115●おすすめ映像音楽(13)…それは遠い昔、遥か彼方の、あの史劇への回帰……

115●おすすめ映像音楽(13)…それは遠い昔、遥か彼方の、あの史劇への回帰……





 お話を『スター・ウォーズ』に戻します。


       *


 以下は、私の勝手な妄想ですが……


 『スター・ウォーズ』の音楽をどうするか。

 戦前に米国で上映されたスペースオペラ映画『バック・ロジャース』のイントロ解説スクロール画面をオマージュして『スター・ウォーズ』に採用したたルーカス監督です。

 ですから彼は当初、クラシック音楽をBGMに多用した『バック・ロジャース』に倣って、クラシック音楽の使用を選択肢の一つとして検討したことでしょう。


 しかし偉大な先達がスクリーンを圧倒していました。

 『2001年宇宙の旅』(1968)。

 ツァラトゥストラが鳴り響くあのオープニングがある以上、いかなるクラシック音楽を採用しても、それだけで『2001年宇宙の旅』の猿真似以下になってしまう。


 そこでオリジナル音楽で行くことにし、その作曲がジョン・ウィリアムズ氏に委嘱されたのでしょう。

 しかしもうひとつ、SF映像音楽に、偉大なる先達がいました。

 『サンダーバード』(1965)です。

 『スター・ウォーズ』の音楽要素が、『サンダーバード』の延長線であっていいはずがありません。

 そこでおそらく……

 ルーカス監督が『エピソード1 ファントム・メナス』のフラッグ・パレードの場面でオマージュを捧げることになる、『ベン・ハー』が、突破口として浮かんだのではないでしょうか?

 もちろん個々の曲は『ベン・ハー』とは異なります。

 しかし、曲がもたらすイメージ、雰囲気と言うかテイストというか、そういったものは、妙に、『ベン・ハー』似だと感じるのです。


 とくに、『ベン・ハー』の“偽サントラ”として永らく人々に愛聴されてきた、ローマ交響楽団の演奏になるCD『ベン・ハー』は、繰り返し聴くにつれ、『スター・ウォーズ』にイメージが重なって来るのです。

 壮大な序曲は宇宙的ですらあります。宇宙の星々を頭の中に描き、これがスペースオペラ映画のオープニングだと考えても、そう不自然ではありません。

 トラック3の『ローマン・マーチ』がなんだか、『帝国のマーチ』っぽいことは先の章で触れました。

 2『賢者の礼拝』や5『愛のテーマ』は、『レイア姫のテーマ』に、

 8『海戦』は、攻撃隊がデス・スターを襲撃する場面の『最後の戦い』(ヒア・ゼイ・カム)に、

 9『ユダヤに帰る』は、ルークが惑星タトゥーインの夕陽をながめる場面とか、

 10『勝利の行進』は、エピソード1のフィナーレにあたるオージーの大楽隊のパレードとかに……

 なんとなく、似ている……

 どうしても、そんな感じがするのです。

 『スター・ウォーズ』のそれぞれの場面の曲を、『ベン・ハー』のそれぞれの曲に取り替えて聴いても、それなりに、しっくりハマりそうです。


 『2001年…』でなく、『サンダーバード』でもない音楽世界を求めた結果……

 『スター・ウォーズ』は『ベン・ハー』に回帰したのではないかと思います。


       *


 実際、『スター・ウォーズ』のストーリーや視覚要素も、同じ経緯をたどっていたのかもしれません。


 たとえばメカの描写。

 『2001年宇宙の旅』の登場メカは、宇宙船にせよ、その内部のインテリアにせよ、ピカピカに磨かれた新品感覚でしたね。

 しかし『スター・ウォーズ』では、ミレニアム・ファルコン号の外見も内装も、無造作に使い込んだヨゴレやハゲが加えられ、歴戦の古傷にも似たヘタレ感が演出されていました。

 そうすることで、メカの世界観が『2001年…』の猿真似になるのを避けたのではないか。

 しかし、その手法はまさに、『サンダーバード』で多用されていました。

 手入れの行き届いたピカピカの航空機など最新メカとは対照的に、現場で使い込まれる車両や重機のミニチュア模型をキッチリと汚してリアリティを高める手法が、『サンダーバード』で大きく成功していたのです。


 そこで『スター・ウォーズ』では、登場メカが、サンダーバードのメカの延長線上ではない、明らかに異なる世界観に立脚していることを印象付けて、差別化をしなくてはならなかったと思われます。

 いや、それどころか、音楽やメカに限らず、『スター・ウォーズ』の作品全体が、『2001年宇宙の旅』や『サンダーバード』の影響を引き摺らない、まったく異なる作風であることを明確に表現しなくてはならなかったでしょう。


