119●おすすめ映像音楽(17)…ジャールの音楽と、全映画の最高傑作『シベールの日曜日』

119●おすすめ映像音楽(17)…ジャールの音楽と、全映画の最高傑作『シベールの日曜日』




 『ベン・ハー』の音楽を作曲して、スペクタクル超大作におけるサントラの王道を築いたミクロス・ローザ。

 彼は引き続いて、『キング・オブ・キングス King Of Kings』(1961年)、『エル・シド El Cid』(1961年)、『ソドムとゴモラ Sodom and Gomorrah』(1962年)の作曲を手掛けて、巨匠の地位を確立します。


 同時に台頭したのがエルマー・バーンスタイン。

 『十戒 The Ten Commandments』(1956)、『荒野の七人 The Magnificent Seven』(1960)、『アラバマ物語 To Kill a Mockingbird』(1962)、

 そして、戦争映画の名作『大脱走 The Great Escape』(1963)で名声を轟かせます。テーマ曲である、あのマーチは傑作ですね。多くの戦争映画のテーマ曲が“戦うマーチ”であるのに対して、『大脱走』は“逃げるマーチ”なんですから。

 強大な敵に対して、知恵を絞って徒手空拳で立ち向かい、一杯食わせてやる……という小気味よさが、諦めを知らない、不屈で明るい旋律に輝いていますね。


 そこに、巨星の如く登場したのが、モーリス・ジャール(Maurice Jarre, 1924~2009年)です。

 とんでもなく、凄い人です。例えば下記の作品の音楽を手掛けられました。


史上最大の作戦 The Longest Day (1962)

シベールの日曜日 Les Dimanches de Ville d'Avray (1962) ※1963年アカデミー編曲賞ノミネート

アラビアのロレンス Lawrence of Arabia (1962) ※1962年アカデミー作曲賞受賞

日曜日には鼠を殺せ 'Behold a Pale Horse (1964)

大列車作戦 The Train (1964)

ダンケルク Week-end à Zuydcoote (1964)

コレクター The Collector (1965)

ドクトル・ジバゴ Doctor Zhivago (1965) ※1965年アカデミー作曲賞受賞

パリは燃えているか Paris brûle-t-il? (1966)

グラン・プリ Grand Prix (1966)


 代表作とされるのは『アラビアのロレンス』と『ドクトル・ジバゴ』ですね。大作名作をことごとくものにして、いずれの音楽も傑作揃い、1960年代から70年代にかけては、もう、どっちを向いてもモーリス・ジャール。特に『ドクトル・ジバゴ』の音楽の華麗さ、壮麗さ、そして清らかさは陶酔ものです。


 おススメCDは、『モーリス・ジャール「アラビアのロレンス」~デビッド・リーンに捧ぐ』(VICP-8088)。

 指揮はジャール自身で、演奏はロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ。亡くなられたデビッド・リーン監督の記念コンサートをライブ録音したもので、サントラではありませんが、ご本人の指揮で、演奏はガンガンに盛り上がっております。

 『ライアンの娘』『インドへの道』『ドクトル・ジバゴ』『アラビアのロレンス』などが組曲化されており、各作品のいいとこ取りで、ジャール・ワールドの凝縮版というのも魅力。ネットでのお値段もお安く、お得な一枚。


 その後、1977年の『スター・ウォーズ』以降は、どっちを向いてもジョン・ウィリアムズ状態になってしまいますが、それまでは映画音楽といえばジャールの右に出る人はいなかったでしょう。



 ジャールが音楽をこなした作品、個人的には次の二作が推しです。

 『シベールの日曜日』(1962)

 『大列車作戦』(1964)





       *


●『シベールの日曜日』(1962)……1963アカデミー賞外国語映画賞受賞


 古今東西の映画作品からただ一作だけ選ぶならば、迷わず、これ。

 史上最高の傑作だと思います。

 舞台はパリ近郊の実在の街、ヴィル・ダヴレイです。

 戦争で記憶を失った青年と、親に捨てられて自分の名前も奪われてしまった少女。

 ふとしたことで出逢った、この世の迷い子である二人の魂。

 その純粋ないたわりの愛は、無情な世間の偏見によって悲劇的な結末を迎えます。

 表面的に見れば、無垢の愛の哀しい物語、しかし……

 タイトルでネタバレされている“シベール”という名が、重い意味を持ちます。

 シベールとは、大地母神キュベレーのこと。

 一神教であるキリスト教社会では否定され、異教の邪神扱いされる、自然神です。

 このキュベレーが、少女に乗り移っていたら、あるいは、少女自身がキュベレーの象徴的化体だとしたら……

 そう仮定すると、突然にすっきりと全編に筋が通ります。

 インドシナ戦争でアジアの異教神を攻撃し、その世界を破壊して、罪の意識ゆえに自分を見失った青年。そこへ古代の異教神キュベレーが少女の姿を借りて現れ、青年の魂に救いの手を差し伸べる……

 という、人類の原罪と救済を語る壮絶なファンタジーに変身するのです。

 キリスト教どころか、紀元前1300年代に史上初の一神教とされる“アトゥン信仰”を打ち出した古代エジプト以来、人類が抱え続けて来た、世界認識と自己認識の“迷い”が、この素朴な愛の物語に重なってくるのですね。

