしく、片手でリモコンをわしづかみに奪い取った。

「ふえっへっへっ……ナイスキャーッち! ニエット? ダー!……」

 ぜいぜいと肩で息をしながら、露天艦橋の前方手すりの外側を取り巻く、すのこ状の遮風装置に仁王立ちとなって勝ち誇るイワノフは、シベリアタイガーを思わせる雄叫びを上げた。

「ウオオオ、ウラー!」

 その声に返すように、マッド軍人を殴り倒したばかりの捕鯨青年が叫んだ。イワノフの両足の間から、背後数キロメートルの彼方でGじーごうがクッパリと口を開けるのを見たのだ。

「伏せろ!」

 捕鯨青年は女性記者を抱いて床に身を投げる。その隣に少年もころがった。

 カッ……と視界が真っ白な放射光に満たされると、逆光で黒い影となったイワノフの背中がゴッと発火、瞬時に全身がドロドロの肉と骨の塊と化して倒れ掛かって来た。併せて強烈な熱波が全員の皮膚を襲う。百年まとめて日焼けをしたかのような、ビリっと来る火傷やけど感覚。

「わ、わ、わ、人間ヤキトリっ!」

 パニックのあまり、一生のトラウマとして自意識に刻まれる悲鳴を上げるとともに、床に倒れた姿勢のまま両足で蹴り上げて、悪漢の焼死体を跳ね返した女性記者。間一髪、ウナギの蒲焼き同然の半焼けイワノフに抱きつかれるところだった。

 床に伏せ遅れたのはマッド軍人の部下たちだった。露天艦橋にいた数名は全員、上半身がネギ抜きのモモネギマヤキトリと化して、飛び散る。

 眼が見えないため、砲声などの音を頼りにGじーごうが放った放射熱線はビームの絞り込みがゆるく、相当にピントが甘かった。目標物を刺し貫くのでなく、ギラリと照らす……つまり照り焼きだ。直撃を受けると生身の人間が焼死する威力があったものの、軍艦の鋼板を溶かすほど高カロリーではなかったのが幸いした。

 ナガトの檣楼しょうろうの上半分は黒焦げになったが、致命傷ではなく、露天艦橋の手すりの下に伏せたものは助かった。

 そこで、がちゃん、と床に転がるリモコン。

「渡すか!」とマッド軍人が飛びつく。抱きかかえたとたん……

「うあーっチッチッチ!」

 耐え切れずに放り投げる。リモコンのスチール外殻は桃色に焼けたままなのだ。

「うおっ」と、捕鯨青年は落ちてきたリモコンを蹴り上げた。ワイシャツにネクタイのサラリーマンスタイルだったので、紳士靴のつま先が溶けて焼けるが、最大加熱の焼き肉鉄板状態のリモコンを素手で受け止めるわけにはいかない。

「パス!」と蹴鞠けまりの如くパンプスで弾き、リモコンを空中に保持する女性記者。

「はいっ!」と少年も、露天艦橋の手すりの向こうへ落ちるリモコンに半長靴を当てて逆方向へ跳ね上げる。「ナイス!」と、タイトスカートをたくしあげた女性記者がパンプスキックで受けるところだったが……

「させるか!」

 両腕の服が焼けて火傷を負ったマッド軍人だったが、渾身のジャンプでリモコンを抱きとめた。「心頭滅却、火もまた涼しぃぃぃぃぃぃ!……」と精神論な気合を捕鯨青年たちの耳にこだまさせて、露天艦橋の外へ飛び出してしまう。

 リモコンを抱えたマッド軍人は、ぶすぶすと煙を引いて空中でもんどりうつと、空っぽの機銃台にバウンドして悲鳴を上げ、上甲板の縁に引っかかり損ねて海面の小さな水柱となった。

「総員退艦! 全員、ナガトの艦尾方向へ逃げるんだ!」

 捕鯨青年が伝声管に叫び、砲塔や発電機室から捕鯨仲間たちが数十名、ばらばらと甲板を走って、船尾に接していたタグボートに飛び移る。捕鯨青年、部下の少年、女性記者の三人は、海図台の下に避難していた古生物学者の博士を連れてタグボートへ走る。Gじーごうが次に、ピントの合った放射熱戦を向けてくれば、さしものナガトも爆沈の危険があるのだ。