 どうしたのか。


 『サンダーバード』は、描かれた世界の設定が2026年(異説あり)、そこで活躍するメカも、ストーリーも、作戦全体のテイストも、全てが未来指向でした。

 20世紀の現代の延長にあるとはいえ、21世紀の未来世界の乗り物や建物としてデザインされています。

 そこで、『スター・ウォーズ』は、その真逆を選びました。

 過去指向です。

 エピソード4の、最初の最初に画面に現れる文言が、そうですよね。


“遠い昔 はるかかなたの銀河系で……”ア ロングタイム アゴー インナ ギャラクシー ファー ファーラウェイ


 1977年、劇場の銀幕に現れた『スター・ウォーズ』の冒頭最初のメッセージが、それだったのです。今はもう、忘れている人も多いかもしれませんが、これ、ものすごく重要な作品設定ですよね。


 これは、昔話なのだ……と。

 

 それまでのSF映画は、ハルボウ原作の『メトロポリス』(1927)やウェルズ原作の『来るべき世界』(1936)から始まって、まず例外なく未来指向でした。未来を舞台にする、あるいは未来的なメカや事件が画面を彩ります。

 SFはイコール、現在の少し先か遥か先にある、未来の物語だと思われていました、少なくとも大衆の認識はそうだったはずです。


 しかし『スター・ウォーズ』は、あえて正反対の“昔話”であることを選びました。


 その発想自体、逆説的で斬新です。

 「遠い昔……」と語り始めたとき、『スター・ウォーズ』物語は、未来を描くSFから脱皮して、過去を描く“史劇”となったのですから。

 後年のどこかのTV番組で観たのですが、ルーカス監督が作品を解説するにあたり、SFではなく「ファンタジーだから」と語っておられたのが強く記憶に残っています。SFではなく、ファンタジー。

 しかも、“昔のお話”として。


 それはつまり……

 『スター・ウォーズ』は、未来指向をあえて否定して、過去を向いて語られるファンタジーであり、SFと言うよりも、“架空の史劇”なのだということです。

 そうですね、『ベン・ハー』の影がちらつきます。

 『ベン・ハー』の主人公とその物語は、そもそも史実のドキュメンタリーではありません。

 原作者ルー・ウォレスが小説に著した架空の創作であり、いわば“フィクションの史劇”、それは広義の歴史ファンタジーともいえましょう。


 昔むかし、ローマ帝国に救世主キリストが誕生したころのお話……

 ラストシーンでは、その奇蹟が描かれます、まるでフォースのように。

 それが『ベン・ハー』。


 私個人の妄想ではありますが……

 『スター・ウォーズ』は、『2001年…』の猿真似や『サンダーバード』の延長線であることを避けて、あえて史劇の『ベン・ハー』に回帰することを選んだのです。


 だから未来を描くSFではなくて、過去を描くファンタジーとされたのでしょう。


 物語の中心軸も、ある意味、似ています。

 エピソード1のアナキンの生い立ちや、立身出世の過程も、どことなくベン・ハーを思わせますし、何といっても……


 『ベン・ハー』はイエス・キリストの生誕とその恩寵と、死とその復活の奇蹟の物語でもありました。

 『スター・ウォーズ』は、ダース・ベーダーの生誕とその悲劇と、死とその復活の恐怖を克服する物語でもありました。


 『スター・ウォーズ』は、聖なるキリストのかわりに邪悪なるベーダーを置いて、 『ベン・ハー』の正反対の方向性にせまった、宇宙史劇でもあるといえましょう。

 救世主キリストとは真逆の、暗黒卿ベーダーが主人公なのです。


 地中海を走る古代ローマのガレー船の代わりに帝国の宇宙戦艦スター・デストロイヤーやミレニアム・ファルコン号が宇宙の海を飛び、古代ローマの民主政治が崩壊して皇帝の独裁を招く時代背景は、そのまま銀河帝国となり、ローマ帝国の圧政に反逆する都市国家カルタゴや、エジプトのクレオパトラは、銀河帝国に抵抗する反乱軍とレイア姫……ということになるのかもしれませんね。

 ローマ帝国の昔、エジプトのアレキサンドリアに建設された巨大灯台には、鏡による集光装置があって、太陽光を集束したビームで敵船を焼き払った……なんて言い伝えもあるそうですから、これがデス・スターに相当するのかもしれません。


 『スター・ウォーズ』は、いわば宇宙スケールに拡大した架空史劇『ベン・ハー』だったのですね。


 『スター・ウォーズ』の歴史的大ヒットの要因は、『ベン・ハー』の歴史的大ヒットの要因と、おそらく同じだったのです。





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