118●おすすめ映像音楽(16)…交響曲で甦れ、ハネケン先生と、あの爽快な冒険の日々よ。

118●おすすめ映像音楽(16)…交響曲で甦れ、ハネケン先生と、あの爽快な冒険の日々よ。




 さて、音楽ではなく『スター・ウォーズ』エピソード4の映像を楽しむには、やはり最初の1977年公開版に限りますね。

 CGが控えめで、のちにCGを付加した“特別篇”に比べて派手さは弱いものの、そのかわり、実物が前面に出てきて、リアリティが充実しているのです。

 なおのこと、登場人物の演技が光ります。

 それに、なんといってもデス・スターの爆発シーン。

 CGの演出がなく、ポン! と弾けてキラキラと破片が飛び散るさまが、リアルであると同時に、どこかはかなくて余情があるのですよ。

 あれ、ミニチュアの炸裂を真下から撮影して、破片が宇宙っぽく上下左右と手前へ均等に散るように見せたのですね。

 単純なアイデアだけど、そこが面白い。1997年にCG化した“特別篇”で跡形もなくなってしまいましたが、あんな安っぽいCGで隠すなんてもったいない!

 CGがキャバレーのネオンなら、ミニチュア特撮は屋台の赤提灯みたいなもの。伝統文化として尊重されるべきでした。今の若い世代は“特別篇”しか観ていないでしょうが、1977公開版のDVDは、探せばありますので、コレクションに加える価値、大ありですよ。


 ちなみに『2001年宇宙の旅』の冒頭の太陽は、ベニヤ板の背景に開けた円い穴に後ろからライトを当てたものだとか、そんなチープなことを考えたら作品に対して失礼で申し訳ないのですが、なにはともあれリアルな映像を完成させた特撮技術者の努力と根性に拍手! そしてなんといってもツァラトゥストラの音楽効果、あれ聴くと、モノホンの太陽に見えてしまう!


 つまり、個々の場面の音楽が十二分に演出を盛り上げて、特撮のトリックを感覚的に本物と認識させてくれるのですから。その心理効果も秀逸というほかありません。


 ニッポンの特撮映画では、伊福部昭先生の音楽がそうですね。

 あのテーマ曲あればこそ、ゴジラもラドンもバランも本物の怪獣ぽく見えるのですし、『地球防衛軍』のアルファー号、そして『海底軍艦』も本物の巨大メカに見えてくるというものです。

 宇宙戦艦ヤマトも発掘戦艦ニューノーチラス号も、ガンダムもエヴァも、それぞれの音楽あればこそ、本物感を存分に発揮したといえるでしょう。

 音楽が映像に生命、というよりも“魂”を吹き込む。

 視覚と聴覚の双方から感じ取ることで、架空の想像物が実物に近いリアリティで、心の中に像を結ぶ。

 そんな素晴らしい体験を、20世紀の音響技術と作曲家が実現させてくれた、ということでしょう。ムービーサウンドよ偉大なるかな、です。


       *


 ニッポンの特撮&アニメの映像音楽は、1970年代後半の『宇宙戦艦ヤマト』ブームから世紀末にかけて、大きく花開きました。そもそも“アニソン”なるジャンルが確立され、カラオケで普通に歌われ始めたのも、世紀末あたりからでしたね。


 20世紀末の映像音楽を彩った立役者は、三人の作曲家。

 ジブリアニメ作品の久石譲、『サクラ大戦』の田中公平、『超時空要塞マクロス』の羽田健太郎の各先生ですね。続いて21世紀にかけて、『無責任艦長タイラー』の川井憲次、『新世紀エヴァンゲリオン』の鷺巣詩郎、『ローレライ』の佐藤直紀、『シムーン』の佐橋俊彦、『ノワール』の梶浦由記、『ゴジラ×メカゴジラ』の大島ミチルといった先生方の楽曲が印象深いです。


 ジブリ系列のCDでは、『久木田薫 ジブリ・ザ・クラシックス』(アニプレックスSVWC7241)がイチオシ。久木田さんのチェロだけでなく、ヴァイオリンやピアノのアンサンブルが魅力的で、珠玉の一枚。トラック5の『ナウシカ・メドレー』が秀逸、山ほどあるジブリ系CDの中で、特別感あふれる一枚です。

 