 それをこの上なく美しいカメラワークで描き上げた、無二の傑作だと思います。


 サントラCDは『MAURICE  JARRE  UNPUBLISHED FRENCH FILM MUSIC』(CINEMUSIQUE DCM131)。その中に二曲だけ収録されています。

 曲想も、いかにも異教の音楽。一曲は移動遊園地カーニバルの場面のBGMですが、作中でカーニバルが重要な舞台となっていることにうなずかされます。 

 移動カーニバル、これは日常のキリスト教的社会から隔絶された“異教の祝祭”であり、二人はその不思議な非日常の空間で、自然神キュベレーと交信する鍵となる短刀を授かるのです。


 短刀は、樹に突き刺して、そこから声を聴きとる……つまり、樹を通して、大地の精霊の声なき声をキャッチする装置であるわけです。


 さてキリスト教は伝統的に、昼の宗教です。その祭祀はわずかな例外を除いてほぼ原則的に、夜ではなく、昼に執り行われてきました。

 ウィキペディアの“ミサ”の項によると“20世紀半ばまではミサの行われる時間が厳しく制限されており、降誕祭と復活祭の前夜を除いて午後1時から夜明けの1時間前以前まで行うことができなかった”とあります。


 例外の一つが降誕祭、すなわちクリスマス・イブのミサですね。

 しかしクリスマスという祝祭はもともと、紀元前から存在した異教のお祭り……夜の長さがピークアウトして、昼の長さが伸びてくる、その境目を祝う冬至の祭りだったのでしょう……として成立していたものを、キリスト教が併合したとも言われています。

 古代ローマ時代にキリスト教が流布される過程で、それまでの異教信仰を排斥しきれずに、折り合いをつけた、という見方もありますね。


 従って一般に、夜は異教の魔物が徘徊する世界です。

 吸血鬼ドラキュラや狼男が夜行性の怪物として描かれるのも、なるほどですね。

 “カティ・サークの魔女”として知られる、破廉恥な妖怪少女たちのダンスパーティも、その会場は深夜の墓地でした。

 これら夜の魔物たちを、朝焼けと同時に甲高い鳴き声で追い払ってくれるのが、あの“風見鶏”ということです。教会の檣頂しょうちょう、ときには尖塔の十字架の先端にまで取り付けられているニワトリ風のフィギュアですね。

 あれはただの飾りでなく、魔除けの鳥、なのです。


 で、『シベールの日曜日』の少女が青年に願うのは、街の教会の先頭の風見鶏を取ってきてくれること。

 そしてクリスマス・イブの夜、厳かにミサを進める聖堂の天辺に登った青年は、冒涜的にも十字架の横棒に両足をかけて、風見鶏の撤去に挑みます。

 この風見鶏が外されたとき、ヴィル・ダヴレイの街を覆うアンチデーモンバリアーともいうべき魔物の排除機能は停止し、イブの夜の祝祭は再び本来の姿……二千年昔の異教の祭祀……に立ちかえり、大自然を統べる古代神キュベレーが二人を祝福してくれるのだ……と解釈することができるのです。


 一神教の価値観に満たされた1962年当時の社会にあって、古代の多神教世界は滅びてしまったのか? いや、そうではないだろう。一神教に象徴される“文明”とは逆方向の自然信仰が、私たちのDNAに、ひっそりと、そして宿命的に生き続けているのではないか……そんな、荘厳な思いを呼び起こしてくれる映画作品でもあります。



       *


 ジャールの作曲ではありませんが、作品中に、『アルビノーニのアダージョ』が使われています。このあまりにも美しい旋律は、その他にも多くの映画で採用されていますが……

 そもそもこの曲はバロック音楽家アルビノーニの作品ではなく、現代の音楽家が、アルビノーニの作曲を装って発表した曲、というのが真実らしいですね。

 ある意味、偽作。

 しかもその楽譜出版は1958年。

 1962年公開の『シベールの日曜日』では、最新の現代曲ってことになります。

 三世紀近く昔のバロックのようで、じつは現代音楽。

 主人公を演じるパトリシア・ゴッジとハーディ・クリューガーが1962年の今を生きている、その街角でリアルに流れ始めた新曲なわけです。

 壺は古いが、中身の酒は新しい、ってところでしょうか。

 古いようで新しい、新しいのに古い。

 古代の異教信仰と、現代の文明社会における一神教がクロスオーバーする『シベールの日曜日』の世界観に、不思議とフィットしていますね。




       *


 『シベールの日曜日』(1962)はとかく、元祖ロリコン映画であるかのように評されてきた向きもあります。

 しかし、ロリコンの語源となったキューブリック監督の映画『ロリータ』は『シベールの日曜日』と同じ1962年に半年ほど早く公開されています。両作は並行して制作され、その過程に相互関係はないと思われますので、ごっちゃにしてはなりません。

 元祖ロリコン映画の栄誉に輝く作品は『ロリータ』以外にあり得ないのですから。






※『大列車作戦』(1964)については、話が長くなるので別項目で触れさせていただきます。



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