 潜望鏡が焼けて折れ曲がり、司令塔が黒焦げになった潜水艦タイルフィッシュも、木甲板がまだ焚火状態キャンプファイアのまま、タグボートに続いて横須賀港へ一目散であった。

 それから数回、Gじーごうは放射熱線の盲目攻撃ブラインドショットを繰り返した。着色弾で眼を潰したと判断したGHQの航空隊が再び爆撃を試みたからだ。

 しかし、プロペラの爆音は隠せなかった。耳をすませて聴力に磨きをかけたGじーごうの放射熱線はナイフのような鋭さはないまでも、空中に松明トーチを振り回すような効果があった。爆撃仕様のアベンジャー、そしてB29も機体の下半分が赤熱する。さっさと爆撃を終えたものは助かったが、爆弾を積んでいた機体は誘爆によって墜落していった。


       *


 日没が迫る中、Gじーごうは石垣に囲まれた五角形の“第二台場”に上陸して、腰を据えてしまった。台場とは、江戸時代に品川を防備するために幕府が東京湾に建設した小規模な人工島で、砲台を備えた堡塁である。ただし終戦後の今は武器を撤去している。このほか隣り合って第一、第三、第五、第六の台場が残されているが、Gじーごうの攻撃を恐れて、人間はすでに避難済みとなっていた。

(ちなみに1954年のゴジラ第一作で、夜間に品川へ再上陸すべく、海中から首を出して進むゴジラの背景に、無人灯台らしきともしびが瞬く平たい小島が三つ見えますが、あれは当時のお台場と思われます)


 GHQは次なる作戦として、夜間に長距離で魚雷攻撃をかけることを検討したが、Gじーごうがお台場の上に載ったことで、不可能となった。

 さらに、マッド軍人の一派に乗っ取られた元駆逐艦“初桜”と捕鯨戦艦ナガトは第三台場の北、沿岸市街地の側に停泊している。GHQが南側の横須賀方面から艦船で攻撃をかけるには、第三台場の石垣が盾になっていた。

 こうして、どこか手づまりな状況が続く中で、Gじーごうは第二台場に腹ばいで寝そべると、首を伸ばして顔面を海中にひたしてはザバザバと左右に振り、眼窩にこびりついた塗料を落とそうとしている。

「あいつ、顔を洗っているわ」と、夜間双眼鏡を覗く女性記者。「こうしてみると、ちょっと可愛いわね。三角の耳がぴんと立って、正面から見るとニャンコみたい」

「あの、大きすぎる耳は突然変異で自ら作り出したものだ。視力を失う、という身体条件の変化に即応したのだ。かなり高度な聴音機だよ。しかも夜明けには顔を洗い終えて、視力が回復するだろう」と、古生物学者の博士が言う。

「油性のペンキじゃないんですか」と女性記者。

「水性塗料だよ。だから水柱に色をつけられるんだ」と、少年。

「まずいな、このままでは夜明けに再上陸するぞ」と捕鯨青年。「あいつらのリモコンが壊れていれば、いずれは南の海へ帰るだろう。でも、そうだとしても、GHQが、あいつを黙って東京湾の外へ逃がしてくれるとは思えない」

 Gじーごうに蹂躙された日比谷公園から銀座の一帯は消火こそできたものの、まだ煙が重たくたなびいている。危機を感じたGHQは皇居前の第一生命館ビルを撤退して、横浜の日吉台に掘られていた旧連合艦隊司令部の地下壕に避難していた。捕鯨青年たち四人は今、日吉台の陸上施設に建てた仮設の見張り塔からGじーごうを監視している。

「陛下も、内々のことだが、長野県の松代へ臨時で行幸なさったらしいと、重光大臣から知らされた。事実上の皇室疎開だね。これはいよいよ、本土決戦と同じになってきたよ。我々の“終戦”はいったい何だったのだろうか? 学者としては、あのGじーごうを全世界の生物学に寄与する貴重な標本として研究したかったのだが、もうすでに、一般国民の犠牲がその限界を超えてしまった。いや、一人だって死んではならなかったのだ……」と苦渋の心中を語る博士。

 そこへGHQの伝令が報告する。

「博士、“減速材モデレーター”を充填したカプセルが完成しました。必要量を規定サイズに収めた結果、弾頭重量は400キログラムになります。潜水艦伊401号も横須賀港で出撃準備完了です」


       *


   【次章へ続きます】



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