124●我がボンビークック(4)ウナギをタジンする。
124●我がボンビークック(4)ウナギをタジンする。
鰻、ウナギ。
高級魚ではあるが、スーパーなどで、今のところ、どうにか庶民の購入価格帯の上限ギリギリに君臨している必須食品である。
手が届くなら届くうちに喰っておきたいものだ。このご時世、いつ、突然に超高価な高嶺の花と化して、死ぬまで一生食えなくなるかもしれないのだから。
にしても、お高い。
国産なら一尾三千円くらいから、廉価なC国産でも一尾千五百円はくだらない。
昔はもっともっと安かった。
あの憎っくきABノミクスが始まる前の、円高デフレの時代、2010年頃は、軒並み現在の半額であった。それを夕方の値引時間帯に買っていたから、国産でも千円以下で食べられていたのだ。
恨んでも恨んでも恨みきれないABノミクス。
あれから十年、生鮮食品の価格は倍以上に跳ね上がった。
そこへ消費増税が輪をかけて、庶民の首を絞める。
くたばっちまえABノミクス!
価格高騰は、スーパーの店頭から憧れの食材を駆逐してしまった。
十年前は、“銀ムツ(メロウ)”という、照り焼きにしたら滅法美味いお魚が、ブリの切り身程度のお値段で買えた。
今、“銀ムツ(メロウ)”は庶民スーパーからすっかり姿を消している。
さらにここ数年、“生ウニ”も庶民スーパーから遁走してしまった。
高くても、半年に一度くらいは……と購入したものが、もはや手の届かぬ異世界へと転生されてしまった感がある。
おおかた漁獲量が減ってさらに高級化し、高級料亭でセレブか政治家の胃袋に直行しているのであろう。侘びしいことである。
マツタケも然り、庶民スーパーには瞬間風速的に出現するが、たちまち風のように去ってしまわれる。せめて、ながめて楽しむ羨望のひとときすら、今は得難い機会となってしまった。
これが21世紀なのか。
サンマの缶詰すら、去年百円だったものが、今年は180円だ。
なにかこう、ゾッとする。
政府は電気やガスやガソリンの値上げ対策をやってますという(ふりしてるだけかもしれない)アナウンスは熱心だが、庶民が直面しているのは、日々の食い物の値段でもあることを忘れないでいただきたいものである。
それなら、さぞやお困りでしょう、と、各世帯の子供一人当たりにコメ10㎏を恵んであげようというご親切な自治体も現れた。
しかし経験上、コメの値段は、それほど大きく上がっていない。
庶民的な個人の感想だが、だいたい10キロで三千円台のまま、ここ十年ほどを推移している。
もちろん高級ブランド米でなく、リーズナブルで安価な複数銘柄をミックスした、ブレンド米のことだが。
問題は、どのランクのお米を配布するのか、だ。
ブランド米とブレンド米、たった一字違いで、倍ほどお値段が開く。
子供一人当たりに一袋配布するとしたら、全てを同じブランド米で統一するのは無理だろう。
ハッキリ言って、相当な格差が生まれる。
これは“米ガチャ”である。あたりとハズレが出てくるはずだ。
この不公平感は、けっこう根に持たれるぞ。食い物の恨みである。
令和の米騒動を誘発しなければいいが……
それに、ブランド偽装をされないとは限らない。
謎のコシヒカリの正体が、じつは 古古米との半分ミックスだったとしても、バレないのではないか?
その上、現物を各戸に配達するコストが数十億円かかるらしい。
やめていただきたい。
そんな予算があるなら、所得制限を設けて、片親で育児する家庭、あるいは、こども食堂、その他、“宗教二世”など、深刻な貧困に直面する人々を優先して救済すべきではないか。
だいたい、金持ちの家は「ウチは産地限定のコシヒカリ以上のランクしか食べません」だったりする。お里の知れないブレンド米など家畜のエサと同等視されているのだ。そんなお家にコメを配布するなど愚の骨頂であろう。
それにもう一つ。
この自治体の子供の数、およそ百万人である。
子ども一人に10キロのコメを配れば、計一万トン。
かたや、ここ十年ばかりコメの値段が比較的安定していたのは、若者の主食がコメからパンへシフトしたことで末端の売り上げが落ち、在庫がダブついたことに原因があるだろう。
それを自治体が買い上げて、子供のいる各戸にコメを配布すれば、一時的に官製の大量特需が生まれ、コメ業者は余った在庫を一掃できるわけだ。
しかも値引きなし、正価で現金化できるのである。ウハウハ商売とは、このこと。
これ、
子どもの貧困の救済でなく、“コメ業者の救済”でなくて、何と言おう?
しかも官製特需で一万トンものコメが
これ、狙っているんじゃないか?
品薄を口実に、コメのお値段、ワンランク上げるんじゃない?
だから絶対にやめていただきたい。
まあ、政府のホンネとしては、万事万物、値上げ推進なのであろう。
モノの値段が上がれば、消費税の税収も自動的に上がるのだから、政府ホクホク。
国を挙げてインフレを推進するホンネ、そこにあるんじゃない?