 『サクラ大戦』が交響曲化されていないのは非常に残念ですが、『田中公平オン・ブラス!』(AVCL-25823)が、いい感じです。『勇者王誕生!』は百秒で元気になれるスタミナ系の最高峰ですね。この盤にはありませんが、『ゲートキーパーズ』の各曲も大好きなので、いつかまとめてフルオーケストラで聴きたいものです。

 異色のCDが、1998年発売の『銀河鉄道999 ~エターナルファンタジー~オリジナル・サウンド・トラック』(TOCT-10204)です。演奏はモスクワ・インターナショナル・フィルハーモニー・オーケストラ、田中公平作曲で交響楽団が演奏した、クラシックな交響楽のスタイルに近い貴重な一枚かと。『銀河鉄道999』のそれまでの音楽世界とは一線を画しながら、ガンバスターとも一味違う、宇宙スケールの雄大なサウンドに耽溺できます。


 そして忘れてはならないのが、故・羽田健太郎先生ですね。マクロスはもとより『さよならジュピター』(TOCT-11610)も愛聴していますが、羽田先生の曲は壮大な旋律でもどこか優しく、まろやかな情緒に満ち溢れていて、米国のジャズ作曲家コール・ポーターを思わせます。


 羽田先生の最高の一枚は1984年録音の『交響曲 宇宙戦艦ヤマト -ライブ録音-』(コロムビアCOCX-37410)、演奏はNHK交響楽団。2019年に東京交響楽団で再演されたCDの方が明らかに音質はいいのですが、1984年のN響版ではハネケン先生ご自身がピアノを弾いておられ、かつライナーノーツにハネケン先生の苦労話が載っていて、歴史的価値の高い貴重な盤といえるでしょう。

 そもそも宮川泰先生の作曲であるヤマト音楽が、なぜここでマクロスの羽田健太郎先生に委嘱されたのか、不思議なことです。その経緯もライナーノーツに触れられていて、宮川先生が“本当は、私自身がやりたかった”と本音を吐露されながらも、オーケストレーションの力量において羽田先生へのリスペクトがまさって、自ら推薦されたということのようです。

 しかしそれは結果的には、視聴者側からすると、無上の幸運というべし。ヤマトの作曲家とマクロスの作曲家のスピリットが一体となって、事実上の合作が実現したのですから。なにしろヤマト+マクロス、もう天下無敵の一枚です。

 これはハネケン先生がお創りになった唯一の交響曲。作曲も指揮も宮川泰先生がなさった、TVサントラ中心の1977年版『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』に比べて、勇壮で尖った感じの曲想が柔らかく、のびやかに展開されて、カドが取れた豊穣な印象に仕上がっています。

 宮川先生の『交響組曲』が“戦うフネ”ならば、こちらのハネケン版『交響曲』は、情け深い母性に満ちた女神が宿る、“愛のフネ”なのでしょう。

 20世紀の“ヤマト文化”が遺した、最も優美な音楽遺産ではないでしょうか。



       *


 それにしても……

 ヤマトやマクロスもそうですが、『スター・ウォーズ』の音楽も、その裾野が半世紀かけて、大きく広がったことは事実です。

 サントラ以外のバージョンがこれほど演奏されている映画は、他にありませんね。

 それにはやはり、理由があるのでしょう。



 いつまでたっても、私たちが忘れたくない、思い出し続けたい……そんな、何かがそこにあるのでは?



       *


 21世紀、『スター・ウォーズ』の9作が完結した今、大衆が熱狂する作品は、確かに変質しつつあります。

 商業化されたゲームの影響なのか、次々とバトルの連続で、勝てばよし、と思ったらすぐに次なる敵が……と、アニメなどワンクールかけて、ずーっと鬼退治だか怪物退治、魔法幼女が地獄を作ったり、美少女同士で殺し合いして終わるとか。

 “胸のすくような、爽快な冒険物語”は、20世紀文化の残滓として、スクリーンから消えつつあるのかもしれません。

 カーク船長のスター・トレックや、インディ・ジョーンズ、夢あふれるジブリアニメ、のどかでゆったりと人生を思う時間をくれた世界名作劇場も……

 そしてオネアミスの王立宇宙軍に始まり、ナディアやノリコ、レイにアスカと、美少女を冒険に誘ったアニメ群も、ひとつのピリオドを迎えました。


 私たちの人生にとって、大切で面白くて心躍る何かが、世界から少しずつ滅びていくのではないか……

 ここ十年ばかり、奇妙な寂しさにもとらわれるのです。




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