だから消費税、ムカつくんだよね。
*
前置きが長くなりすぎた。
ウナギである。
かば焼きにされた、ウナギ様の全身焼死体のことである。
お高くなっても、やはり定期的に食いたくなる。
脂っこい焼肉やすき焼きは、そのギトギトさを脳内再生することで、まあいいやと敬遠できても、あるいは銀ムツやウニやマツタケはしょせんひょっこりと地球を訪問した宇宙人みたいな珍品だったのだと諦めるとしても、ウナギは食いたくなる。
食えるものなら、ふた月に一回くらい、食したいものだ。
江戸時代から庶民のスタミナ食材だったのだから、日本人のDNAにバッチリフィットしているのであろう。ニッポンが世界に誇るソウルフードの一つではないか。
同じウナギでも、テムズ川の特産ブツ切りゼリー漬けウナギは、見ただけで、なんともはや、食う気が萎えるしね、あ、あくまで個人の感想ですよ。
しかし、お高いウナギ様。
ゆえに、まさかの三割引きとか驚愕の半額とかに巡り合ったら、即、マストバイ。
あとは冷凍し、後日に適宜、冷凍庫から発掘して食する。
しかし問題は……
たまにハズレがあることだ。
国産、C国産を問わず、ときとして、まるでゴムのような食感の、グニグニした肉質のハズレウナギが出現する。
これは哀しい。値引品でも一尾千円以上なのである。長靴の縁を
しかし……
改善策は、あった。
タジン鍋である。
あの、富士山型の
超簡単に圧力鍋に類する高度なクッキングを可能にする、人類史を揺るがす大発明なのであるが、どうやら特許が申請されなかったらしく、お安く購入できる。ありがたいことである。
当家はタジン鍋を食材加熱に多用している。
お野菜をそのまま加熱調理するのはもちろんだが……
なんといっても、“貝の酒蒸し系”に、とりわけ威力を発揮している。
アサリにハマグリ、そしてホタテ、最近では貝殻つきのカキが、美味に仕上がる。
日本酒との相性抜群。
貝を皿に載せてお酒と調味料を振り、レンジでチンするところを、かわりにタジン鍋を使うだけで、明らかにワンランクアップしてくれるのだ。
要するに「美味さを逃がさずに、ほどよく柔らかく仕上がる。かつ、独特の生臭さもかなり取れる」のである。
これを、冷凍ウナギの解凍に応用する。
ウナギは凍ったまま、適切にカットする。
浅めのお鉢に入れ、タジン鍋にセットする。
このとき、お鉢の底の“台”とタジン鍋の表面が密着すると、そこだけ異常な高温になって、鍋の破損につながる恐れがある。
そこで、鉢の底面とタジン鍋の表面の間に、使い古しの割りばしを挟んで、わずかにお鉢の底を浮かせる。
そしてタジン鍋に適宜水をいれて蓋を閉じ、数分加熱、しゅんしゅんと湯気が噴き出してしばらくしたら火を止めて、あとは余熱で蒸らす。
やわらかいフワフワウナギの登場である。
これで、ゴム状のハズレウナギは解消された……と思う。思う、というのは、なにぶん貴重食材ゆえ、実験サンプル数が極度に少ないからだ。
とはいえ、まあ常識的に、電子レンジで解凍するよりも、低リスクで美味しくなることは間違いなかろう。
電子レンジの加熱は、やはりワイルドである。
卵を入れると爆発するし、猫を入れると殺人光線の実験チャンバーに化すと言われる。意外と残酷でデンジャラスなのだ。
ここへ冷凍ウナギを入れて熱すれば……
加熱時間が足りないとゴム感触が残るし、加熱しすぎると水分が飛んでしまい、ギチギチネチネチした食感になってしまう。ウナギ様の焼死体をさらにミイラ化するものと心得てよかろう。
これがタジン鍋の場合、ほぼ例外なく、ふんわりと柔らかに出来上がる。
箸を入れればホロホロと崩れる儚さもあるが、舌の上でとろける感触はそれなりに優雅でもある。
いや、しかし、フニャなウナギは物足りない、もっとコシのある、しっかりした肉質のウナギを食べたいという向きもあるだろう、私もそうである。
心配ご無用。
アツアツの時はフニャだが、冷めれば、それなりに硬くなるのだ。
死後硬直ではあるまいが、まあ、そんな風情でもある。
お鉢の中で、冷めて適度に硬くなり、甘いタレも凝り固まった状態の死後硬直風ウナギ様に、アツアツのご飯をお椀に半分程度、上からそっと載せて、溶けたタレを沁み込ませつつ、やや硬めのかば焼きを味わう。これが好み。
タレも一滴残らずご飯に吸わせて、完食できる。
この二刀流ばりに硬軟二通りの食感を味わえる、“ウナギ様のタジン鍋解凍法”は、電子レンジに比べると少し手間だが、なにぶん高価な食材だけに、ハズレウナギのリスクを回避し、手間に報いる味わいを満喫できる、堅実な解凍手段といえるだろう……と思う。
以上、なにぶん個人の感想ゆえ、責任は持てませんが、お試しの価値はあるかと。
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